27

再びアレクサンダーの槍がシグリーズを襲う。


なんとか剣でさばくが、シグリーズとアレクサンダーでは技術に差があり過ぎた。


一撃、二撃と受け流しても反撃する余裕はない。


さらにアレクサンダーのランスは稲妻いなづまを帯びている。


槍を捌いてもかすかに触れるいかづちが、シグリーズの肌を焦がす。


必死の形相ぎょうそうでなんとか攻撃を捌くも、腕力にも差があるため、受けるたびに後退させられてしまう。


二人に距離ができると、アレクサンダーの顔が不可解そうなものへと変わった。


「やはり杞憂きゆうか。手合わせをしていてわかる。貴様は弱い」


表情がゆるむ。


相手を見下すかのようなものへと変化する。


「どうしてオーレ·シュマイケルはこんな女を逃がそうとしたのか。ドルテ·ワッツといい、ラース・デュランフォードといい、なぜこんな雑魚ざこを傍に置くのか。理解に苦しむな」


「同感。ぐうのも出ないね。全くもってその通りだと思う、私も……。だけどフリーランスの身としては、期待されてる分は頑張らないとねッ!」


気を吐いたシグリーズの体を光が包んだ。


これは彼女が女神ノルンから受けた加護の力――魔法によるものである。


だが、それでもアレクサンダーの表情は緩んだままだ。


輝く光を見ても、眼帯がんたいの男は警戒すらしていない。


「今の光はプロテクとマジリアだな。魔法が使えることに少々驚いたが、それだけだ。我が槍の前では無意味」


シグリーズは、防御力を上昇させる魔法プロテクと、魔法に対するバリアを張るマジリアを自分にかけた。


それにすぐに気がついたアレクサンダーは、口では驚いたと言いつつも顔色一つ変えていない。


彼にとってはいくら対物理、対魔法で強化しようが脅威きょういではない。


表情に変化がないのは、アレクサンダーにとってシグリーズが、取るに足らない相手だということと同義だった。


「はぁぁぁッ!」


強化魔法を自分にかけたシグリーズが打ち込む。


今度はこちらの番だとでいうようにたたみ掛ける。


休みのない剣撃の嵐が始まり、シグリーズの剣を受け続けたアレクサンダーの目が見開く。


「強化系魔法を使用したから後衛タイプだと思ったが。なかなかどうして基本に忠実な剣じゃないか。しかし、女の体重から考えてもう少し踏み込んたほうがいい」


「そりゃどうも。って、あなた先生にでもなったつもり!? なんか的確てきかくだし!」


「こう見えて平時では兵士たちに戦い方を教えている。だからこそわかる」


アレクサンダーはランスを振るい、それだけでシグリーズの猛攻は止まった。


剣を弾かれただけで後退させられた彼女は、視線だけはそらさずに、眼帯がんたいの男をにらみつける。


そんなシグリーズを見たアレクサンダーは、彼女に向かって鼻を鳴らした。


「やはり貴様は凡庸ぼんようだ。剣技から戦いに関する長い経験や、その想いの強さは伝わるが。剣の……いや、そもそも才能はないだろう」


そして、次はアレクサンダーから攻撃を仕掛ける。


鋭く稲妻いなづまを放つ槍が体に穴を開けようと飛んでくる。


気の毒とでも言いたげな表情で、アレクサンダーの放つ槍の嵐がシグリーズに降り注いだ。


「世が治世ちせいならば、それなりに何者かになれたかもしれんが、残念ながら今は乱世らんせだ。時代は勤勉さよりも力のある者を求めている。……少しおしゃべりが過ぎたな。そろそろ終わらせてもらうぞ」


アレクサンダーが話し終えた瞬間――。


閃光のように光ったランスがシグリーズの胸をつらぬいた。


先ほどの腹部や肩口に刺さったときとは違い、完全に彼女の体をとらえた一撃だ。


「ガハッ!?」


衝撃と破壊音が遅れてやってくる。


シグリーズがすでに体から血が飛び散った状態で立ち尽くしていると、何かに引っ張られたかのように吹き飛んでいった。


再び岩に叩きつけられた彼女を見下ろし、アレクサンダーが槍を下ろして勝ちほこる。


「今のは完全に決まったな。たとえ息があったとしても二度と立ち上がれん」


アレクサンダーの通り名である雷撃。


まさに雷の一撃を喰らったシグリーズ。


これはもうさすがに立てないかと思われたが、彼女は先ほどと同じくおぼつかない足取りで立ち上がる。


シグリーズが立ち上がるのを見ていたアレクサンダーは、言葉を失っていた。


あり得ない。


あり得るはずがない。


雷をまとった槍を受けて立てるはずがない。


鍛え抜いた技――雷撃は大型のドラゴンすら一撃でほふる威力がある。


そんな攻撃を何度も受けて、どうしてこの女は立ち上がってくるのだと、アレクサンダーはだまったまま冷や汗をいていた。


まさかこの不死身ぶりがオーレ・シュマイケル、ドルテ・ワッツ、ラース・デュランフォードらが惹きつけられている理由なのか。


「シグリーズ·ウェーグナー、一つ聞かせてほしい。ひょっとして貴様は魔族か?」


「真面目かと思ったら随分ずいぶんとふざけたこと言うんだね……。私は人間だよ……。さっきあなたが言ったように、凡庸な……ね」


立ち上がって剣を構えるシグリーズ。


アレクサンダーは変わらぬ闘志を見せる彼女を見て、再びランスを構えた。


「人に凡庸と呼ばれるのと自分で言うのでは、若干じゃっかん意味が変わってくる」


表情が強張る。


眼帯の位置が変わるのではないかと思うほど、顔が歪む。


「そして、そういう人間に限って何か隠していることが多い。いくら貴様が雑魚であっても、私は全力でいくぞ」

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