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「私の知るあなたは英雄だ! それをこんなところで無駄に命を張って……。それでいいんですか!?」


それからシグリーズは言葉を続けた。


まだ魔王が健在していた頃――。


アレキサンダーがこの世界カンディビア中を駆け回り、魔王軍と戦っていたこと。


彼の活躍によってどれだけの国、街、村に住む人間が救われたのかを、声こそ感情的にしながらも正確に伝えた。


後に四強と呼ばれる魔王を倒したアムレット·エルシノアやラース・デュランフォードほど有名ではないにしても、同じく魔王軍と戦っていた者ならば、アレクサンダーの雄姿ゆうしを知らない者はいない。


疑う者など誰もいない。


アレキサンダー·ドルフは誰もが認める英雄だ。


それは当時彼と関わったすべての人間がそう思っていると、必死の形相で訴えた。


「だから生きてください、アレキサンダー·ドルフ! 国のことを、故郷のことを本気で考えるのなら、あなたはここで死んではいけない人だ!」


「私の知るあなたは英雄だと……? ふざけたことを言うな!」


だが、アレクサンダーはシグリーズの称賛しょうさんを、まるで侮辱ぶじょくされたかのように拒否した。


彼はシグリーズに言葉を返し続けた。


ゲルマ国の騎士として、カンディビアの脅威だった魔王軍と死ぬ気で戦った。


名声が欲しかったからではない。


報酬ほうしゅうを手に入れるためではない。


ただ純粋に世界を救いたい、魔物におびえる世界中の人間を助けたかった。


だから命を懸けたのだと、アレクサンダーは叫んだ。


「だったら私の言っていることが受け入れられるでしょう!?」


「受け入れられるか! 貴様は知らんのだ。命懸けで戦った我らゲルマに……各国が、世界が、カンディビアの連中が何をしたのかをな!」


魔王がアムレット·エルシノアによって倒され、カンディビアから魔王軍の脅威は去った。


これまで我先にと暴れていた魔物も大人しくなり、今では人がいない森や山、海や洞窟どうくつなどに身をひそめている。


世界は平和になったと、誰もが思った。


もう魔物を恐れることなどないのだと、世界中の人間が心から喜んだが――。


「奴らは戦争を始めたのだ。魔族ではなく人間相手のな。そのことなら、傭兵をやっているお前ならよく知っているだろう」


「それとあなたたちゲルマ国がどう関係があるの?」


「大ありだ。我らがゲルマ王は、魔王軍との戦いで同盟を結んだ国々のせいで今や死の淵にいるのだぞ」


ゲルマ国は魔王軍との戦いが続く中で、多くの国と協力関係にあった。


互いに物資を送り合い、どちらかの国に危機が訪れれば、援軍を向かわせるほどの間柄だった。


そんな彼らの関係も魔王が倒され、世界が平和になったとき。


互いの国から不穏ふおんうわさが流れるようになった。


そんな時代に変わっていく中、これからの同盟国の関係について、各国の王が集まって会議がおこなわれることに決まる。


ゲルマ王も当然その会議に参加したが、それは話し合いという名の言い争いだった。


互いに相手の国に難癖なんくせをつけ、あげ足を取っては自国が有利な立場になろうとする。


その多くが理屈を捻じ曲げた酷い言いがかりばかりで、無理やりにでも利益を得たい、相手よりも上に立ちたいと思うようなものだった。


それだけならばまだよかったかもしれない。


各国の王は、ついに会議の場で互いに剣を抜き合い始めた。


付き添っていた護衛に戦うように言い、突然殺し合いをし出したのだ。


会議の騒動から命からがら逃げたゲルマ王だったが。


そのときに受けた傷がもとで病になり、今も寝室から出ることができない。


さらにこれまで食料も物資も他国に依存していたゲルマ国は、このままでは滅ぶしかない状態だった。


「苦しんでいる王を見て私は決めた……。奪われたのなら奪い返すと! 我らを追い詰めた各国に復讐するのだとな!」


「なら敵はデュランフォード国じゃないでしょう!?」


「ふん。わからんのか、貴様は。デュランフォード国は、カンディビア大陸の最南部にあるゲルマから中央へと出る道にある国。海路を各国に封じられた我々には、この道を通るしか他の地域に安全に行けんのだ」


「それじゃ魔王軍がやっていたことと同じじゃない!? アレキサンダー·ドルフ! あなたたちゲルマ国は侵略者になるつもりなの!? それじゃゲルマ王を傷つけた他の国と変わらないよ!」


「理解されるつもりはない。どちらにしても後がないのは同じ。私はただ国のために戦うのみだ。たとえ、ここで命尽きようともな」


シグリーズの言葉はアレキサンダーには届かず、彼の率いているゲルマ騎馬隊が、二人の話の最中に陣形を取り始めていた。


並ぶように整列し、指示があれば今にも突進しそうな面構えで全員がランスを構えている。


アレキサンダーはそんな騎馬隊を一瞥すると、自身も握っていたランスを持ち直し、大きく深呼吸した。


「まずはオーレ·シュマイケルとあの女の首を取り、その次にラース・デュランフォードを仕留めるぞ! 我らがゲルマの戦士たちよ! 我々には前進しか道がないのだ!」


声を張り上げたアレキサンダーに応えるように、ゲルマの騎馬隊は奪われた本陣へと一斉に突撃を始めた。

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