13

門を抜けて城壁の外へ出ると、兵士たちが馬の足を止めていた。


その先頭に立つラースの前に敵軍が見えるが、まだ戦いは始まってはいないようだった。


敵は屈強な馬に乗ったランスを構えた甲冑姿の騎士たち。


ゲルマ国がほこる騎馬隊だ。


この世界――カンディビアにおいて南部地域に栄えたゲルマ国は騎兵を組織として運用することで、その破壊力と機動性を高め、魔王軍健在時にその実力を示していった。


騎兵はゲルマの権力を象徴する存在で、長い間最強の兵種とされてきた。


では、どうして魔法や弓矢がある戦闘でゲルマ国の騎兵は強かったのか?


その理由の一つとして、まず騎兵の持つ圧倒的な存在感が挙げられる。


馬は人間より大きく重い生き物だ。


馬にまたがった人間は大きく、威圧的に見えるため、騎兵の突撃の標的とされた歩兵はかなりの勇気を持ってこれに対処しなければならない。


また、騎兵は機動力にすぐれているため、敵を迂回や奇襲するといった戦法にも向いている。


突撃による衝撃力も強く、騎兵の統一された突進は歩兵の列線を浮き足立たせ、隊列を乱れさせた。


騎兵は戦術面でもすぐれた存在だった。


しかし、それだけならばゲルマ国の騎馬隊は恐れられなかっただろう。


それは、ゲルマの騎兵が身に付ける甲冑には、あらゆる魔法攻撃に対しても耐性があるからだった。


さらにその強度は並みの弓兵の矢を弾くほど固い。


この甲冑の特性によって、騎兵の弱点である防御力が皆無に等しいということと、遠距離からの先制攻撃に弱いということを克服したのだ。


ゲルマ国は魔王軍を相手に、この自慢の騎馬隊で生き残った数少ない国の一つである。


「そういうわけで、敵ながら素晴らしい騎馬隊ですぞ、あれは」


オーレからゲルマ国の騎馬隊について説明を受けたシグリーズは、表情をゆがめる。


シグリーズは女神ノルンの加護により魔法を使えるが、それに依存しない戦闘スタイルだ。


だが、止められない騎馬隊ほど恐ろしい敵はいないことを、彼女はこれまでの経験から理解していた。


「ゲルマの者たちよ、それ以上は近づくな!」


ラースが敵の騎馬隊に向かって声を張り上げた。


ゲルマ軍に対するデュランフォード軍は、敵の特性を知っているためか、弓兵を連れていなかった。


それどころか剣も槍も持っていない。


屈強な体格をした兵たちは、誰もが自分の拳と拳をぶつけて、両手のガントレットを鳴らしている。


今にも飛び出して行きそうなほど、彼ら彼女らがたぎっているのがわかる。


「こちらは無駄な争いをするつもりはない。和平協定を結ぼうと何度も使者を送っているはずだ。それをこれまで無視しておいて、その返答がこれか?」


ラースが声をかけ続けていると、騎馬隊から一騎のみ出てきた。


右目に眼帯をした騎士――シグリーズとアルヴはその男のことを知っていた。


以前に南部地域で魔王軍との大規模な戦闘があったときに、彼女のパーティーはその男と共に戦ったことがあったからだ。


雷撃らいげき……アレキサンダー·ドルフ。あの人ってゲルマ国の人間だったの?」


アルヴが思わず声を漏らした。


「ほう、さすがは世界中を回っていたというシグリーズ殿どのだ。やつを知っているとは」


「魔王軍と戦っていて彼を知らない人はいないですよ。それにしてもまさか、敵側にいるとは思ってもみなかったですけど……」


妖精の声を聞いたオーレは、それをシグリーズのものと勘違いして口を開き、シグリーズがアルヴの代わりに答えた。


雷撃らいげきのアレキサンダー。


ラースや魔王を倒したアムレット·エルシノアのように四強には含まれてはいないが、その武勇は誰もが知るほど知れ渡っているほどの豪傑ごうけつだ。


しかし、それほどの者が自国にいなかったらゲルマ国も戦争を仕掛けては来なかっただろう。


小国で因縁があるとはいえ、デュランフォード国の王はカンディビア四強の一人ラースなのだ。


それでもアレクサンダーもまた、格でいえばラースにも引けを取らない。


「デュランフォード国の王、ラース·デュランフォード殿とお見受けする。我が名はアレキサンダー·ドルフ、この騎馬隊を指揮する者だ」


「あんたのことは知っている。こうやって顔を見るのは初めてだがな」


「それは光栄だ。四強に数えられる貴公きこうに知ってもらえるとはな。だが、いくさは一人でするものではない。悪いことは言わない。今すぐ城を明け渡してもらおうか」


馬の歩を進め、たった一人前に出てくるアレクサンダー。


その口ぶりからして、ラースの実力を評価しつつも、自分たちが勝つと言いたげだ。


「だからこちらは和平を結ぶ準備がある。今すぐ兵を退け、アレクサンダー」


「ふん。話し合いをしたいと言うわりには、臨戦態勢ではないか」


「いきなり騎馬隊が城の前に現れたらこうもなる。どうしても退かないならやり合うしかないないな」


「望むところだ。本音を言えば、貴公とは一度戦ってみたかった」


アレクサンダーが答えると、城壁の前の平地が静まり返った。


まさに嵐の前の静けさ。


しばらくの間、沈黙が続く。


そして、風の音が平地に聞こえた次の瞬間――。


「全軍前に出ろ! デュランフォード国の強さを教えてやれ!」


「突撃だ! 狙いはラース·デュランフォード! 奴を討ち取ってゲルマの名を上げるのだ!」


デュランフォード国とゲルマ国の戦いが始まった。

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