24

ゲルマ軍が燃え盛る陣地へと向かってくる。


シグリーズは監視塔からその様子を見ながら、しずんだ顔になっていた。


なぜかつて民を救った英雄が侵略者になってしまったのか。


その理由は、今本人から聞いた。


アレキサンダー·ドルフを――ゲルマ国をそこまで追い詰めた各国は、どうしてそんな真似をしたのか。


なんで手を取り合っていけないのだろうか。


魔王が倒されてから月日はそれまで経過していないものの、これまでも多くの戦争に参加してきたシグリーズ。


彼女にはなぜ国同士が――人間同士が争うのかがわからない。


もちろん頭では理解できる。


利益を得るため。


自国を磐石ばんじゃくにするため。


より大きく強い国となって、世界での立場をよくするためだということは、シグリーズではなくても誰にだってわかる。


しかし、それは多くの命を奪ってまですることかと、彼女には心で理解することはできなかった。


人が争いを続ける限り、アレキサンダーのような人間が増え、戦火はさらに広がっていく。


憎しみは憎しみしか生まない。


血が流れれば恨みが湧き、さらに血を欲しがるようになる。


自国さえ――いや、自分さえよければそれでいいと言うなら、人間同士の戦争は永遠に終わらないだろう。


今までずっと魔物を倒すために協力し合っていた人間たちが、まさかこんなことになるなんて、一体誰が予想しただろうか。


「これなら……こんな世界になるんだったら……魔王が生きていた頃のほうがよかったのかも……」


思わず失言をつぶいたシグリーズに、老騎士オーレが言う。


「今考えるべきは別のことですぞ、シグリーズ殿どの


「それは、そうですけど……って、うわぁぁぁッ!?」


返事をしたシグリーズは、いきなり監視塔から放り投げられた。


落下していく彼女が気がつくと馬の背にストンと着地。


続いてオーレも飛び降りてきて、老騎士は手綱を引いて馬を走らせる。


「手荒な扱いをして失礼。ですが、今は一刻を争う事態でしてな。それにしても良い馬だ。さすがは騎兵をほこるゲルマ国が育てただけのことはある」


ガハハと笑いながら陣地内から脱出しようとするオーレ。


どうやらすでに味方の兵は退却させており、残るは自分たちだけだと彼は言う。


「さて、ここからが本番と言えましょう。やはり本陣を奪われても、アレキサンダー殿は戦うことを選びました。ラース様の作戦通りならば、わしらの隊は敵の食料を燃やしたとこで役目を終えてますが」


「わかってますよ。こうなると私たちはまず助からないって、ラースから聞いていましたから」


「いやいや、儂らデュランフォードの者らは覚悟の上で参加しましたが、シグリーズ殿だけは殺させませんぞ。なにせあなたは、未来のデュランフォード国の王を産むお方なのですからな」


「オーレさん! こんなときにふざけないでください!」


「ふざけてなどおりませんぞ。このおいぼれ三代にわたりデュランフォード家に仕えし身。それをただ四代まで守ろうとしている強欲じじいなだけです」


オーレはこんな危機的状況でも笑ってみせた。


いつものように大きく口を開け、豪快に言葉を吐き出していく。


そんな老騎士を見たシグリーズは、アレキサンダーに言ったことと同じく、この人もまた死んではいけない人間だと思った。


以前のラースは悪党だった。


人を道具としてしか思っていない人間のクズだった。


そんな王子が舞い戻ってきたときに、ラースの父である王や母、さらに兵や民らが受け入れるはずがない。


詳しくはわからないが。


この老騎士の底なしの明るさがあってこそ、悪名高かったラースが再び国へ戻れた理由なのだろうと、勝手に想像してしまう。


「あの、オーレさん。あなたの考えはわかったんですけど……。私、ラースと結婚するなんて一言も言ってないですよ……」


「良きかな良きかな。男女の関係が一筋縄ではいかないことくらい、このおいぼれにもわかっておりますわい。時間が必要ということでしょう。いくらでも待ちますぞ。ただ、できれば儂が死ぬ前に決めてもらいたいですがな。なんせもうあまり先がないですから」


「だから人の話をちゃんと聞いてくださいぃぃぃッ!」


シグリーズたちの乗る馬の後ろからゲルマ軍が迫ってきたが。


二人は陣地内を脱出し、馬を捨ててゲルマ本陣まで来た山道へと逃げ込む。


山岳地帯ならば自慢の騎馬も役には立たない。


追撃を避けるには打ってつけの場所だ。


「嘘!? 馬でこの道を追いかけてくるの!?」


しかし、それでもゲルマ軍は追いかけてきていた。


何が彼らをそこまでさせるのかわからないが、シグリーズとオーレを打ち取ろうと、破竹はちくの勢いで山を駆け上がってくる。


その動きはまさに人馬一体。


ゲルマ騎馬隊の兵士たちは、急な斜面を物ともしていなかった。


まるで自分の体の一部のように馬を操るゲルマ軍を見て、これにはさすがのオーレも驚かされていた。


そして、その先頭にはもちろんアレキサンダーの姿がある。


「ふむ、これはもう逃げ切れなさそうですな。仕方がない……。シグリーズ殿、ここは私が引き受けます。戻り道は険しいですが、必ず生きてラース様のもとへご帰還きかんください」


「なにを言ってるんですか!? あんな数を一人でなんて無茶ですよ! しかもアレキサンダーもいるんですよ!?」


「時間稼ぎくらいならできますわ。では、ラース様にはよろしく言っておいてくださいな」


「ちょっとオーレさんッ!?」

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