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――
周りには手入れの行き届いた木々が並び、日差しを嫌がった小動物たちがその
まさしく疑いようのない晴天。
吹く風も心地よく、出かけるのにはいい陽気だった。
「もうゲルマ領内に入ってるんだよね」
「ほう、どうしてわかった?」
馬車内で、アルヴがラースに訊ねた。
その言葉を聞いたラースは、なぜ来たこともない土地のことがわかるのだと訊ね返す。
アルヴはシグリーズの肩から向かい合って座っているラースの前へと飛んで、宙に浮きながら答えた。
馬車の揺れがなくなった。
それはきっと人が通る道に出たからだと、妖精は
「へー、よくわかったな。たしかにもうゲルマ国に入ってる」
「だろうねぇ。ふふん、あたしにかかればそれくらい、わかっちゃうってなもんよ」
そんなことは誰でもわかる。
シグリーズはそう思ったが、あまりにも相棒が嬉しそうにしているので、言わないでおいた。
彼女たちは和平協定を結ぶために、ゲルマ国へと向かっていた。
ゲルマ国では今、王が病気であるため国外へ出るのは困難。
だからデュランフォードの王であるラースに直接来てほしいと、王の代理をしているというビレ·ハインデルという人物からの
シグリーズはまだ本調子ではなかったが。
先の
アルヴはシグリーズの状態が良くないことで、彼女がゲルマ国へ行くことを
ラースが用意した馬車は個室タイプで、中は大人が四人座れるものだ。
ボディの外側には、正面の高い位置に御者用のシートがあり、後方には従僕用のランブルシートが備わっている。
ドアにはデュランフォードの紋章や家紋が飾ってあり、ボディや御者席に従僕の衣装に合わせて装飾が施されていた。
王族とは思えないところが多いラースではあるがやはり格式は重んじるようで、身に付けているのも、いつもの裸同然の軽装の甲冑ではなく正装だ。
周囲を見張る者も、彼と同じように着飾っている。
そんなデュランフォード国の城では見られないラースの姿を、シグリーズがつい見続けていると――。
「まだ見慣れないのかよ? いい加減にそう見つめるなって」
ラースが少し恥ずかしそうに声をかけてきた。
無理もない。
シグリーズは口には出さなかったが、出発してからずっとチラチラと彼のことを見ているのだ。
いくらラースでも、視線が気になるのはしょうがない。
「似合ってないのは自分でもわかってんだ。だが、わざわざ式をやるってんで相手の国に出向くんだぜ。いつものラフな格好はできねぇだろ」
「別に似合ってないわけじゃ……。それよりもオーレさんは来なかったの? こういうの絶対に参加しそうだけど、あの人」
シグリーズは慌てて話題を変えようと老騎士の話をした。
デュランフォード国でも
それに彼は基本的にラースの傍にいつもいるので、今回のゲルマ国行きに本人が望んで同行しそうなものだと、シグリーズは思ったのもあった。
「オーレじいには城の留守を任せてる。お前もわかってるだろうが、うちは指揮を執れる人間がいねぇんだよ。男も女も若いのも年配も、脳みそ筋肉ばっかだからな」
「へー、でもオーレさんなんかはその代表っぽいけど」
アルヴがそう言うと、ラースは苦笑いを返した。
彼にも妖精が言ったことに、思うところがあるのだろう。
だがシグリーズは、オーレがただの
先の
あれは考えなしの人間にはできない。
かといってオーレが頭脳派とは思わないが。
あの老騎士が経験から来る知識を感覚で有していることは、一緒にいたシグリーズはよく知っていた。
「コラ、アルヴ。そんな言い方はオーレさんに失礼でしょ。それにあの人はできる人なんだから、ちゃんと敬意を払いなさい」
「えー、でもオーレさんは気にしないと思うよ。本人がここにいたらきっと、ガッハハハ、いやいや手厳しいですな! とかいって笑い飛ばしそうだもん」
シグリーズがアルヴの言動を注意すると、妖精はオーレのモノマネを始めて誤魔化した。
豪快に笑ったり、体を大きく見せようと胸を張って顔を上げる様子は、たしかに老騎士の特徴をとらえている。
それが
馬車内の声が外にも漏れているのか。
彼女たちの声を聞いた
誰もこれからゲルマ国で起こることなど考えてもいなかった。
まさか敗戦した国の貴族――ビレ·ハインデルが
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