35

アレクサンダーは、剣を突きつけながらシグリーズについて語り始めた。


どんな大怪我を負っても一瞬で治す回復魔法。


魔力による雷のダメージを軽減させるための魔法防御と、非力な体で打ち合うための防御力向上の魔法。


そのどちらもこれまで見てきた中で、あり得ないほどの効果を持っている。


圧倒的な実力の差がありながら、シグリーズがまだ生きているのがその証拠だ。


鋼鉄の甲冑もドラゴンの体すらもつなぬく雷撃を受け続けても、何度も立ち上がることができている。


これは、まさに神の力といっていい。


「どうやら攻撃系は使えないようだが、他にもとなえられる魔法はあるのだろう? 全くもってすばらしい、すばらしいぞ! シグリーズ·ウェーグナー!」


歓喜の声をあげ、アレクサンダーはシグリーズへと襲いかかった。


槍をランスに砕かれて剣であっても、その戦闘スタイルは変わらない。


凄まじい刺突の連打がシグリーズへと飛んでくる。


「しかも妖精まで連れている。これまでカンディビア歴史上で、エルフ族以外でそんなことできた者はいない」


剣からは稲妻いなづまがほとばしり、シグリーズが避けるたびに彼女の体をしびれさせる。


もちろん受けてもダメだ。


だが、すぐに弾けば雷の効果はない。


「シグリーズ·ウェーグナー! 貴様は神に選ばれし者だ! そんな者がなぜに魔王軍との戦争で無名だったのかはわからんが……。ともかくその力、必ずゲルマのものにしてみせるぞ!」


アレクサンダーはしゃべりながらでも余裕だった。


やはりシグリーズでは、眼帯がんたいの男にはかなわない。


補助魔法の効果で今のところは互角の戦いに見えるが、次第に押され始めている。


「なんて下手な口説き方だ! そんなんでシグがゲルマ国に行くと思ってんの!? まだラースのほうがマシだったよ!」


「ふん、私の知る妖精に比べるとかなり下品な奴だな。私は口説いてなどいない。この場でラース・デュランフォードを捕えて、共に我が国へご同行を願っているだけだ」


「剣を振り回しながらなにがご同行だよ! 雷撃なんて名のある騎士のくせに、礼儀を知らないのか、おまえは!?」


罵倒ばとうをし続けるアルヴ。


最初のうちは相手にしていたアレクサンダーだったが、徐々に何も答えなくなった。


無視しやがってと歯を食いしばり、アルヴは二人の戦いをにらむように見る。


その戦いをよく見て、アルヴはアレクサンダーが返事をしなくなった理由がわかった。


「えッ、うそ……? シグが押し返し始めてる……?」


アルヴは驚きを隠せなかった。


アレクサンダーが無視したのはわずらわしかったからではない。


相手をするのが面倒になったからではない。


アレクサンダーはシグリーズの攻撃に対して、喋る余裕がなくなったから黙ったのだ。


これは一体どういうことなのか?


それはアルヴ以上に、アレクサンダーが思っていることだった。


先ほどのように間合いが取れない。


押し返しているつもりが、すぐに距離を詰められる。


「はぁぁぁッ!」


「くッ!? バカな!? どうしてこんな……そうか!」


シグリーズの打ち込みがアレクサンダーを上回り始めた頃に、眼帯の男は気がついた。


シグリーズは先の戦いで敵から言われたことを、忠実に実行している。


踏み込みの甘さを指摘してきしたことを戦いの最中に直し、剣の技術を上げている。


普通に考えたら無理だ。


戦闘中に戦い方を変えるなどあり得ない。


それが型にはまった剣ならばなおさらだ。


シグリーズの剣は基本に忠実な、剣士のお手本のような剣技なのだ。


そうそうに、しかもこの土壇場で変化させることなどできないはず。


ましてやそれが敵からの意見なら聞くわけがない。


だが、このシグリーズ·ウェーグナーという女は、それを可能にしている。


しかもシグリーズは、完全に相手の剣の動きを読んでいる。


このままでは不味い。


あせるアレクサンダーは、シグリーズの攻撃を受ける剣にさらに魔力を込めた。


剣で負けるならば魔法剣での力押しでいくしかないと、すべての魔力を剣へと注ぐ。


「認めてやるぞ、シグリーズ·ウェーグナー。この短い時間でまさか成長するとは……。こちらも少し遊びすぎたようだ。だが、総合力ではまだまだ私のほうが上!」


アレクサンダーの剣から轟音ごうおんが鳴り響く。


それはまさに天から落ちる雷と同じで、刃からは閃光まで飛び散っていた。


しかし、それでもシグリーズは下がらない。


彼女はおびえない、ひるまない、おそれない。


いくらマジリアによる魔法防御がかかっている状態であっても。


それが今のアレクサンダーの放つ雷の前では焼け石に水であっても。


シグリーズは前に出続ける。


「これを見ても下がらぬか……。ならば手足の二、三本は覚悟してもらうぞ!」


「そんなもの、弱い私はいつでも命懸けなんだ! 手足の二、三本くらいでビビる私じゃない!」


シグリーズは剣を握り直し、構えを変えて突進した。


その動きに、アレクサンダーは思わず声をらす。


「シグリーズ、貴様私の剣技をッ!? まさか受けているうちに覚えたのか!?」


「考えられること、できることはすべてやるのなんてのは、私みたいな人間には当たり前なんだ!」


慌てて反撃に出ようと、アレクサンダーは剣を振った。


だが稲妻を纏う剣をすり抜け、シグリーズの刃がついに眼帯の男に届いた。

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