39

――舗装ほそうされた石畳の道の上を、一台の馬車が進んでいた。


周りには手入れの行き届いた木々が並び、日差しを嫌がった小動物たちがそのかげに隠れる。


まさしく疑いようのない晴天。


吹く風も心地よく、出かけるのにはいい陽気だった。


「もうゲルマ領内に入ってるんだよね」


「ほう、どうしてわかった?」


馬車内で、アルヴがラースに訊ねた。


その言葉を聞いたラースは、なぜ来たこともない土地のことがわかるのだと訊ね返す。


アルヴはシグリーズの肩から向かい合って座っているラースの前へと飛んで、宙に浮きながら答えた。


馬車の揺れがなくなった。


それはきっと人が通る道に出たからだと、妖精はほこらしげに胸を張っている。


「へー、よくわかったな。たしかにもうゲルマ国に入ってる」


「だろうねぇ。ふふん、あたしにかかればそれくらい、わかっちゃうってなもんよ」


そんなことは誰でもわかる。


シグリーズはそう思ったが、あまりにも相棒が嬉しそうにしているので、言わないでおいた。


彼女たちは和平協定を結ぶために、ゲルマ国へと向かっていた。


ゲルマ国では今、王が病気であるため国外へ出るのは困難。


だからデュランフォードの王であるラースに直接来てほしいと、王の代理をしているというビレ·ハインデルという人物からの書簡しょかんを受け取り、こうやってゲルマ国へとおもむいているのだった。


シグリーズはまだ本調子ではなかったが。


先のいくさ捕虜ほりょとなった敵将アレキサンダー·ドルフの願いをかなえるために、ラースに同行している。


アルヴはシグリーズの状態が良くないことで、彼女がゲルマ国へ行くことをしぶったが、結局は一緒に来ることで納得なっとくした。


ラースが用意した馬車は個室タイプで、中は大人が四人座れるものだ。


ボディの外側には、正面の高い位置に御者用のシートがあり、後方には従僕用のランブルシートが備わっている。


ドアにはデュランフォードの紋章や家紋が飾ってあり、ボディや御者席に従僕の衣装に合わせて装飾が施されていた。


王族とは思えないところが多いラースではあるがやはり格式は重んじるようで、身に付けているのも、いつもの裸同然の軽装の甲冑ではなく正装だ。


周囲を見張る者も、彼と同じように着飾っている。


そんなデュランフォード国の城では見られないラースの姿を、シグリーズがつい見続けていると――。


「まだ見慣れないのかよ? いい加減にそう見つめるなって」


ラースが少し恥ずかしそうに声をかけてきた。


無理もない。


シグリーズは口には出さなかったが、出発してからずっとチラチラと彼のことを見ているのだ。


いくらラースでも、視線が気になるのはしょうがない。


「似合ってないのは自分でもわかってんだ。だが、わざわざ式をやるってんで相手の国に出向くんだぜ。いつものラフな格好はできねぇだろ」


「別に似合ってないわけじゃ……。それよりもオーレさんは来なかったの? こういうの絶対に参加しそうだけど、あの人」


シグリーズは慌てて話題を変えようと老騎士の話をした。


デュランフォード国でも最古参さいこさんであるオーレがいないことに、少し違和感を覚えたのだ。


それに彼は基本的にラースの傍にいつもいるので、今回のゲルマ国行きに本人が望んで同行しそうなものだと、シグリーズは思ったのもあった。


「オーレじいには城の留守を任せてる。お前もわかってるだろうが、うちは指揮を執れる人間がいねぇんだよ。男も女も若いのも年配も、脳みそ筋肉ばっかだからな」


「へー、でもオーレさんなんかはその代表っぽいけど」


アルヴがそう言うと、ラースは苦笑いを返した。


彼にも妖精が言ったことに、思うところがあるのだろう。


だがシグリーズは、オーレがただの猪突猛進ちょとつもうしんタイプの人間でないことはわかっている。


先のいくさで、少数の手勢をのみでゲルマ軍の本陣を落とし、その後の撤退戦ではすぐに味方を逃がし、みずか殿しんがりに立つ流れの手腕しゅわんは見事だった。


あれは考えなしの人間にはできない。


かといってオーレが頭脳派とは思わないが。


あの老騎士が経験から来る知識を感覚で有していることは、一緒にいたシグリーズはよく知っていた。


「コラ、アルヴ。そんな言い方はオーレさんに失礼でしょ。それにあの人はできる人なんだから、ちゃんと敬意を払いなさい」


「えー、でもオーレさんは気にしないと思うよ。本人がここにいたらきっと、ガッハハハ、いやいや手厳しいですな! とかいって笑い飛ばしそうだもん」


シグリーズがアルヴの言動を注意すると、妖精はオーレのモノマネを始めて誤魔化した。


豪快に笑ったり、体を大きく見せようと胸を張って顔を上げる様子は、たしかに老騎士の特徴をとらえている。


それがみょうに似ていたので、シグリーズもラースもつい笑ってしまう。


馬車内の声が外にも漏れているのか。


彼女たちの声を聞いた御者ぎょしゃや、馬車の周囲を馬に乗って並んで進むお付きの者らも一緒になって笑っていた。


誰もこれからゲルマ国で起こることなど考えてもいなかった。


まさか敗戦した国の貴族――ビレ·ハインデルがはかりごとを巡らせているなど。

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