16

シグリーズはドシドシと大きな足音を立てて歩いていく。


玉座ぎょくざの間の外にいた侍女たちは、そんな彼女に戸惑いながらも止めることはなかった。


そんな侍女たちの姿を見て、シグリーズの右手ににぎりしめられたアルヴが言う。


「断るって言ってたわりに、随分ずいぶんと曖昧にして去っちゃうんだね」


「あーもううっさいうっさい! ともかく今は仕事だよ! 調べなきゃいけないことがたくさんあるんだから面倒なのはあとあと!」


「なんでそんなに怒ってるの? プンスカプンスカ顔を真っ赤にしてさ。まるでリンゴみたいになってるよ」


「怒ってない! ドレスが動きにくいから苛立いらだってるだけ!」


どう見ても怒ってるじゃないか。


アルヴはブンブン振られながらそう思った。


それで、実のところはどうなんだろう?


もしかしたらシグリーズもまんざらでもないのか?


先ほどの二人の雰囲気はみょうに甘酸っぱい感じだった。


それは、シグリーズがラースを男と意識した証拠だと言える。


「それにラースあいつ……なんか昔と違って愛されてるようだったし……」


思わず言葉が漏れたアルヴは思い出す。


ゲルマ軍が攻めて来たとき、ラースは兵士たちから随分と信頼されているように見えた。


さらに昨夜シグリーズとアルヴがデュランフォード国へ入ったとき――。


住民たちは、王であるラースが結婚すると聞いて祭りをやっていた。


いくらおめでたくとも、祭りなど戦時中にやるようなことではないというのに。


それだけ皆にしたわれているのか。


昔のラースを知るアルヴにとって、それはとても信じられないことだった。


魔王軍と戦っていた頃のラースは、完全に私利私欲で動くような悪党で、気に入らなければ味方すら殺しかねない凶暴さを持っていた。


当然ミスをすれば仲間であっても容赦せず、仲間を使い捨ての道具としてしか見ていない。


そんな当時のラースのことを彼が連れていた仲間たちも嫌っていた。


しかし、パーティーを離れようものなら殺されると思い、誰も逆らわずに従っていた。


アルヴの知るラース・デュランフォードという男は、そのようなまさに恐怖で人を縛り上げているような人物だったのだ。


そんな彼とシグリーズとアルヴが出会ったのは――。


ラースのパーティーが魔王軍の配下を倒し、救った村から金を巻き上げていたところを、偶然シグリーズたちがその場所を通りかかったときだ。


とてもラースが求める金額を払えそうにない村人たちを見かねたシグリーズは、報酬を食料など別の物に変えられないかと言い、さらに彼の要求は度が過ぎていると言葉を続けた。


当然ラースは彼女のことが気に入らず、そのときは何事もなくその場を去ったが。


それが後にシグリーズへの恨みへと変わり、当時の彼女のパーティーとの抗争へと発展した。


ラースは人間同士で争うことを拒否した部下を力で従わせ、シグリーズの仲間を襲わせる。


しかも相手が一人になったときを集団で狙い、命までは奪わなかったものの、半年は完治しないほど痛めつけたのだ。


アルヴは思う。


今思い出しても吐き気がするし、何より恐ろしい。


当時のラースは強いだけではなく頭も切れ、手がつけられない悪党だった。


「それでシグは、あいつに戦いを挑んだんだっけ……。思えば完全に自殺行為だったよね、あれは……」


シグリーズはそんな悪党だったラースと戦った。


果敢かかんにも立ち上がった彼女は、そのときの協力者らと共にラースのパーティーメンバーを退しりぞけ、ついに彼との一騎討ちまで持ち込む。


だが、後に四強に数えられるラースとシグリーズの実力では差があり過ぎた。


シグリーズはそのときの戦いで両手をつぶされ、両足の太ももに刃物を刺され、絶体絶命に追い込まれてしまう。


それでも彼女は諦めずに奮闘ふんとうし、結果としては、戦いの途中で突然現れた大型の魔物によって、二人の勝負はうやむやになった。


「でも、まさかラースの奴が王さまになってるなんてね……。しかも、別人みたいになって……」


アルヴは、あのときの戦い――。


シグリーズとの出会いから、ラースが変ったのかと考えていた。


実際に、魔王軍と戦いで名を上げていったラースからは、以前のような悪評あくひょうは聞こえなくなっていた。


どうせ自分の所業しょぎょうを黙っているようにおどしていたはず。


ラースは頭の切れる奴だ。


それくらいの手回しは造作もないことだろうとアルヴは思っていたが、この国へ来てからはその考えを改めさせられていた。


「シグへの気持ち……案外、本気なのかも……」


アルヴがシグリーズの手の中で振られながら、ボソボソと独り言を続けていると、先ほど侍女たちが彼女を着替えさせた部屋にたどり着いていた。


シグリーズはアルヴを乱暴に目の前の棚に置くと、着ていたドレスを勢いよく脱いでいく。


現在二十八歳のシグリーズ。


その様子はとてもじゃないが他人には見せられない、なんともはしたない着替えっぷりだ。


「でも……シグが結婚しちゃったら……。あたし……もういらなくなっちゃうんだよね……」


シグリーズが旅をやめれば、自分が彼女といる意味がなくなる。


魔王が倒された後、女神ノルンはシグリーズと話した。


もう加護の力は必要ない。


シグリーズがもらった力の源――妖精のアルヴは返してもらうと言い、代わりに彼女が欲しいもの一つ与えると言葉を続けた。


だが、シグリーズは旅を続けることを選び、彼女は魔王討伐の冒険者から傭兵になった。


もしシグリーズがラースと結婚し、デュランフォード国で暮らすようになったらアルヴは女神ノルンのもとへ返される。


シグリーズの旅が終わればアルヴの旅もそこで終わる。


それが女神との約束だった。


「でも、シグがそれで幸せなら、あたし……」


「さっきからなにをブツブツ言ってんの、アルヴ? あんたらしくないじゃないの? いつもなら言いたいことはハッキリ言うのに」


「べ、別になんでもないよ! ちょっと考えごとしてただけで……それよりもシグが着替え終わったら早速作戦を考えよう!」


アルヴは慌てて笑顔を作ると、シグリーズの胸に飛び込んでいった。

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