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それからシグリーズたちの乗る馬車は道なりに進み、ゲルマ国へと入った。


城壁の出入り口で見張りの兵に御者ぎょしゃが声をかけ、城門を通過し、城下町へと入る。


ゲルマ国の王都はデュランフォード国と同じくらいの大きさだった。


違いがあるとすれば、城壁内に港があるせいか潮の香りがするくらいだ。


移動中に聞いたラースの話によると、元々ゲルマ国は貿易が盛んだったようで、現在は一方的に各国に縁を切られているがまだ漁業ぎょぎょうは続いているらしい。


十代の頃から冒険者として魔王軍と戦い、カンディビア中を渡り歩いたシグリーズだったが、海の側へ来るのは久しぶりだった。


城下町内で魚の競りが行われているのも、彼女にとって新鮮な光景だ。


「へー海が近いんだ。ねえ、シグリーズ。あとで港に行ってみようよ。きっとおいしいお魚がいっぱい食べられるよ」


「あんたねぇ……。私たちはここへ遊びに来たんじゃないんだよ。グルメ旅行じゃないんだから、もう少し気を引き締めてね」


「いいじゃんいいじゃん。空いた時間でお魚を楽しんだってさ。あたしらが自由時間を好きにしたって、ラースも別に文句言わないでしょ」


呆れて注意するシグリーズに、アルヴは子どものように言い返した。


話を振られたラースは、そんな二人を見て言う。


「ああ、別に構わねぇぜ。お前らゲルマは初めてだろ? 調印式の間は手が空くと思うから好きにしろよ」


「いいの? たしかに私の仕事は式には関係ないけど、よそ者が、ましてやこないだまで戦ってた人間が、大手を振って歩いているのもどうかと……」


小首をかしげて訊ねるシグリーズ。


一方でアルヴは、不機嫌そうにほおふくらませている。


ラースはそんな対照的な二人が並んでいるのを見て、笑みを浮かべていた。


「相変わらずかてぇな、シグリーズ。もう戦争は終わってんだぜ。それに、この国で楽しむってことは金を使うってことだ。金の流れは国を豊かにする。そいつはゲルマも喜ぶことだろ」


「そうそう! なんだわかってんじゃん、ラース! というわけだから、絶対にお魚食べに行こうね、シグ!」


ラースの同意を得られたアルヴは、シグリーズの肩に飛び乗って彼女の耳元ではしゃいだ。


シグリーズはそんな妖精をあしらいながらも、その口元はゆるんでいる。


その様子から彼女もまたアルヴと同じく、魚料理を楽しみにしているようだった。


「はいはい、わかったよ。でも、ちゃんと仕事を終わらせてからね。じゃないと、アレクサンダーさんに悪いから」


「もうシグったら、アレクサンダーはこないだ殺されそうになった相手じゃん。そんな奴にも義理堅いんだから困っちゃうよね。そんなんじゃこの先もずっと苦労しちゃうよ」


「ちげぇねぇな」


アルヴがシグリーズをからかうと、ラースも同意した。


相棒の言葉に何も言いかえせなかったシグリーズは、うぐぐとうめくことしかできず、フンッと窓の外を見る。


石畳の道に並ぶレンガ造りの建物はデュランフォード国とそう変わらない。


しいて言えば、やはり出店に出ている商品に魚の割合が多いことくらいか。


だが、シグリーズは気がつく。


デュランフォード国の民とは違い、ゲルマ国の城下町を歩く住民たちの表情が暗いことに。


先のいくさで自国が負けたからか。


ゲルマ国の立場になってみれば、国の英雄アレキサンダー·ドルフが敗れたのだから、沈んでいるのもしょうがない。


最初こそそう思ったシグリーズだったが、道を歩く住民たちを見ているうちに、そうではないと思うようになる。


それは歩いている者が皆、顔色が悪く、足取りの重い人間が多かったからだ。


「ねえ、ラース。ゲルマ王は重いやまいにかかっているって話だったけど。もしかして、その病って国中で流行はやってるの?」


「俺も詳しくは知らないが、アレクサンダーから聞いた話だと、ゲルマ国では流行り病が蔓延まんえんしているらしい。こうやって街の連中を見てみると、かなり酷いのがわかるな」


ラースもシグリーズと同じく、ゲルマ国の状況に気がついていた。


カンディビア南部地域にあるデュランフォード国やゲルマ国では、昔から病が流行りやすかった。


南部地域が暖かい気候というのもあるのだろう。


他の地域よりも動物も植物も育ちやすく、自然が豊かなせいか、よく解明されていない病気が発生することが多い。


だが、それでも南部は他の地域よりも医療が発達している。


さらに魔法の存在が、病でむしばまれた者を救い、ここ十数年は特に問題視されていなかった。


それが、ここへ来て流行り病とはどういうことなのか。


ゲルマ国の側にあるデュランフォード国では、そんな病は広がっていないというのに。


何よりも薬や治癒魔法で治せないほど酷いものなのか。


シグリーズは何やら嫌な予感を覚え、なんとかゲルマ国の民たちを救えないものかと思っていた。


「おい、シグリーズ。気持ちはわかるが、お前は病み上がりなんだぞ。そんな状態で無理しようとするな」


そんなシグリーズの考えを察したのか。


ラースが彼女にくぎを指した。


ゲルマ国がデュランフォード国より大きな国であるということは、病にかかっている者は少なくない。


その病人すべてに治癒魔法をかけようなどと、とてもじゃないが正気の沙汰さたではない。


しかし、放っておいたらやりかねないのがシグリーズという人間だと、ラースはよく知っている。


「和平協定を結んだら、うちからも医療班や治癒魔法ができる人間を派遣する。だからお前がそこまで考える必要はねぇよ」


「……なんで私が考えてることがわかったの?」


「そりゃそうだろ? 俺が特別なんじゃねぇ。お前の人柄を知ってる奴ならすぐにわかるさ」


「そんなわかりやすいかな、私?」


「おい、ちったぁ自覚しろよなぁ……。おッ、そろそろ城に着きそうだぞ」


ラースは、不可解そうにしているシグリーズに呆れながら、もうすぐゲルマ城にたどり着くことを伝えた。

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