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そして、戦いが始まった。


まずは弓矢を破壊し、得意の接近戦に持ち込むラース。


そこからシグリーズが使おうしたナイフをうばい、彼女の両太ももを刺す。


痛みで屈んだその顔を蹴り飛ばし、いつくばって立ち上がろうとする彼女の両手を踏みつぶし、使いものにならなくする。


この結果は当然というべきか。


二人の戦いは、ラースが余裕よゆうでシグリーズを追い詰めていくものだった。


悪名とはいえ、各国が黙認もくにんするほどの実力者ラースと、少額の仕事を請け負うだけの冒険者シグリーズとでは、勝負にならないのは初めからわかりきっていることだった。


力の差は歴然れきぜん


子どもでもわかるほどの力量差。


このまま決着がつくかと思われたが――。


「そんなクソ野郎に負けるな、シグ!」


ノースリーブのドレスを着た羽のある小人の少女がシグリーズの体から現れ、いきなり声を張り上げた。


銀色の髪に赤い目をした小人――。


ラースはこのときに生まれて初めて妖精というものを目にした。


存在自体は知っていたが、まさかこんな状況で見ることになるとは思わず、突然現れた妖精に気を取られてしまう。


その一瞬のすきを突き、シグリーズは落ちていた剣でラースに斬りかかった。


彼女の一撃はラースにとって当たりどころが悪く、利き腕だった右腕を折られる。


そこからシグリーズの反撃が開始した。


つぶされた両手、刺された足と、四肢をもがれた状態だというのにラースと互角以上に戦う。


「くッ!? テメェ、剣士だったのか!?」


妖精に気を取られ、右腕を折られ、さらにはシグリーズが弓矢やナイフよりも剣の技量が高かったこともあり、ラースは冷静さを失っていた。


なんとか動かせる左腕のガントレットで剣をさばき、足を使って攻撃をける。


ラースにとってここまで劣勢れっせいに立たささるなど、故郷こきょうで教育係に半殺しにされて以来だった。


そして、彼は思う。


どうしてこの女は、何度も立ち上がれるのだと。


ラースは、シグリーズが回復魔法を自分にかけていたことには気がついていた。


シグリーズの持つ武器――弓矢から彼女が後衛タイプだと予想し、治癒や補助などのサポート系の魔法が唱えられるとわかっていた。


だが、だからといって痛みを味わった感覚は残る。


傷は消えても手を潰された感触も、太もも刺された苦痛も体は覚えている。


通常、回復後から再びまともに動くようになるにはタイムラグがある。


それは体が恐れを記憶し、それを脳が振り切るまでの時間だ。


しかし、シグリーズは一切の間もなく動く。


まるで何もなかったのごとく攻撃してくる。


そんなシグリーズの行動は、ラースの予想を上回った。


さらに誤算ごさんだったのは、初めて妖精を見たことで生まれた隙を突かれたことと、彼女が剣を使えたことだ。


ラースは剣など扱えないが、彼女の技量はわかった。


基本に忠実な太刀筋たちすじからは、シグリーズが毎日休まずに剣を振っていたことが伝わってくる。


それならば、なぜこの女は後衛タイプの武器を持ち、おまけにサポート系の魔法を使うのだ?


冷静さを欠いたラースは、自分でも理解できないくらいシグリーズのことで頭がいっぱいになっていた。


妖精を連れていること。


剣を使えるのに後衛タイプでいること。


何よりも実力差があるとわかっていながら、どうして諦めずに向かってこれるのだと、ラースは彼女のことしか考えられなくなった。


「いけ、シグ! なんか知らないけど戸惑ってるよ、そいつ!」


妖精が叫んだの同時に、地中から巨大なへびが現れた。


金属のようなうろこを輝かせ、腕や角や髭を持つ姿――蛇の魔獣ミドガルズオルムだ。


突然現れた蛇神へびがみは周囲に毒霧を撒き散らしながら暴れ、ラースとシグリーズはもろにそれを浴びてしまう。


不味い。


今の状態でこんな化け物を倒すことは無理だ。


いや、むしろ倒すどころかこのままでは殺される。


利き腕が使えない状態で、しかも毒のせいで体が思うように動かない。


ラースは死を覚悟したが、気がつけば折れた右腕もおかされた毒も治っていた。


「お前……どうして……?」


それはシグリーズがヒールとキュア――回復と状態異常を治す魔法を彼にかけたからだった。


なぜ自分を殺そうとした相手を助ける?


まさか共闘して蛇の魔獣を倒そうというのか?


バカな。


自分がそんな人物ではないことは、これまでの戦いでわかっているはずだ。


一方的な恨みで、理不尽に襲ってきたことをなかったことにできるのか?


仲間を傷つけられたのを忘れたのか?


シグリーズの行動をラースは理解できなかったが、訊ねられた彼女はミドガルズオルムに対峙して剣を構え、背を向けたまま答えた。


「それくらい自分で考えなさい!」


そう叫び返してきたシグリーズを見て、ラースはさらに理解に苦しんだ。


真っ青な顔に震える体。


そう――シグリーズはまだ毒におかされたままなのだ。


おそらくラースにキュアをかけたことで、残っていた魔力を使い果たしてしまったのだろう。


自分の治療を後回しにして、敵を回復させるなど理屈に合わない。


それでも今は戸惑っている場合ではなかった。


ミドガルズオルムはシグリーズとラースを目掛けて突進してくる。


「逃げてシグ! いくらなんでもそいつの相手は無理だよ!」


ラースは放心状態になっていたが、妖精の叫び声で我に返った。

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