12

城を出て城下町へと入ったラースを追うシグリーズとアルヴ。


だが、ラースと彼が連れていた兵士たちには馬が用意されていたので、あっという間に引き離されていく。


「あちゃー、これはちょっと追いつけないね。どうしよう……」


「もっと速く走るしかないね」


「え……? 無理だよそんなの! 人の足で馬に追いつけるはずないじゃん! それよりもあたしたちもその辺にいる馬をうばって――」


「そんなの泥棒と同じじゃないの。人の命がかかってるならまだしも、今は私が勝手にラースに追いつきたいだけなんだから、盗みなんてできない。アルヴは私を盗人ぬすっとにしたいの?」


「うぅ……」


アルヴは、相変わらず曲がったことが嫌いな奴だなと思った。


そして、こうも思う。


もしシグリーズに他人を出し抜くところがあれば、きっと今のような不安定な傭兵稼業に身を落とすこともなかっただろう。


どうもこの女は進んでそんをするところがあり、アルヴは彼女とは約十年の付き合いだが、もう少しズルい人間になってもいいのではないかと感じている。


しかし、そう思う反面。


だからこそシグリーズが女神ノルンの加護かごを受けるに値する者ともいえる。


この他人から見ればおろかでしかない彼女の性格は、女神がそうなように、文句を言いつつもアルヴも好きだった。


それでも、やはりもう少し状況に応じて要領ようりょうよく、適当に、抜け目なく動ければいいのだがとも思ってしまう。


「ままならんねぇ、世の中ってヤツは……」


「なにゴチャゴチャ言ってんの? しっかり掴まってないと肩から落っこちゃうよ」


シグリーズは走る速度を上げていく。


当然それでもラースたちとの距離がちぢまるはずもない。


みるみる離されていく。


この様子は、まるでシグリーズの人生そのもののようだが、それでも彼女は止まらない。


追いつかない、届かないとわかっていてもひた走る。


「無意味……とは言わないけど、やっぱり不器用というか、抜けてるんだよなぁ……」


「うん? 今なんか言った?」


「なんにもー」


そんなシグリーズを見たアルヴは、やはりこの人間には自分がついていなければと、改めて思うのだった。


「シグリーズ殿どの! 御免ごめん!」


「え? って、うわッ!?」


シグリーズがラースを追いかけて城下町を駆けていると、馬の走る音と共に男の声が聞こえてきた。


そして次の瞬間には思ったら体を持ち上げ、気がつけば甲冑姿の老人が手綱を引く馬の背に乗っていた。


「オーレさん!? あなたも戦うつもりですか!?」


「ガッハハハ! 年老いてもこの老骨ろうこつ、まだまだ若いもんには負けませぬぞ! それよりもまさか走って馬を追いつこうとするとは。シグリーズ殿はまこと豪気ごうき。それでこそこの国の王妃に相応ふさわしいというものです。この老いぼれ、いたく感服かんぷくしましたぞ!」


シグリーズを馬に乗せたのオーレ·シュマイケルだった。


老騎士は馬を全力で走らせながら、彼女を力任せに引っ張り上げたのだ。


それだけでオーレの腕力が凄いことがわかるが。


その髪や髭、顔をしわからしてかなりの高齢に見えるので、シグリーズとしては、戦場へと向かう老騎士のことが心配になる。


「まあ、私が王妃に相応しいかは置いておいて……オーレさんって、確か三代にわたってデュランフォード国を守ってきたって言ってましたよね? 失礼ですけど、今おいくつなんですか?」


「はて、わしの年齢ですか? 六十はもう超えてますが、それから数えておりませんゆえ、自分でもわかりません」


笑いながら答えたオーレを見て、シグリーズとアルヴは「大丈夫かな、このおじいちゃん……」と内心でつぶやいた。


確かに力は強そうだが、六十歳を過ぎた老人が戦場に出るなど聞いたこともないし、そもそも出たがる人間もいない。


それに高齢者によくある心臓発作が戦闘中でも起きたら大変だ。


ラースはこの老騎士を、隠居いんきょさせるなりなんなりして止めないのだろうか。


確かにオーレには体格も風格もあるが、城での様子を見るに身分も高そうだし、あまり無理させるべきではないと思うのだが。


「城門が開いておりますな。ラース様は外へ打って出られたか。シグリーズ殿、儂らもこのまま続きますぞ」


昨夜閉められていた門が開いており、そこに馬に乗った大男の集団が通っていた。


おそらくラースは集団の先頭。


オーレの言う通り外へ出ているだろう。


いや、すでに敵軍と戦っているかもしれない。


これは気を引き締めなければと、シグリーズは背負っていた剣を抜いた。


冒険者時代に購入した名も無きロングソード。


結局、数えるくらいしか実戦では使わなかったが、その両刃を見れば、シグリーズが手入れを欠かさずにおこなっていることがわかる一振りだった。


彼女は元々剣士だったのが、組んでいたパーティーでは後衛こうえいをやっていた。


弓矢を使い、離れた位置から味方をサポートする役割。


シグリーズがなぜ後衛をやっていたのか?


その理由はやはり戦闘の花形ともいえる前衛職は人気があるという、なんとも子供っぽいものだった。


特に男性はその傾向が強く、剣を握って前へと出て、バッタバッタと敵を倒す姿に憧れる者は多い。


シグリーズは弓使いではなかったが、パーティーのバランスを考えて本格的に弓術を覚え、仲間たちを支えた。


だが、その想いが報われることはなく、昔から彼女を知る者らからは「今さら剣を振り回しているのか?」と馬鹿にされる始末だ。


これはアルヴから不器用だの進んで損をしたがるだの言われても、誰もフォローのしようがない。


「うんうん、やっぱシグには剣が似合うよ」


アルヴはコクコクとな頷きながら、剣を握ったシグリーズを見て嬉しそうにしていた。

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