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アレクサンダーがランスを突き出して盾を構えると、彼の後ろにいた騎兵たちが一斉に同じ体勢に変わる。


ラースはそれを見るやいなや、馬をひるがして味方の兵を下がらせた


対峙しておいて突然の退却。


一目散いちもくさんに逃げだすデュランフォード軍を見たアレクサンダーは、その行動を不可解に思ったが、すぐに追撃の指示を出す。


「全軍突撃! 何か企んでいるようだが、数はこちらのほうが上! 我らがゲルマ騎馬隊に小賢しい策など通用せんことを、その身をもって教えてやれ!」


総勢四万以上のゲルマ騎馬隊が怒涛どとうの勢いで追いかけてくる。


左右に並ぶように陣形を組んで、隙間一つ作らずに突っ込んでくる。


その様はまるで炎。


山や城を燃やし尽くすかのように、平原にゲルマ軍の姿が広がっていく。


追ってくる騎馬の大群を見たアルヴは、慌ててラースの耳元で叫んだ。


「ラース! ラースッ! あいつら思っていた以上に速いよ!?」


「ああ、わかってる。だが、それも想定の範囲内だ。あの速度でも俺らには追いつかねぇよ。あとは作戦通りに不意打ちと挟み撃ちで可能な限り兵をけずってやる」


馬を全力で走らせ、味方と共に後退していたラースだったが。


ゲルマ騎馬隊が仕掛けて置いたわらかたまりを通り抜けると、再び振り返って声を張り上げた。


「敵はこっちの術中じゅっちゅうにはまった! 今だ! 出てこいお前ら!」


ラースの声に応じて、藁の塊からデュランフォード軍が現れた。


デュランフォードの戦士たちは、出てきたのと同時に、近くにいたゲルマの騎兵を飛び蹴りで馬から落とし、なぐり倒していく


さらにゲルマ軍のほとんどが藁の塊を通りすぎていたため、これでラースの作戦通り挟み撃ちの形になっていた。


突然の奇襲。


そこから後ろからの攻撃。


ゲルマ軍は罠を覚悟しての突撃だったが。


倒されていく味方を見た騎兵たちは、あっという間に大混乱をおちいってしまう。


狼狽うろたえるな同志たち! きょを突かれたとはいえ敵の数は我らの半分なのだ! すぐに乱戦に備えて槍ではなく剣を取れ! 冷静に対処すればどうということもない!」


しかし、敵ながらさすがというべきか。


アレクサンダーの的確な指示で、ゲルマ騎馬隊は持ち直し始めていた。


ランスと盾から腰に帯びたロングソードへと切り替え、超接近戦となった戦場に対応していく。


それでも優勢なのはデュランフォード軍だった。


接近戦、しかも人と馬がせめぎ合う場所では、小回りが聞く格闘スタイルにがある。


騎馬の機動力がかせない状態では、どう考えてもゲルマ軍にとって不利だった。


「数で勝っていてもこのままでは不味いか……。聞け、同志たち! 今から道を切り開く! 全員私に続け!」


しかし、アレクサンダーはここでも見事な判断を見せた。


武器を変える指示を出した後、味方の旗色が悪いと見るや間髪入れずに撤退命令を出したのだ。


他の者らと同じくランスから剣に切り替えた彼は、デュランフォード軍の戦士を切り払いながら、仲間の逃げ道を作っていく。


「我が一撃を受ける覚悟ある者は前へ出よ! その全身、すべて灰にしてくれるわ!」


アレクサンダーの振るう剣に稲妻いなづままとっていた。


彼自身は魔法が使えないものの、元々魔力を持っているため、独学で武器に魔法の力を込めて振るう技術を覚えたのだ。


かみなりを纏った武器を使う騎士――。


これがアレクサンダーが雷撃らいげきの通り名で呼ばれる理由である。


アレクサンダーの活躍により、ゲルマ軍はデュランフォード軍の包囲を突き進んでいく。


群がってくる格闘戦士たちを蹴散らし、全滅の危機を回避することに成功したが、アレクサンダーの表情は暗かった。


「抜けられたのは半分くらいか……。止むを得まい。全軍、陣まで引き返すぞ!」


再び軍を整えるため、アレクサンダーは生き残った騎馬隊を連れ、ゲルマ軍の陣地まで走り去っていく。


ラースの策でアレクサンダーが失った兵はおよそ二万。


デュランフォード軍も無傷ではないが、これでほぼ兵力差はなくなったといえた。


だが、それでもアレクサンダーは諦めてはいなかった。


次に戦場でまみえるときこそ、デュランフォード軍の終わりだと信じて疑わない。


アレクサンダーは馬を走らせながら思う。


今回はラースの策に破れたが、こちらを全滅させられなかったのは、向こうの落ち度だと。


二度目はない。


藁の塊の罠はもう通用しない。


今度目に入れば、火をつけて出てきたところをランスでつらぬいてやる。


種さえ明かしてしまえば、自分たちゲルマ騎馬隊の敵ではない。


平地での戦い――ゲルマ軍のほこる戦い方にさえ持ち込めば、いくらデュランフォード軍が屈強とはいえ勝負は見えている。


もはやデュランフォード軍に残された道は、弓矢に頼った籠城ろうじょうしかないのだ。


「ふん、このいくさ……我らの勝ちだ」


鼻を鳴らし、馬の速度を上げるアレクサンダー。


後ろに見えるデュランフォード軍は、すでに果実ほどの大きさまで小さくなっている。


それも当然、所詮人は馬の足にはかなわない。


おそよ半分の兵を失いながらも、アレクサンダーは余裕を持ってゲルマ軍の本陣へ戻れたが――。


「なッこれは!? 一体どういうことだ!?」

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