15

――城へと戻ったシグリーズは、先ほど彼女を取り押さえた侍女たちに捕まり、強制的にドレスを着せさられた。


全員美人だが、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの彼女たちの手から逃れられず、体まで洗われ、シグリーズはされるがままになっていた。


そのときには共に城へと入ったオーレの姿は消えていたが、どうやら老騎士には野暮用があるらしく、後でラースのいる玉座ぎょくざの間で会おうと言っていた。


そして着替え終わったシグリーズは、侍女たちの案内で二人がいるところへと連れて行かれる。


当然アルヴも一緒だ。


「うぅ……なんて動きづらい服なんだ……」


床を引きずるほど長いスカートに、全身がひらひらしているためか、シグリーズは全く落ち着かなかった。


侍女たちが用意したドレスは、王族が着るような高級品のようで着心地はとてもいいのだが、自分の意思で着たわけではないのも大きい。


「でも、思ってたよりも似合ってるよ」


「からかうなっての。あんたが声を出すと説明しなきゃいけなくなるって言ったの、もう忘れちゃったの? いいから静かにしてなさい」


クスクスと笑いながら声をかけてきたアルヴに、シグリーズは小声で言い返す。


すると妖精は彼女の肩から飛んで、頭へと移動して言う。


「その辺は大丈夫でしょ。オーレさんも知ってたし、ラースがみんなに話してんじゃない?」


「それもそうか。しかし、なんともむずがゆい、もどかしいなこの格好は、もう……」


「そりゃこの国の王妃さまに迎えるって言ってたんだからしょうがないよ。シグのいつもの格好じゃ男と間違われるちゃうし、何よりみすぼらしいしね」


「みずぼらしいってあんたねぇ……。というか私はラースと結婚するつもりはないよ!」


「そんなことはわかってるって。でも早く断らないと、このままじゃなし崩し的に事が運んで、気がつけばあの筋肉王のよめにされちゃうよ」


アルヴはあれだけラースとシグリーズが結婚することを嫌がっていたというのに。


今はどこか他人事で、しかも面白がっている。


きっとシグリーズのドレス姿が見れて嬉しかったのだろう。


まるで恋愛ごとで悩む姉をいじる妹のようだ。


侍女たちは、廊下でわめくシグリーズとアルヴなど気にせず、ただ黙ったまま彼女たちを囲んで城内を進んでいく。


シグリーズたちが知るラースのイメージとはかけ離れているが、城内は絨毯じゅうたん絵画かいがなどがかざられており、とても豪奢ごうしゃだった。


しばらく歩き――。


侍女らがふと扉の前で足を止めると、シグリーズたちに向かって頭を下げた。


それから侍女の一人が口を開き、この扉の奥にラースが待っていることを伝えてくる。


シグリーズはゴクッとつばを飲み込むと、なるようになれと扉を開けて中へ入る。


「おう、シグリーズ。ドレス似合ってるな。見違えたぞ」


そこはラースとお付きの兵がおり、彼は玉座ぎょくざから立ち上がってシグリーズへと近づいてくる。


先ほど、ゲルマ軍の襲撃があったとは思えないほど穏やかな笑みを浮かべて。


シグリーズは笑顔で近づいてくるラースに、思わずたじろいてしまう。


これまで芽が出なかったとはいえ、十年以上も魔王軍と戦ってきた冒険者だったとは思えない狼狽うろたえっぷりだ。


アルヴはそんなシグリーズの姿が面白くってしょうがないのか、彼女の頭から離れて少し下がった位置からラースと彼女を眺めていた。


宙を羽でゆっくりと舞いながら、クククと肩を揺らしている妖精の姿に見て、シグリーズがムッと顔をしかめる。


「さっきは水を差されたが、これでようやくお前とじっくり話ができる。腹は減ってないか? いや、まずは何か飲むか」


「ゲルマ国との戦争は本当だったんだね。よかった……あなたがうそをついてなくて」


シグリーズはつぶやくようにそう言うと、ラースの目を見た。


ラースもまた彼女の視線を受け、二人は見つめ合う。


「私は傭兵、ここには戦いに来たの。そのことはわかってるよね? そもそも仕事の依頼をしたのはあなただし」


「おいおい、お前と結婚したいってのは本当だぜ。俺は本気でお前のことを――」


「だったらなんでそのことを手紙に書かなかったんだよ! わかってたら、私……」


「ここには来なかったか?」


互いに言葉をさえぎり合うと、ラースの問いから玉座の間に沈黙ちんもくが流れた。


気がつけば、玉座の側にいた兵士二人の姿は消えており、アルヴは気を利かせたのだなと一人感心している。


そして、今のこの場――。


戦場にも引けを取らない緊張感に胸を弾ませながら、シグリーズがなんと返事をするのかを待っていた。


言葉に詰まるシグリーズ。


答えを待つラース。


まるでこの世界――カンディビアに、二人だけになってしまったかのような空気だ。


「ラ、ラース……。私はあなたのこと――ッ!」


ついにシグリーズが口を開いた次の瞬間――。


扉が乱暴に開き、そこには老騎士オーレが立っていた。


オーレはガハハと笑いながら二人の傍に近づいてくる。


「いやいや、遅くなりました。それでどうなりましたかな? シグリーズ殿はラース様の求愛を受けるのかいなか?」


これまでの張りつめた空気は壊れ、シグリーズは慌ててラースから離れる。


そして飛んでいたアルヴの体をガシッと掴むと、そのまま部屋を出て行こうとした。


「と、とりあえずゲルマ軍との戦いには参加するから! あともうドレスなんて着させるなって、侍女の人たちに言っておいてよね!」


「どこへ行くんだよ?」


「着替えてくるの!」


ラースに乱暴に答えたシグリーズは、アルヴの体を握りしめ、顔を真っ赤にしたまま玉座の間を後にした。

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