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――アレクサンダーの敗戦はゲルマ国を驚愕きょうがくさせた。


ゲルマ国が四万人の兵をもって攻めたというのに、対するデュランフォード国は二万人の兵でそれを打ちやぶったのだ。


そして勝てるいくさで負けたこと以上に、雷撃の通り名でカンディビア全土に名が知られているアレクサンダーが、女の傭兵に一騎打ちでやぶれたことが大きかった。


しかし、いつまでも驚いているわけにはいられない。


デュランフォード国からは人質としてアレクサンダーを預かっているという使者が現れ、身代金の交渉と、それかもし以前から申し出ている和平を結ぶのならば、今回のことは不問にするという書簡しょかんを受け取る。


書簡の内容を見て、ゲルマ国の大臣たちは浮き足立っていた。


アレクサンダーが敗れたのならば、ゲルマにもう戦える者はいない。


負けた時点で国の命運は決まった。


このことをゲルマ王に伝えて意見を聞こうにも、王は今も病床びょうしょうで意識はうつろなままだ。


まともな言葉など吐けず、むしろ状況を聞いて病気が悪化する。


ゲルマ国は、ただでさえ各国からの援助えんじょを切られた状況で(しかもいつ襲われるかわからない)、起死回生きしかいせいの作戦が失敗した。


もはや悪い条件になるとはいえ、デュランフォード国と和平を結ぶしかないと、誰もが肩を落としている状況だった。


だが、それでも大臣たちは何か打開策はないかと、城内の大広間に集まり、苦い顔で頭を悩ましている。


このままではていよくデュランフォードに使われる可能性がある。


どうしたものかと、大臣たちは思い思いのことばを吐き出していた。


「まさかアレクサンダーが敗れるとは、しかも女の傭兵などに……」


「だからラース・デュランフォードと真っ向勝負するのではなかったのだ……」


「その通りだ! いくら兵の数では勝っていたとはいえ、奴は四強の一人。しかも魔王軍の幹部だけではなくあの蛇神へびがみミドガルズオルムを、一人で倒したと言われているのだぞ!」


「そんなことを言うなら貴公きこうらはどんなことをしてでも、アレクサンダーを止めるべきではなかったのか!?」


「なんだと!? その言い方はなんだ!? まるで他人事のようにッ!」


次第に会議は怒号どごうが飛び交うようになった。


誰もが責任のなすりつけ合いだ。


それも長くは続かず、ゲルマ国の大臣は、ついに愚痴ぐちを言う気持ちすら失っていった。


ゲルマ国はもう終わりだ。


和平を結ぶと言っているが、ラース・デュランフォードの以前に聞こえていた悪評あくひょうからするに、協定は表向きだけのものになる可能性は高い。


ゲルマ王は処刑か幽閉ゆうへいか。


いや、頭の切れるラース・デュランフォードのことだ。


病状が悪化したといって、ゲルマ王を亡き者にするに決まっている。


そうなれば自分たちはどうなるのか。


よくて身分剥奪後に奴隷として売られる。


最悪ラース・デュランフォード王の気分次第では、その場で処刑もあり得る。


なんとか身分と命を保証させる方法はないか。


大臣たちは言葉こそ発していなかったが、皆、考えていることは同じだった。


どうすれば自分たちの身の安全を確保できるか――それだけだ。


「皆さん。ここは一つ、僕にまかせてもらえないでしょうか」


中年の大臣たちが頭を悩ましている中、若い男が声を発した。


男の名はビレ·ハインデル。


まつ毛が長く、細い目をした中性的な顔をしている。


まだ二十二歳という若さで、ゲルマ国の政治の中核ちゅうかくになう立場にある貴族だ。


ビレは大臣たちの中で宮廷服ではなくローブを着ているのもあって、その若い容姿だけではなく、この場ではかなり浮いた存在に見える。


城内にある大広間で、卓を囲む誰もが悲観ひかんに暮れるのを止めるように口を開いた彼に、大臣たちが顔を上げて視線を向けた。


何か良い案があるのかと。


ビレはその細い目で大臣たちを見ると、ゆっくりと口を開いた。


デュランフォード国は今勝利に酔っている。


すでにゲルマ国が戦えないことを把握はあくし、あとはこちらの出方を待っている状態である。


そんなときに、交渉のためにゲルマ国まで来てほしいと言えば、喜んでやってくるだろう。


そのときこそ、我らの勝ちが約束されると。


ビレの案を聞いた大臣たちは、互いに顔を見合わせながら狼狽うろたえていた。


たしかに和平協定のためにゲルマ国で調印式を行うといえば、ラース・デュランフォードはやってくる。


しかも、兵など連れずに最低限のお付きのみで。


だが、それでもラース・デュランフォード自身が一騎当千の強者。


しかも、連れて現れるだろうデュランフォードの騎士オーレ·シュマイケルは、かなりの高齢ながら未だに前線で戦うような男だ。


先のいくさでも少数で本陣を落とし、その後の撤退戦では一人で殿しんがりをして百騎はいる兵を打ち倒したとか。


現状で数十人しか兵を用意できない状態で、ラース・デュランフォードの暗殺も身柄の拘束も難しいのではと、大臣たちは弱々しく口にしていた。


そんな彼らの不安を消すため、ビレは言う。


「ご心配なく、その優位こそがラース・デュランフォードが負ける理由なのです。大丈夫ですよ。僕に任せてもらえれば、皆さまの立場は変わらずに安泰です」


ビレは穏やかな笑顔でそう言い、そんな細目の男に向かって、大臣たちは引きつった笑みを返している。


そんな大臣たちを見たビレは、その長く色素の薄い髪を振りながら言葉を続けた。


「戦は兵の数や個の強さでするものではない。そのことをお見せしましょう」

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