18

その後、なごやかだった雰囲気が終わり、作戦会議に入った。


会議が始まると同時に、すぐにラースは調べさせていた敵軍のことを聞いた。


何しろこちらは相手が騎馬隊であることと、敵将がアレキサンダー·ドルフということしかわかっていない。


たとえ正確ではなくとも、敵の情報を知っておかねば対策も立てられない。


訊ねられた斥候せっこうの話によると、ゲルマ軍の数はおよそ五万。


五万の大群の九割は騎馬隊で構成されており、残りの一割は補助系の魔法を得意とする魔導士の一団がいる。


その陣容じんようからしてわかるが。


あくまで戦闘は騎馬隊でおこない、魔導士の一団はもしものとき用の対魔法部隊だということがわかる。


「九割ということは四万以上が騎兵か。まあ、山も谷も川もない平地続きのデュランフォード国うちとゲルマ国だからこそのきる編成だ。しかし、ゲルマがまさか魔導士を使うとはな」


「敵も考えておるのでしょう。わしらの国には魔法を使える者がおりませんが、今回のシグリーズ殿どののように傭兵を雇う可能性もあると。言うならば魔導士の一団はその保険。はなから 戦いはアレキサンダー·ドルフ率いる騎馬隊でやるつもりですな」


ラースの言葉にオーレが答えた。


五万はいるゲルマ軍。


対するデュランフォード軍は二万と、その兵力は半分以下だ。


デュランフォード国がそこまで大きな国ではないのもあって、どうしても他国との人口差から兵の数が開いてしまう。


それでもデュランフォード国の戦士たちには、独自にみがいてきた格闘術があり、これまでは侵略者の脅威きょういを振り払ってきた。


しかし、さすがに四万以上という数の敵、ましてや騎馬隊の大群とは戦った経験はない。


「やはりメインは騎兵が相手ということか。うちも弓兵がいないわけじゃないが、さすがに数が多すぎる」


いくら戦いの定石じょうせきといえども、その数の騎馬隊を弓矢で止められるとは思えない。


さらにデュランフォード国は、特別、弓矢に優れた軍を保持ほじしていない。


なによりゲルマ国の甲冑には矢も魔法すらも通じない。


付け焼き刃の正攻法よりは、やはり慣れている戦闘スタイルを使うべきではないかと、ラースは皆に意見を求めた。


するとデュランフォード軍の戦士たちは、皆、当然とばかりに声を上げて返した。


「強気だなぁ……。なんか見てるほうが心配なっちゃうよ……」


「でもまあ、たのもしいじゃないの。なんかこう、自分たちの国も技も守ってやるって気概きがいが伝わってきてさ」


そんな彼ら彼女らを見てアルヴが呆れ、シグリーズは微笑んでいた。


だが、数でも地の利でも不利な戦いの不安が消えるわけではない。


かといってデュランフォード軍で唯一魔法が使えるシグリーズに、四万の大群を牽制するほどの強力な魔法はとなえられない。


シグリーズは女神ノルンによる加護――魔力のみなもととなるアルヴからの影響で魔法は使用できるものの、その種類はあまり多くはなかった。


彼女が使えるのは回復、状態異常の治療、補助系の魔法で、先にべた攻撃魔法、他にも弱体魔法や時空系魔法、召喚魔法などは一切使用できない。


これは女神ノルンや妖精アルヴの影響に関係はなく(彼女たちはあくまで魔力のみを与える存在)、シグリーズの持つ性質のためだ。


(魔法か……。なんか嫌なこと思い出すな……)


アルヴが内心で呟いた。


そして、昔のこと――シグリーズと冒険者をやっていたときのことを思い出す。


魔法の習得には天性の才能と、さらにかなりの修練が必要とされる。


シグリーズは女神の加護で努力なしで魔法は使えるが、これまで彼女とパーティを組んだほとんどの人間が、その話――シグリーズが女神ノルンに見出されたことを信じなかった。


どこかの魔導士から習ったものをそう言っているだけだろうと、、誰もシグリーズを選ばれし者とは認めなかった。


アルヴは自分の存在が証拠しょうこだと姿が見えていない相手にわめいたが、結果はいつもシグリーズの話はうそや冗談ですまされてしまう。


それには、自分にはくをつけるためにハッタリをかますことが、冒険者の間ではよくあることだったというのもあったのだろう。


そんなことが続いたのもあって、アルヴは泣くほど悔しがった。


隠れて涙を流す彼女を見たシグリーズは、それから自分の使う魔法について訊ねられると、故郷こきょうで覚えたのだと嘘をつくようになった。


信じてもらえないことを話す必要はない。


相手によっては言うべきではないこともある。


それがたとえ命を預けあうはずのパーティーメンバーであっても。


その事実は、当時まだ若かったシグリーズにはなかなかきびしい洗礼せいれいだった。


信じあうべき仲間に疑われ、話しても信じてもらえず、結局、相手をだまさなければならない。


繊細せんさいなシグリーズは、それだけで心をすり減らされたのだった。


彼女のパーティーメンバーがよく変わっていたのも、そのことが原因だったのではないかと、アルヴは今でもたまに思う。


もっと自分が上手く立ち回れていればとも。


「おーい、アルヴ。起きてるか?」


「えッ? あぁ、起きてるよ! 作戦会議中に寝てなんかないって!」


「ならいいけど。なんか最近変だよ、あんた。どこか調子悪いの?」


「そんなことないよ! ほ、ほらシグ! なんかラースが話し始めたよ! さあ、ちゃんと聞かなくっちゃね!」


アルヴは声を張り上げて誤魔化すと、シグリーズと共にラースの話に耳をかたむけた。

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