17

――着替えを終えたシグリーズはアルヴと共に、再び玉座ぎょくざの間へと向かった。


扉の前には侍女たちがまだいて、元のフード付きの服に着替えてしまったシグリーズを見ると、彼女たちの誰もが残念そうな顔をしている。


「なんかうらめしそうだね」


「いくら見つめられたって、もうドレスなんて着ない。あれは私のスタイルには合わない」


シグリーズは侍女たちの視線に耐えながら、軽く会釈えしゃくして中に入っていく。


中には玉座ぎょくざに座るラースと側に立つオーレ、それと先ほどはいなかったデュランフォード国の兵士たちがいた。


皆、軽装の甲冑を身に付けた屈強な男女たちだ。


兵士たちが道を開け、シグリーズとアルヴがラースの前へと歩を進めていく。


「おぉ、戻りましたか、シグリーズ殿どの!」


オーレが声をかけ、シグリーズは侍女たちにしたように会釈すると、ラースの前で片膝をつく。


彼女の態度に、兵士たちから動揺の声が漏れ始める。


その声は、シグリーズ·ウェーグナーは王のきさきになる人物ではなかったのかと言いたそうだった。


アルヴが彼ら彼女らの声を聞いて大きくため息をつくと、シグリーズは片膝をついたままラースに言う。


「ラース・デュランフォード王。私、シグリーズ·ウェーグナーは、あなたの依頼を引き受けます。ゲルマ軍を追い払うまで、この国のために戦うことをここにちかいましょう」


「固いな、シグリーズ。どうしたんだよ、急に? 俺とお前はそんな関係じゃないだろ。いいから顔を上げろよ。膝をつく必要もねぇ。普段通りでいろ」


「そうはいきません。あなたは一国の王。私は一介いっかいの傭兵です。そこは区別するべきだと思います」


かたくなな態度のシグリーズを見て、ラースは苦笑いをした。


それは彼だけではなく兵士たちも似たようなもので、この国の女王となると聞いていた人物が傭兵として王に頭を下げている姿に、誰もが困惑こんわくさせられている。


玉座の間に気まずい空気が流れる。


だがそんな雰囲気を、男のしゃがれた声が壊した。


「ガッハハハ! 王の求愛きゅうあいを突っぱねてそれでも仕事を受けようとするとは!」


老騎士オーレだ。


アルヴはそんな老騎士を見て、このおじいさんはきっと普段から空気なんか読まないのだろうなとあきれる。


オーレは実に嬉しそうにラースに声をかける。


「ラース様、わしはまだシグリーズ殿を知ってものの数分ですが、彼女のことを気に入りましたぞ。ここは何度断られようが、彼女がうなづくまで求婚きゅうこんを続けるべきです」


「なに言ってんだオーレじい!? 別にまだ断られたわけじゃ――ッ!?」


ラースが玉座から立ち上がり、慌てた声を出すと、困惑していた兵士たちからドッと笑いが起きた。


我らが王は女に振られたのか。


そいつは残念だ。


――と、まるでからかうような言葉が兵士たちの口から出ていた。


「うるさいぞ、お前ら! 人の不幸を笑ってんじゃねぇ!」


ラースは兵士たちに向かって声を張り上げるが、彼ら彼女らは止まらない。


その様子は、とても自国の王に対する態度とは思えず、アルヴは激しく困惑する。


いや、それ以上にあのミスすれば味方すら殺しかねなかったラースが、自分の部下たちにからかわれているのだ。


この国へ来てから、ラースが王として兵や民にしたわれていることは理解していたつもりでいたアルヴだったが。


まさか彼が他人と友人、いや家族のように打ち解けた関係でいたことにおどろきをかくせない。


「つーか俺はまだフラれたわけじゃねぇって言ってんだろ! 返事待ちだ、返事待ち!」


「いやいや、ラース様はまだ女性のことがよくお分かりになってないようですな。しかし、その意気やよし。ここは時期を待って再び――」


「お前は黙ってろ、オーレじい!」


ラースとオーレのやり取りを見て、シグリーズも笑っていた。


そして、静まり返っていた玉座の間に笑いがあふれ、驚いていたアルヴの顔にも笑みがこぼれる。


これから本格的な戦争が始まるというのに、ここはまるで気の許し合う者同士がつどうたまり場のようだと、妖精はなんだか胸が熱くなっていくのを感じていた。


女神ノルンに選ばれたシグリーズは、その目的こそ果たせなかったが。


アルヴは彼女と旅をしていてよかったと、変わったラースを見て思えた。


成し遂げられなかったと思っていた旅にも、確かに意味があった。


これはシグリーズにしかできないことだったのだと。


女神が彼女を選んだことは間違いではなかったのだと。


最後に組んだパーティーメンバーから暴言を吐かれ、その後の人生にまでケチをつけられた。


それでもシグリーズとアルヴの冒険が誰かを救っていたと思えると、アルヴは目頭が熱くなる。


「ねえ、シグ」


「うん? なにアルヴ?」


「この光景を見てるさ。魔王は倒せなかったけど、なんかあたしたちが冒険者やっていた意味があったって気がしてくるよ」


「そう……かもね」


アルヴがシグリーズの肩で涙を流しながら微笑む。


そんな妖精を見たシグリーズは、笑みを浮かべながらも複雑そうな顔を返していた。

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