28

剣を構え、立っているのがやっとというシグリーズに、アレクサンダーの一撃が再び突き刺さった。


それは、ほんの一瞬の出来事だった。


今の攻撃はまばたき一つできないほど素早かった。


アレクサンダーは、今まで本気を出してはいなかったのだろう。


それは、彼がシグリーズに向かって吐いた言葉や態度からわかる。


だがシグリーズのあまりの不死身ぶりに気味の悪さを覚えたせいか、本気の一撃を放ち、彼女の体をつらぬいた。


先ほどと同じくランスでつらぬかれたシグリーズの体は、先ほどと同じく衝撃と音が遅れてやってくる。


そして、さっきと違いなく時間差で吹き飛ばされていった。


何度も叩きつけられたせいで、さっきからぶつけられていた岩がついに破壊され、シグリーズはバラバラになった岩に埋もれながら大の字に倒れてしまう。


その光景は完全決着といってよかった。


だが、アレクサンダーはまだランスを突きだしたまま構えを解かず、倒れているシグリーズを凝視ぎょうししていた。


シグリーズが再び立ち上がる。


生まれたての小鹿のような頼りない状態でフラフラと、またも動き出す。


しかし、アレクサンダーはもう驚かなかった。


残った左目でシグリーズをじっと見ながら、その口を開く。


「そうか……そういうことか……。シグリーズ·ウェーグナー、貴様が何度も立ち上がれる理由がわかったぞ」


シグリーズは答える余裕よゆうがないのか。


アレクサンダーに何も言い返さない。


ただ両手で剣を握り、今までよりも腰を落として身構える。


「回復魔法……ヒールで治療していたのだな」


アレクサンダーの言う通り――。


シグリーズはダメージを受けるたびに、自分に回復魔法ヒールをかけていた。


しかし、答えがわかったというのに、アレクサンダーの強張った顔は変わらない。


その理由は、シグリーズの使用している回復魔法の効果のためだった。


「それでも私の槍は肉を切り骨を断つ。あばら骨はくだかれ、内臓が修復不可能なほど破壊されているはずだ。それすらも治療してしまうとは……。しかも刹那せつなで」


アレクサンダーは理解した。


今ならばわかる。


なぜ老騎士オーレ·シュマイケルが、この女を逃がそうとしたのかを。


どうしてドルテ·ワッツのような冒険者の道しるべとなっている人物や、魔王軍との戦いで名を馳せ、四強と呼ばれるようになったラース・デュランフォードが、才能も魅力もない者を傍に置いているのかを。


それは、シグリーズの持つ回復魔法の効果だ。


この世界――カンディビアでは、生まれたときから魔力を持っている者ならば、誰でも魔法が使える。


それは回復魔法も例外ではない。


癒しの呪文が特別めずらしいわけではない。


それでも、シグリーズのとなえた回復魔法の効果はおかしかった。


一般的に知られているヒールの効果は、新米の魔導士ならばすり傷を治す程度で、熟練じゅくれんの魔導士でもせいぜい折れた骨を繋げる程度だ。


それがシグリーズの使うヒールは、致命傷ちめいしょうを受けても一瞬で治し、すぐに戦闘に戻れるほどの効果がある。


これはもう人のできることではない。


神の領域りょういきだ。


もう一度アレクサンダーは思う。


この能力は確かに素晴らしい。


世界を変える、いや、救う可能性がある力だ。


オーレが命をかけ、ドルテとラースがこの女にこだわるのは、この力が理由なのだと。


「なるほど、こいつは使える……いや、絶対に必要だ。シグリーズ·ウェーグナーよ。気が変わった。貴様を拘束こうそくし、我が国ゲルマへ連れて帰るぞ。その力があれば国を立て直せる」


「それで、はい、そうですかっていくと思うの? 傭兵としての仕事なら考えてあげるけど、薬箱くすりばこ扱いならごめんだよ」


「ほう。ではデュランフォード国は違うというのか? 貴様の治癒の力を目当てで雇っているわけではないと? 正直、個人でやっている傭兵にしては、あまりに戦闘能力が低いと思うが」


「うっさい! そんなことは自分でもわかってんだよ! それでも私は旅を続けたいんだ!」


声を張り上げ、シグリーズは不可解そうにするアレクサンダーに剣を突きつける。


「才能がなくったって……無名だって……私だって魔王軍との戦いを生き残ったんだ! 他人や世の中の思った通りになんてなってたまるか!」


「何を言おうが自分の力を見誤みあやまるのは罪だ。だが、安心しろ。その力、私が正しく使ってやる。死なない程度に痛めつけて、必ず連れて帰るぞ」


アレクサンダーが動く。


閃光のような突きが放たれ、立ち上がったシグリーズは虚しく吹き飛ばされた。


そして、眼帯がんたいの男は倒れた彼女に近づき、ランスを突き刺してその体に雷を流す。


「ぐわぁぁぁッ!」


「お前に相応ふさわしい場所はゲルマ国が用意してやる。自分の役目がなんなのかを、じっくりと教えながらな」


全身に雷を流されたシグリーズは、そのあまりの威力に気を失ってしまう。


アレクサンダーにとって、実力差からいって彼女を殺すことなど造作もないことだったが、宣言通りに自国のものにするつもりの配慮はいりょだ。


意識を失ったシグリーズを見下ろし、そのまま連れ帰ろうとしたアレクサンダーだったが、背後に気配を感じて振り返る。


「おい、その女に触れるなよ。そいつの今の依頼主は俺なんだよ」


そこには逆立てた金色の髪に青い目をした体格の良い男――。


デュランフォード国の王であるラース・デュランフォードが立っていた。

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