30

――いくつもの国が重なり合うように存在するカンディビアに、ある日突然、魔王を名乗る者が現れた。


魔王は魔族や魔物をしたがえ、人間たちに攻撃を開始した。


言葉もなく、ただ無慈悲むじひに人を襲い始め、老人、若者、子ども、赤児あかごなど男女問わず虐殺ぎゃくさつされていった。


多くの国が滅ぼされる中、当然、人間たちもだまってはいない。


反撃をこころみ、これが後に何十年も続く魔王軍と人間たちの戦争の始まりとなった。


そんな時代の中、デュランフォード国に跡継ぎが生まれた。


望まれて生まれた王子は、国中から祝福しゅくふくされ、誰もが彼を愛した。


それはもちろん王である父もきさきである母も同じで、幼い頃から自国の格闘術を学びながら、王子はすくすくそだっていった。


王子は、デュランフォード国ではめずらしい頭の良い子どもだった。


物事を腕力で解決するデュランフォード国には似つかわしくない聡明そうめいさを持ち、未来には、国始まって以来の知恵と力を持った最高の王が誕生すると言われた。


しかし、なまじできる子どもだったのが良くなかったのか。


王と妃は息子を甘やかした。


欲しがれば与え、文句を口にすれば言われた通りにする。


王子にきびしかったのは教育係に任命された古参こさんの騎士だけだったのもあり、彼は気に入らないと何度も挑んでは返り討ちにう。


まともには勝てないと悟って策を巡らせ、騎士の命をうばおうとまでしたが、ついに王子は一度も彼には勝てなかった。


王子がそうやって思春期を終えた頃――。


魔王軍の幹部がデュランフォード国を襲ってきた。


独自の格闘術をほこるデュランフォード国――その王子が聡明であると知って、早めに脅威きょういの芽をもうしたのだ。


激しい戦争末、多くの兵、民が死んだ。


結果としては魔王軍を追い払うことには成功したが、その戦いの傷がもとで王と妃は亡くなってしまう。


王子は悲しむよりも激怒げきどした。


彼は自分のこと以外に関心がない人間に育っていたが、さすがに両親が死んだ原因を作った敵を許せなかった。


こうしてすぐにでも王位を継ぐはずだった王子は国を飛び出し、冒険者となって魔王軍と戦い始める。


王子は強かった。


彼のデュランフォード流の格闘術を前には、どんな魔物すらかなわないほどに。


さらに他の冒険者と比べて頭も良く、大勢で戦う集団戦でも先頭に立ち、彼の考える作戦は敗北知らずだった。


そのときにはもう、王子は外でも自分の力が通用することに酔っていた。


周りを見下し、力と頭の回転の早さを武器に他人をおどし、自分の言いなりになる人間を次々にパーティーに加えた。


魔王が健在していた当時には各地にギルドがあり、魔物を倒せば報酬ほうしゅうがもらえるのだが。


王子はこともあろうに助けた人間からも金を巻き上げ、それを繰り返していた。


しかし、王子が魔王軍と戦っていることは事実なので、ギルドや多くの国が彼の行為を黙認もくにんすることになった。


王子の悪名がそれなりに広がった頃。


ある日、いつものように助けた村から金を巻き上げようとしていたとき。


「なにをしてるの? 報酬ならギルドでもらえるのに、村の人たちからお金を取るつもり?」


彼の行為を止める者が現れた。


それは自分とそう変わらない年齢の若い女で、王子は今までの人生で教育係以外に初めてとがめられたことに、激しく怒りくるう。


その場では去った王子は部下に命令し、女のことを調べさせた。


女の素性すじょうは、魔物が現れればどんな少額の仕事でもこなす冒険者だった。


彼女が大した戦果もあげていない無名の人間だったことが、王子の燃えるような怒りに、さらなる油を注いだことは言うまでもないだろう。


王子は女がよく出入りするユラという商業都市へと乗り込み、彼女を襲った。


だが、女の仲間たちが思った以上に強力で、彼のパーティーメンバーはほとんど倒されてしまった。


使えない連中だ。


だが、自分一人いれば十分。


元々他人なんかあてにしてない。


所詮しょせん、自分以外の人間はすべてゴミか道具だ。


王子はそう思いながら、女と一対一で戦う舞台へと上がった。


彼女の仲間が、そうなるようにお膳立ぜんだてしたのだ。


「ラース! あなたのせいでこんな大事になったんだよ! そのことをわかってるの!?」


「シグリーズ……。このユラって街は縦横の繋がりがツエーな。ゴミ同士が支えあってるの見てると、なんだか泣けてくるぜ。そうしなきゃ生き残れませんって感じでな」


うらやましいの? 私には、そう多くはないけど手を貸してくれる人たちがいる。あなたにはそういう人がいなさそうだもんね」


王子――ラースは女の言葉に表情を歪めた。


普段はヘラヘラと人を小馬鹿にして笑う彼の顔が、鬼のように強張る。


女――シグリーズは言葉を続ける。


「自分さえよければいいと暴れて、おまけに嫌がる人を無理やり戦わせて……そんなの何が楽しいの? そんなんじゃ誰もあなたに心開かないよ」


シグリーズは弓を引き、矢をラースへと向ける。


向かい合うラースは、額に血管が浮き出し、両目の瞳孔が開いていた。


そんな彼に、シグリーズは言う。


「私があなたを止めてあげる。二度とこんなことしないようにね」

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