19

四万を超える騎馬隊の大群を止めるのは難しいと判断したラースは、平地に大きな障害物を置いて、敵軍を散らす作戦を提案ていあんした。


障害物が目の前にあれば、騎兵はそれを避けていくだろうという考えだ。


さらに置いた障害物の中に兵が身を隠し、騎馬隊が近づいたら攻撃を仕掛けると言う。


「ゲルマ軍も馬鹿じゃないから障害物に警戒けいかいはするだろうが。他に道もなく、前には敵の姿があれば突っ込んでくるしかないだろう」


ラースが話の補足ほそくした。


この作戦のいいところは、もし騎馬の速度が速すぎて障害物を通り抜けてしまっても、それならそれで挟み撃ちの形にできるからだ。


実際に正面から無策で挑むよりも、確実に相手の兵力をけずれるだろう。


ラースのさくを聞き、意表を突くという面ではこれ以上にないと、デュランフォード国の戦士たちが王のことを称賛しょうさんした。


さすがは我らが王だと、男女問わずにゴツゴツした手をにぎりしめている。


この鍛え上げた肉体だけがものをいうデュランフォード国で、ラースは体だけではなく頭の中まで完璧だと、誰もが歓喜かんきの声を上げていた。


「でも、それだけで勝負が決まるほど甘くないんじゃないかな」


皆がラースをたたえる中、シグリーズは言いづらそうに口を開いた。


作戦としては申し分ないが、それだけでこちらの倍以上ある敵軍を殲滅せんめつできるのか。


障害物に兵を潜ませての奇襲。


挟み撃ちでの攻撃。


どれも相手が想像していても対応できない策だが、これには欠点があると、シグリーズは指摘してきした。


彼女の発言にラースはその口角を上げて言い返す。


「気がついたか。さすが十代の頃から戦場に出ていただけのことはあるな」


「あなたもわかっててこの作戦を出しているみたいだね。本当に意地が悪いというか……私が言わなかったらどうするつもりだったの?」


「お前なら必ず言ってくるとわかってたからな。そのために国に来てもらったのもあるしよ」


「そんな嬉しそうな顔されてもなぁ……」


言葉を交わし合ったシグリーズとラース。


ラースのほうはさらに笑い、そんな彼を見たシグリーズがあきれて肩を落としていた。


「それで、ラース様の出した作戦の欠点とは?」


オーレが皆を代表するように口を開き、シグリーズにこの作戦の何が問題なのかを訊ねた。


訊ねられた彼女はラースのほうを見ると、彼の笑みを見て二度目のため息をつき、それから話し始める。


「敵の全員が騎兵ってのがこの作戦の問題なんですよ」


「敵の全員が騎兵だから? しかし、そのための障害物であろう?」


オーレを含め、その場にいたシグリーズとラース以外の者たちすべてが不可解に思った。


そんな中でアルヴは、「自分はわかってますよ、わかってますとも」という顔で両腕を組んでいたが、もちろん彼女も理解していない。


しかし、それでも自分なりにはアルヴも考えてみる。


(えーと、そもそもは敵の数が多すぎて、デュランフォード軍の人たちがいくら強くても騎馬隊を止められないから、ラースがこの作戦を考えたんだよね? でも、シグリーズはこの作戦に欠点があるって言って、それは相手が馬に乗っているからだって言っていて……)


騎馬隊の圧倒的な突進力を殺すために考えた策だというに、相手が騎兵だから問題があると言われても話が矛盾むじゅんしているように聞こえる。


アルヴは、何度考えてもそうとしか思えなかった。


デュランフォード軍の戦士たちも、妖精と同じように誰もが頭を悩ませていた。


シグリーズは、ざわつくデュランフォード軍の戦士たちに向かって言う。


「敵が騎馬ということは、人の足では追いつかないといえば伝わりますか」


「人の足では追いつかない……そうか! わかった、わかりましたぞ!」


オーレがハッと両目を見開くと作戦の欠点を説明し始めた。


障害物や挟み撃ちの攻撃は効果的だが、結局はデュランフォード軍はすべて歩兵でその作戦をおこなう。


対してゲルマ軍は騎馬だ。


乱戦になれば近接戦闘に長けるデュランフォード軍が有利だが、もし包囲を一点でも抜けられたら、そこから逃げられてしまう。


「この作戦の欠点は、ゲルマ軍を全滅させることは不可能だということですな」


「そうなんです。こちらが歩兵で相手には馬があるということは、退却たいきゃくされやすいということなんですよ。作戦自体はとっても良いんですけど。正直、一度しか通用しない戦法が決定打にならないのは厳しい」


シグリーズの話を聞き、ざわついていたデュランフォード軍は静まり返った。


確かに、この作戦でゲルマ軍を全滅させるとはいえないまでも、ほぼ壊滅状態に追い詰められないのは痛い。


そう何度も奇襲が通用するはずがないことを、デュランフォード軍の戦士たちにもよくわかっている。


さらにその戦いで敵の戦力をどれくらい削れるのか。


もしゲルマ軍が撤退てったいすることに集中すれば(当然するだろう)、思っていたよりも成果は少ない可能性もある。


やはり自国の倍ある敵軍と、地理的にも不利な状況で戦うのは無謀なのか?


誰も口を開いて言ったわけではないが。


デュランフォード軍には、そんな空気が流れていた。


「安心しろよ。その辺も考えてある」


そんな暗い雰囲気を吹き飛ばすように、ラースが口を開いた。


彼は障害物、挟み撃ちのさらに後があると、皆に話し始める。


王の言葉に、デュランフォード軍の戦士たちから安堵あんどの声が漏れたが、次にはもう青ざめることになった。


「だが、今から話すのは死への道だ。勝っても負けても、どいつもこいつも、五体満足でいられると思うなよ」

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