29

ラースがアレクサンダーを蹴り飛ばすと、彼の肩に乗っていた小人の少女がシグリーズへと飛んでいく。


その小人は、銀色の髪に赤い目をした羽のある妖精――シグリーズの相棒アルヴだ。


「シグ、シグ! 生きてるよね!? お願い、目を覚まして!」


グッタリと倒れているシグリーズの顔を愛おしそうに触れながら、アルヴがわめいている。


その横では、ラースとアレクサンダーが対峙していた。


互いに身構え、するどい視線を交わし合っている。


「ラース・デュランフォード……。なぜ貴様がここにいる?」


れた女のためなら男はどこへだって駆けつける。昔からそういうもんだろ。冒険譚ぼうけんたんでも恋愛譚れんあいたんでもよ」


軽口で返すラースに、アレクサンダーの口角が上がった。


そんな二人の様子からは考えられないほど、周囲の空気が張りつめていく。


「ふん。オーレ·シュマイケルのことはどうでもいいのか? すぐそこで突っ立ったまま意識を失っているぞ」


「オーレじいがそんな簡単に死ぬかよ。俺がまだガキだった頃に何度も殺そうとしたが、そのたびに返り討ちで半殺しにされたんだ。あのジジイはたとえ、ドラゴンに食われたって腹の中で生きてるだろうよ」


「確かに、あの年齢で百を超える兵を一人で相手して倒れぬ男なら、あり得る話だな」


アレクサンダーはラースの話に付き合いながらも、にぎっていたランスに力を込めていた。


轟々ごうごうと音を立て、槍に稲妻いなづまがほとばしる。


「貴様がここへ来たということは、我らゲルマ軍はやられたのか?」


槍を突き出す。


踏み込めば当たる距離で、雷をまとったランスがうなる。


対するラースは、両手のガントレットをガキンと打ち鳴らして返した。


「ああ、たぶんもうほとんど捕らえてるんじゃねぇかな。ゲルマ自慢の騎馬隊も、山道じゃうちの連中のほうが有利だ」


「してやられたということか……。最初から、貴様の手のひらで……」


「お前が本陣を落とされたと知ったら、頭に血が昇ってオーレじいたちを追いかけると思っていたからな。そして、案の定そうなった。もう終わりだぜ、アレクサンダー。大人しく降伏こうふくしろ」


ラースが両手を上げて構える。


オーソドックスな拳闘士のファイティングポーズを取り、アレクサンダーに対してじりじりと距離きょりを詰めた。


口では降参こうさんするように言いつつも、アレクサンダーの戦闘の意志が消えていないことを理解している態度だ。


そんな今にもぶつかり合いそうな状態で、アレクサンダーは肩を揺らしながら口を開く。


「まだだ、まだ終わってはいない。すべては貴様の目論見もくろみ通りだったかもしれないが。貴様は一つだけミスをおかした」


「この状況でなに言ってんだ? お前はもう詰んでんだよ。強がっても無駄だ」


「では、私がこうすることも考えていたのかな!」


アレクサンダーは雷撃を放った。


しかし、それは目の前にいたラースではなく、倒れているシグリーズに向かってだった。


攻撃対象が自分ではないと気がついたラースは、慌ててシグリーズの前に立つ。


「ぐぅぅぅ……クソがッ!」


槍がラースの胴体どうたいつらぬいた。


彼はシグリーズを狙ったランスの盾になり、無防備にも体を投げだしたのだ。


「ラース!?」


アルヴが悲鳴を上げるように叫ぶ。


どう見ても致命傷ちめいしょうだ。


きたえ抜かれた体から血が噴き出し、刺したアレクサンダーさえ染め、そのあざやかな赤色は、彼の健康状態がすばらしいことを表している。


それでも倒れないラースに、アレクサンダーは彼の体に刺さった槍に雷を流す。


だがラースは内部から電撃を流されても、体に刺さったランスを掴んで放さなかった。


黒焦げにされても、その眼光は変わらずに敵を見据えている。


「守るとは思っていたが、まさか命懸けとはな。それほどまでに女の持つ治癒魔法が惜しいか」


「あん? バカ言うなよ。俺は別にシグリーズの魔法なんてどうだっていい」


アレクサンダーはラースの体から槍を引き抜こうとする。


だが、ランスは物凄い力で掴まれていて抜くことができない。


胴体から血を流し、口からも吹き出しながら、ラースは血の混じったつばを吐いて言う。


「最初に言ったろ。俺はこの女に惚れてんだよ。命ならいくらでも張るぜ」


「どうやらふざけてはいないらしい。しかし、たかが女ごときでこのような愚行ぐこうおかすとは。貴様は王のうつわではないな、ラース・デュランフォード」


「かもな。それでも、俺がこうやって国の連中といられるのも、すべてこの女の……シグリーズのおかげなんだ」


ラースはうめきながらも笑みを見せる。


掴む槍に力を込めて握りつぶしていく。


雷を帯びている槍は触れているだけでも苦しいはず。


アレクサンダーはラースの胆力に、後ずさってしまっていた。


魔法などどうでもいい?


惚れている?


王の器でもないと否定されても意にかいさず、笑い飛ばすとは?


「四強と呼ばれた貴様がそこまでするシグリーズという女は、一体何者なんだ?」


思わず訊ねてしまったアレクサンダーに、ラースは嬉しそうに答えた。


「あいつは……俺を人間にしてくれたんだ」

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