36

「ぐはッ!? な、なぜだ!? どうして私がこんなことに……?」


シグリーズの剣はアレクサンダーの右手へと突き刺さった。


剣を落とし、フラフラと下がる眼帯の男に、シグリーズは言う。


「あなたがずっと油断してたってこと」


「油断だと?」


「そう、だから得意のランスを失っても、私を雑魚ざこだとバカにし続けてくれた」


剣を下ろし、シグリーズは下がったアレクサンダーへと歩を進める。


「いろいろやってもランスを持つあなたには、私はかないそうになかった。もしラースがあなたの槍を壊してくれなかったら、正直私は負けていたと思う」


シグリーズの話を聞き、アレクサンダーは言葉を失っていた。


結果としては、相手を格下だとあなどったのが敗因。


しかも得意な槍を失っても勝てると、自分を過信していたせいだった。


アレクサンダーは深くうつむくと、地面に両膝をつく。


「私の負けだ、シグリーズ·ウェーグナー…。大人しく投降とうこうしよう。そして、処分される前にびさせてくれ。お前……いや、あなたは強かった」


アレクサンダーは地面に両膝をついたまま頭を下げ、シグリーズにへりくだった。


その様子を見ていたアルヴは、ついに戦いが終わったとシグリーズのもとに飛び込んでいく。


「やったよ、シグ! シグが敵の指揮官を倒したんだ! しかもすっごく有名なあの雷撃をッ!」


シグリーズは子どものようにはしゃぐ妖精を見て微笑むと、足が震えて立っていられなくなった。


アルヴが慌てて支えようとするが、小人が人間を支えられるわけがない。


シグリーズはこのまま倒れてしまうと思われたが、地面に倒れる寸前で、丸太のような太い腕が彼女を支えた。


「お見事です、シグリーズ殿どの!」


巨大な岩を思わせる体格に、白い髪と髭。


その丸太のような腕を持つ者は、三代にわたりデュランフォード国を守ってきた老騎士――オーレ·シュマイケルだった。


老騎士はゆっくりとシグリーズを立たせると、彼女とアルヴがよく知る顔を見せた。


「ガッハハハ! いやいや、危ない場面はいくつもありましたが、終わってみればどうということもない、わしらの完全勝利ですな!」


先ほどまで力を使い果たし、まるで石像のように立ち尽くしていた老人とは思えない張りのある声で笑うオーレ。


アルヴは豪快に笑い続ける老騎士を見て、このじいさんは本当に人間かと開いた口がふさがらない。


「いや、そっか。シグリーズがヒールをかけたのか」


「姿は見えんがその通りですぞ、妖精殿。このおいぼれも今回はさすがに極楽へ行くと思ってましたが、シグリーズ殿のおかげで九死に一生を得ましたわ」


オーレはシグリーズが自分の手を借りずにバランスを取り戻すと、倒れているラースのもとへ歩を進めた。


ラースは腹に穴が開くほどの大怪我を負ったが、シグリーズの回復魔法によってすでに傷は治っている。


今の彼は気持ちよさそうにいびきを掻いて、眠っている状態だった。


「幸せそうな顔をしてからに……。さて、儂らの城に戻りましょうか、ラース様」


オーレは寝ているラースを肩に担いだ。


彼自身も巨体ではあるが、ラースも老騎士ほどではないにしても大きな体だ。


それを軽々と持ち上げて、オーレは大きく息を吸い込むと声を発した。


「聞けぇぇぇッ皆の者! この場にいるすべての戦士よッ! デュランフォードとゲルマの戦いは、敵将であるアレキサンダー·ドルフが降伏したことで決着がついた! 疑う者はこの場へとおもむき、その目で真実を見よ!」


大地を震わせるような大声。


アルヴは、オーレの叫びで鼓膜こまくが破れるかと思った。


これはまるで魔法のようだと。


オーレの声を聞き、デュランフォード軍の兵士が集まってくる。


その群集ぐんしゅうから少し離れた後ろに、ゲルマ軍も歩いていた。


武器を捨て、馬を降り、兜を脱いだ兵士たちの姿を見るに、もう戦闘の意志はなさそうだ。


「終わったね……。それにしてもタフだなぁ、オーレさんは。私の回復魔法は傷は治せても、流した血や失った体力は戻らないのに」


「うん、そうだね。あのじいさん、絶対に人間じゃないよ。もしかしたらゾンビなんじゃないの」


「ゾンビだったらヒールをかけたら死んじゃうよ」


「たとえだよ、たとえ。それにしてもよく笑うなぁ。見てよ、ゲルマ軍の人たちも呆れちゃってるよ」


シグリーズとアルヴは、集まった両軍に向かってガハハと笑いながら声をかける老騎士を見て、肩の力が抜けていた。


老騎士の傍には、ゲルマ軍に事情を説明しようと、いつの間にかアレクサンダーが立っている。


指揮官の言葉に自軍の負けを聞いたゲルマ軍の兵士たちは、皆、涙を流していた。


その様子から、彼らにも戦士としての誇りと、そして守りたいものがあったことがわかる。


けっして無理やりに戦場へ出ていたわけではない。


だからこそゲルマ軍は強敵だったと、シグリーズはうつむく敵の兵士たちを見て胸が痛んだ。


自国、故郷、家族、友人、恋人――。


傭兵である自分は、そういうもののために戦っているわけじゃなかったと、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。


「これで仕事は終わったね。城に戻ったらラースからたっぷり報酬をもらって朝まで飲もうよ、シグ!」


アルヴがそんなシグリーズの周囲を飛び回り、帰ったら宴をやろうと騒いでる。


シグリーズは、子どものようにはしゃぐ妖精を見て思う。


本当に、この子には救われているなと。

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