25

オーレは馬に乗って駆け上がってくるゲルマ軍へと、意気揚々いきようようと飛びかかっていった。


まずは急な斜面の高さを利用した飛び蹴りで騎兵を二人蹴り飛ばし、続いて両腕を振り回す。


その手には、デュランフォード軍の兵がそうだったようにガントレットが付けられている。


だが、老騎士の付けているものは普通の籠手こてではなかった。


「ゲルマ軍よ! わしの剣を受けよ!」


オーレのガントレットの先には刃が現れていた。


それは、腕に仕込んで伸ばして使うという、格闘と剣両方を得意とする彼に合わせられた武具だった。


これがオーレが格闘大国デュランフォード国で騎士を名乗っている理由。


二本の刃を仕込んだ特殊ガントレットは、三代にわたりデュランフォード国を支えてきたオーレ·シュマイケルのトレードマークである。


さしずめ双剣格闘術とでもいうのか。


デュランフォード国の格闘術に自身の剣技を合わせた、世界でもるいを見ない戦闘スタイルだ。


オーレはまるで風車のように回転して速度を上げ、両手についた剣を振り回す。


老騎士の見たこともない戦い方に面を喰らったゲルマ軍は、次々と馬に乗った状態から吹き飛ばされ、山道を転がり落ちていった。


「ふむふむ。先ほど本陣で戦ったときも思ったが。デュランフォード国の騎士オーレ·シュマイケル。老いてますます盛んなりといったところかな。ガッハハハ!」


「くッ!? お前たちは下がれ! オーレ·シュマイケルは私が相手をする!」


見かねたアレキサンダーが馬に乗った状態で飛び上がり、オーレへとランスを突いた。


老騎士はこれを両手の双剣で受け、足場の悪い斜面での戦いながら両者共にバランスを崩さずに次の一撃を繰り出し合っていた。


近距離ならば不利だと思われたランスも、アレキサンダーの刺突の連打が凄まじく、それを感じさせない。


対するオーレも同じ数だけ打ち返し、一瞬のすきを突いた体当たりで馬がふらつかせた。


足場の悪い山道でこれはたまらない。


最悪の場合は馬と一緒に斜面を転がってしまう。


アレキサンダーは仕方なしにと言いたげに表情を歪めると馬から飛び降り、盾を捨ててランスを構え直す。


「なるほど、これは噂通りだ。この強さならばデュランフォード国を長い間守れるはずだな」


「雷撃と呼ばれる貴公きこうにそう言ってただけるとは、この歳まで生きしてきた甲斐がありますな」


「しかし、こちらはまだ本気ではないぞ。受けて見ろ、我が異名いみょうとなった技を!」


アレキサンダーがランスを掲げると、武器に稲妻いなづまがほとばしった。


そしてとどろ雷鳴らいめいひびかせながら、オーレへとランスで狙いを定める。


「むぅ、これが雷撃か……。なんとすさまじい……」


向き合っていたオーレは、背筋を走る不快な寒気から自分の死を感じ取っていた。


だが、老騎士の顔に後悔はない。


ラースの作戦を成功させ、ゲルマ軍の本陣を奪って食料を燃やした。


戻ってきた敵の騎馬隊から味方の兵すべてを逃がすことができた。


何よりもあるじの想い人であり恩人でもある女性を、無事に王のもとへ戻らせることができた。


自分一人の命でそれができたのならば、もはや悔いはない。


もしまだ未練があるとすれば、それは立場をわきまえず息子のように思っていたラースの子を見れないことくらいか。


「だが、それはあの世からでも見れる……。さあ、ここで落ちた英雄相手に、儂の最後の戦いをするとしよう!」


「落ちた英雄とは言ってくれる……。では行くぞ! オーレ·シュマイケル!」


「来なされ! 雷撃アレキサンダー·ドルフ!」


稲妻をまとったアレクサンダーのランスが、オーレの巨体を目掛けて放たれた。


老騎士は下がることなく、来るとわかっていた攻撃に向かって突進する。


ギリギリでランスを避け、かすった槍のいかづちに顔を歪めながらアレクサンダーに向かってショルダータックル。


右肩を突き出したまま低軌道で踏み込みんで、眼帯がんたい男の体を吹き飛ばす。


「これが狙いか!? うわぁぁぁッ!」


「あんな見え見えの挑発ちょうはつに乗ってくるとは、アレクサンダー殿もまだ若い。しばらく川で頭を冷やすのだな」


吹き飛ばされたアレクサンダーは足場の悪い斜面から転がり、その勢いのまま山の下にある川へと落ちていった。


オーレは最初から彼とまともに戦うつもりなどなかった。


それでも川に落としたくらいで死ぬような男ではないし、次は通用しない手だが、これでだいぶ時間がかせげる。


「さて、あとはお主たちだが、さすがに全員は川に落とせんよな。まあ、今の戦いを見られていては、当然、警戒されているだろうしのう」


振り返ったオーレの後ろには、馬を降りたゲルマ軍の兵士たちがいた。


おそらくアレクサンダーは、散り散りに逃げたオーレたちデュランフォード軍を追撃するために二万はいた兵を分けたのだろう。


現在オーレの前にいるのは、約百人といったところか。


「しかし、敵も馬鹿ではない。ここでさわいでいたら、そのうち集まってきそうだな。やれやれだわい……」


老騎士はそう大きくため息をつくと、ゲルマ軍と向き合った。

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