33

ドルテを置いて走り続けるラース。


彼の耳元でなにやら妖精とはとわめいていたが、聞いている余裕などない。


おそらくどうせドルテを見捨てるのかとでも言いたいのだろう。


残念ながら、いやよく知っているとは思うが、自分はそんなお人好しではない。


そう思いながら走っていたラースの後ろで、凄まじい衝撃音が鳴り響いた。


ミドガルズオルムの一撃が炸裂さくれつしたのか。


哀れな女店主は、きっと今の衝撃で死んだはず。


ほうきで戦うような頭のおかしい女だったとラースか振り返ると、蛇神へびがみの顔半分が吹き飛んでいた。


「まだやるかい? 続けるつもりなら次は本気でいくよ」


ドルテがほうきを突きつけると、ミドガルズオルムは激しく身を震わし、彼女をにらみながら下がっていく。


そして、ジリジリと後退したかと思ったら、地面に穴を開けて逃げていった。


「マジかよ……? 本当にミドガルズオルムを追い払いやがった……。しかもほうきなんかで……」


「だから言ったじゃないの。ドルテは必ず勝つって」


足を止め、両目を見開いてしまっているラースに、アルヴが自分の手柄のように言った。


そんな彼女と同じように、はとのメルもえっへんとでも言うように胸を張っている。


ドッと疲れがやってきたラースだったが、まだ終わってはいない。


早くシグリーズを治療しなければと、彼は慌てて走り出した。


去っていく彼の背中に向かってアルヴとメルが喚いていると、そこへ煙草をくわえたドルテが戻ってくる。


「あれ? さっきのお兄さんはどこへ行ったんだい?」


「ドルテ! あいつ、シグを連れてどっかいっちゃった! どうしよう!? 早く追いかけなきゃ!」


アルヴがメルと一緒になって訴えたが、ドルテは落ち着いた様子で煙草に火をつけていた。


そして、けむりを吸い、ふぅと吐き出すと、宙でバタバタと手を振り回している妖精と鳩に言う。


「まあ、大丈夫でしょう。あのお兄さんに任せときゃいいさ」


「えーそんな!? ドルテはあいつがどんな奴か知らないからそんなこと言えるんだよ! 今回のことだって全部あいつのせいなんだから!」


「じゃあ、あの蛇もそうなのかい? あの子がシグリーズを倒すために呼び寄せたのかい? そんなふうには見えなかったけどねぇ」


訊ねられたアルヴは、うぐぐと口を閉ざした。


ミドガルズオルムが現れたのはラースのせいではない。


それはシグリーズと彼の戦いを、一番近くで見ていた彼女ならよくわかっている。


蛇神が現れたのはあくまで偶然だ。


それでも納得ができないのか。


アルヴは不満そうにうつむいているだけだった。


ドルテはそんな妖精の頭を撫でてやると、鳩のメルを抱き寄せ、再び煙草を吸う。


「いろいろあったんだろうけどさ。あのお兄さんが本気でシグリーズを助けようとしてたってのは、あんたにだってもうわかってるだろ?」


「そ、それはわかってるけど……。でも、なんかスッキリしない!」


アルヴはドルテに撫でられながら、また両手をバタバタと振り回した。


まるで駄々っ子だとドルテが呟くと、メルが心配そうに鳴き始める。


「心配いらないさ。さて、騒動も片付いたし、戻ったら店で飲もうかねぇ」


――シグリーズを担いでユラの街へと戻ったラースは、店で手に入るだけ毒消し用の薬を買うと、道の真ん中で彼女に飲ませた。


それから店で購入した毛布や机などで簡易ベッドを作り、シグリーズを寝かす。


ラースはユラの街のことをよく知らない。


もちろん名前は知っていて、商業都市して栄えていることをわかってはいたが、宿屋や医療施設の場所などは把握はあくしていなかった。


「おい、ジロジロ見てんじゃねぇ! 死にかけてんだよ、この女は! 邪魔なのはわかってんけど少しの間だけこのままにさせろや!」


周囲から奇異きいな目で見られ、ようやく我に返ったラースは、シグリーズの顔色が良くなっていることに気がついた。


そして肩の力が抜けると、その場でバタンと倒れる。


すると、石畳いしだたみの道で大の字になったラースを見て、通りを歩く人々がさらに物めずらしそうにしていた。


だが、彼はもう気にしない。


たとえ周りから変な目で見られようとも、今頭の中に浮かんでくることのほうが重要だ。


「なにやってんだろうな、俺……」


痛い目に遭わそうとした相手に助けられ、そして助けて……。


ラースは、わけがわからない状態だというのに、なんだか晴れ晴れとした気分になっていた。


こんな気分は、まだ両親が生きていた頃――子どものときに初めて覚えた技や、知らなかったことを学んだのに似ている。


ちょっと剣と魔法が使えるだけの中途半端な冒険者に、こんな気持ちにさせられるとは、出会ったときには考えてもみなかった。


「うぅ……」


「おう、起きたか」


「ラース……? はッ!? ミドガルズオルムはッ!? って、ここは街!? なんで私ユラにいるの!? アルヴもいないし!? というかあなた、無事だったんだね!」


目覚めたシグリーズの慌てぶりを見て、ラースは笑いが止まらなかった。


この女はやはり馬鹿だ。


自分が死にかけたのに他人の心配をしている正真正銘の大馬鹿だ。


しかし、だからこそか。


「心配いらねぇよ。蛇神ならあの酒場の女店主が追っ払った」


「えッ!? それってドルテのことだよね!? ドルテってそんなに強かったの!?」


「知らなかったのか、お前? 妖精のほうは知ってたぞ。 あの女の強さをよ」


「え、え……えぇぇぇッ!?」


この騒動の後――。


ラースは魔王軍との戦いに本格的に乗り出し、魔王を倒した英雄アムレット·エルシノアと並ぶ四強と呼ばれるようになった。


そのときにはもう彼の悪評あくひょうが、以前のようには立つことがなかったという。

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