22

ラースの策から生き残り、デュランフォード軍の追撃から脱出したアレクサンダー率いるゲルマ軍だったが。


彼らの本陣には火がつけられていた。


轟々ごうごうと燃えさかる味方の陣を見たアレクサンダーは、一体何が起こったのか理解できなかった。


周りを囲む柵の門は開かれ、陣内にあった大量の食料の燃える匂いと、血の臭いが混じった異臭いしゅうただってくる。


そんな臭いに包まれながら、まさかデュランフォード軍に援軍が来たのかと、さすがのアレクサンダーも言葉を失ってしまっていた。


「予想よりお早いお帰りですな、アレクサンダー殿どの


「なッ!? どうしてッ!?」


本陣前で、狼狽うろたえるゲルマ軍を迎えたのは、簡易な監視塔から顔を出した老人だった。


巨大な岩を思わせる体格に、白い髪と髭。


三代にわたりデュランフォード国を守ってきた老騎士――オーレ·シュマイケルがそこにいた。


久しぶりに会う友人のように語りかけてきたオーレに、アレクサンダーは怒鳴り訊く。


「オーレ·シュマイケル!? 馬鹿な!? なぜ貴様が我らの本陣にいるのだ!?」


貴公きこうわしらの本隊と戦っている間に回り込んだのだよ。この歳で山岳の移動はちときびしかったが、驚くアレクサンダー殿の顔をおがめたとあらば、苦労した甲斐かいがあったというものだわい」


「しかし、デュランフォード軍はほぼすべてあの場にいたはずだ! 一体どこからそんな戦力を……まさかオーレ·シュマイケル! 貴様らは!?」


「ほう、理解したようだな。さすがは雷撃と名が通っておるだけはある」


「くッ、その台詞、そのまま返そう。わずかな兵で我が本陣を落とすとは……」


オーレはラースの指示を受け、百にも満たない数の兵を連れて戦場となっていた平原を迂回うかいした。


老騎士はごく少数の兵と共に木につかまりがけのような斜面をよじ登って、転がるように谷を下った。


長い困難の末、ようやくゲルマ軍の本陣に到着し、残されていた魔導士と歩兵の隊を打ち倒すことに成功。


これがラースが考えた、作戦の欠点を埋める案だった。


だが、オーレの余裕な態度のせいでわかりづらいが。


けものも避けるけわしい山を越えて移動や、少ない数で本陣を奪うという作戦はとても策とは言えず、むしろ賭けに近い。


その成功確率が低い内容を考えれば、ラースにとってこの作戦が苦肉の策だったことがわかる。


「今すぐ降伏するのがよろしいかと思いますが、アレクサンダー殿。この状態で、もはやお主に勝ち目はない」


本陣を奪われたということは、食料をすべてなくしたということ。


ゲルマ軍は先の戦いで半分ほどに減ったとはいえ、まだ二万の兵がいる。


この兵士たちをやしなう食料を失った今、いくさを続けるのは不可能だ。


投降とうこうをするように口にしたオーレの態度は当然といえる。


「老騎士よ、我らゲルマ軍を見くびるな! 我らはまだ負けてはおらぬ! まだまだ戦えるぞ!」


しかし、アレクサンダーは降伏を拒否した。


本陣を奪われ、食料をすべて燃やされてしまったというのに、彼はまだ戦いを続けるつもりだ。


それは、アレクサンダーに付き従う兵士たちも同じだった。


誰もが声を上げて、この状況でも戦いを続ける覇気を見せている。


「我らには最初から後がないのだ! ここでデュランフォード国に勝利せねば、ゲルマの民すべてがえる! 何があっても負けは認められぬ……勝たねばならぬ!」


アレクサンダーと彼の引き連れている兵たちの気迫に、オーレは並々ならぬものを感じていた。


そこまでゲルマ国が困窮こんきゅうしていたのかと、老騎士は返す言葉を失い、それ以上は何も言えなくなっていた。


そんなオーレの代わりに、彼の後ろにいた黒髪のショートカットの女が大声を出す。


「だったら尚更です! 降伏してください! 最初よりも条件は悪くなるかもしれないけど、デュランフォード国には元々和平を結ぶ気持ちがある!」


割り込むように姿を現したのは、ラースに呼び出された傭兵――シグリーズ·ウェーグナーだった。


アレクサンダーは不可解そうな顔をすると、彼女に向かって言葉を返す。


「なんだ貴様は? 見たところデュランフォード軍の者には見えんが」


「私はシグリーズ·ウェーグナー! ドルテの酒場にいる傭兵です! 訳があって今はデュランフォード軍に雇われています!」


「なに? ドルテの酒場ということは……ドルテ·ワッツの、彼女の子飼いか」


シグリーズが自分の素性を話すと、アレクサンダーは表情が変わる。


「おい、小僧。貴様は引っ込んでろ。金だけが目的の傭兵が、我らの戦いに口を挟むな」


「私は子どもでも男でもない! 女です! って、それは置いといて……。アレキサンダー·ドルフ! 私はあなたの名をよく知っている!」


少年と間違われたシグリーズは、ムッと声を張り上げたが。


すぐに気を取り直して話を始めた。

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