20

――数日後、ラースは二万の兵を連れて城を出た。


籠城戦ろうじょうせんをしないのは、彼が考えた作戦に皆が賛同したからだ。


ゲルマ軍のほうはデュランフォード軍が城に立てこもると判断したのか。


おそらくは破城槌はじょうつい投石機とうせききの準備ですぐには攻めてこられなかったのだろう。


騎馬隊のみとは言っても、やはり攻城兵器は必要だ。


ラースにはそのこともわかっており、その短い時間で障害物――木で作った球体をわらおおったものをこさえた。


中にはニ、三人の兵が入れるようにしてあり、騎兵が近づいてくれば中から兵が飛び出す仕掛けになっている。


さらに、もし騎馬隊が障害物を通り過ぎてしまっても、前と後ろから挟み撃ちをするのも作戦だ。


この作戦の欠点は会議でシグリーズが指摘してきしていたが、ラースには問題点がわかっていた。


数でまさるゲルマ軍の騎馬隊が全力で撤退てったいすれば、被害を最小限に抑えられてしまう。


しかし、ラースはその後の策も考えていた。


ただその策は、味方側にもかなり危険なものであると、彼は言った。


それでもデュランフォード軍で、ラースの作戦に反対する者は誰もいなかった。


現在、ラースはほぼ全軍を連れてゲルマ軍が陣取る平地へと向かっている。


「なんであたしがあんたと一緒なんだよ!?」


アルヴは不満そうにラースの肩でわめいていた。


どういうわけなのか。


ラースはシグリーズを本隊と離し、彼女の相棒であるアルヴに自分と行動するように指示した。


「別にお前がいなくてもシグリーズは魔法が使えるんだろ? だったら問題ねぇじゃねぇか」


シグリーズは、女神ノルンの加護を受けた選ばれし者である。


彼女はその与えられた加護――妖精アルヴから魔力を得ることで魔法を使用できるが、離れていても繋がっているため、特に支障はない。


だが、わざわざシグリーズとアルヴを引き離し、さらにラースと行動を共にするように言われた妖精は不満だった。


それは、彼女がまだラースを認めていないのもあったが。


もう何十年も一緒にいた、自分の半身ともいえるシグリーズと離されたのが気に食わなかった。


ほおをふくらまし、両腕を組んで肩であぐらをかく妖精に、ラースは言葉を続ける。


「それにお前とシグリーズはお互いがどこにいるのか、感覚でわかるんだろ。そいつはかなり役立つ。利用しない手はねぇ」


「わかるって言っても大まかな位置だけだよ。そんな便利なもんじゃないもん」


「大まかでいいんだよ。ともかくいつまでもぶーたれってんじゃねぇって。あとで美味いもんで食わしてやるから」


「バカにするな! あたしは子どもじゃないよ! ……ちなみに美味しいお酒はある?」


そんな調子で、ラースとアルヴ――デュランフォード軍はゲルマ軍が陣取る平地へとたどり着いた。


気持ち良いくらい周囲は目をさえぎるものもない平原が広がり、左右には斜面のきつい山がある。


今日は晴天というのもあって、いくさがなければ、空を見上げながらのんびり食事でも取りたい場所だ。


遠くにはゲルマ軍の陣が見える。


早速デュランフォード軍に気がついたのか。


敵陣から騎馬隊が飛び出してきており、広がる平地に砂埃すなぼこりが舞っていた。


「さすがに早いな。よし、お前ら! 用意していたものを転がしておけ! あと指示を出したら全力で下がって次に俺が声を上げたら死ぬ気で戦えよ!」


ラースの声に応え、デュランフォード軍の戦士たちがときの声を返す。


その大歓声は、まるで空気を歪めるように響いていた。


意気揚々と障害物を準備し、向かってくるゲルマ軍に近づくラース。


馬の手綱たづなを引いてゆっくりと進む彼に、アルヴが声をかける。


「ねえ、なんでわざわざあんたが先頭に出るの? 普通、王さまってのは一番後ろにいるもんじゃない?」


「この作戦は敵を誘い込むもんでもあるんでな。敵の大将が前に立ってりゃそれだけ食いついてくれるって、ちょっと考えりゃわかるだろ」


「でも、それってもろに罠がありますって言ってるようなものじゃない? それに危険すぎるよ」


肩で不安そうな声を出したアルヴに、ラースは笑ってみせた。


そして、そんなやわな王ではないと口にしながら言葉を続ける。


「心配してくれてんのか? そいつは嬉しいねぇ。てっきりお前には嫌われてると思ってたからよ」


「なッ!? なに言ってんだよ! あたしはもしあんたがやられちゃったら軍が総崩れしちゃうことを心配してるんだよ! 勝手なこと言うな、この筋肉王がッ!」


「へいへい。嫌われてても筋肉王でもいいからよ。とりあえずお喋りはここまでだ。こっから命懸けだぞ。お前も腹くくれよ、アルヴ」


「そんなこととっくにわかってるよ! ……死ぬなよ、ラース……」


「へッ、俺はそんな簡単に死なねぇ」


言葉を交わし合ったアルヴとラースの前に、ゲルマ軍の騎馬隊が迫ってきていた。


その中からランスを掲げ、一人の騎士が出てくる。


敵の指揮官であり、雷撃の通り名を持つ騎士――アレキサンダー·ドルフだ。


右目に眼帯がんたいをした騎士は、ラースの姿を確認すると、馬上から声を張り上げる。


「自ら出てきたか。いい度胸だ、ラース・デュランフォード! 攻城兵器は無駄になったが、その堂々としたたたずまいは、私の槍を受けるに相応しい!」

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