第40話 闇のヒーローとの戦い
音もなく噴き上がる黒煙。
静かに破壊が進んでいく、機械都市。
遠くから風に乗って運ばれてきた戦いの音が、自分以外の誰かの存在を教えてくれる。
ようやく到着したらしい防衛部隊の隊員たちや。
小さな道場を背に戦う、どこかの武術の稽古者たち。
その中の避難民たちに、治癒の魔道具を無償で施す商売人。
そして、ビル群のど真ん中で青い髪の精霊人を守りながら戦う、獣人と女子高生。
そんな人々の姿を、完全に強化された探知魔法で感じながら、
俺は目を見開いた。
――眼前で弾いた剣閃。
視界の端で裂けていくアスファルト。
頬を走る鋭い痛みに目を閉じそうになりながら、目ん玉を前に出し、重心をさらに前へ傾け、つんのめりそうになりながら足を動かした。
「うおおおぉぉ!!」
急接近してきた黒騎士ダビデに自分から飛び込み、全身をひねらせて渾身の力で魔獣の爪を突き立てる。
ギャリ、と盾と鎧を削る音。
その勢いに任せてやつをぶっ飛ばし、コンクリートビルの壁面へと叩きつけた。
……やがて、崩れる瓦礫の向こうから姿を現した黒騎士が、重厚な鎧に一筋の傷をつけた状態でよろめいているのを目撃した。
効いている!
確かな手ごたえを感じながら、さらなる追撃とばかりに世界樹の小枝を差し向けた。
背後に従っていた魔導剣がまるで暴風雨のように敵へ降り注ぎ、着弾点でさらに対象を切り刻んで……。
「――そう簡単には勝たせぬぞ」
そして次の瞬間には、すでに剣を鞭のようにしならせた黒騎士が傷だらけで目の前に接近していた。
「――ッ!」
ギリギリで展開した魔力障壁ごと斬り飛ばされ、
ザラザラのアスファルトの上を二転三転と転がった。
身体のあちこちがすり下ろされていくのを、麻痺した触覚で理解する。
空気に触れて何かが染み出てくるあちこちの肌に眉をしかめながら頭を上げ――
そしてやつの大盾が、雷撃をまとった状態で俺を跳ね上げた。
「ぶ……ッ!?」
顔面に打ち付けられる衝撃。
全身を走る鈍痛と、激痛。
無数の熱線が体内を貫いたかのような感覚に、脳が痛覚を遮断させるのが分かった。
……レールガンの電撃で……シールドバッシュもできるのかよ……!
ぶすぶすとオーバーヒートを起こしたような焦げた脳みそで両目を動かし、眼下の黒騎士を捉える。
近づいてもやられるなら、遠距離から……!!
「『
六本の魔導剣に攻撃を命じながら、身動きの取れない空中で風を操作。
空気抵抗を可能な限り減らし、強化魔法をかけた四肢で六階建てビルの壁面を蹴ってさらに跳躍する。
いつの間にか剝けていた膝の皮から血かも膿かも分からぬ液体が零れていくのを感じながら、空中で世界樹の小枝を回し超高密度の魔力を練った。
「食らえええぇぇぇ!!」
――敵へと降り注がれる、カラフルな攻撃魔法。
太陽そのもののような灼熱の火球、
彗星のごとき氷塊の槍、
隕石を思わせる岩の砲弾……。
「くっ……
鎧が熱で溶けるにおいを感じた。
かすめた氷塊がやつの関節部を凍らせるのを見た。
岩の砲丸が重い音を立てて敵に命中する音を聞いた。
……倒せる……このまま行けば……ッ!!
並び立つコンクリートの建造物を足蹴にし、あるいは魔獣の爪を引っ掛けて、
建物から建物へと、およそ普通の身体では到底味わえないようなスピードで街を駆け回る。
しかし、やつも防戦一方ではない。
闇色の斬撃を飛ばし、レールガンの機工武器で青白い死の光線を放ちながら、俺との距離を詰めるべく加速してくる。
片や、色とりどりの魔法を連射しながら逃げる魔術師。
片や、青白い閃光を放ちながら追いすがる黒騎士。
コンマ数秒前にいた場所にレーザービームのような青白い熱線が浮かび、破裂したビルの横っ腹から数多の書類が粉吹雪のように舞い落ちる。衝撃で飛び出してきたコピー機やオフィスデスクなんかが、まるで噴石のように落下していった。
ぼろぼろにほつれ、ところどころ傷口をさらけ出した重いローブをたなびかせながら、どこでついたのかも分からないすり傷を全身に抱えて世界樹の小枝に魔力を集中させる。
――その時、レールガンのそれよりも明らかに劣る銃弾が風を切り裂く音が聞こえた。
「待て、撃つな!
あれは味方だ!!」
強化された聴覚に届く、男の声。
探知魔法を縦断の飛び交う地上に集中させて広げると、機工武器を携えたリーダーらしき人物を筆頭に、新開発された銃器を装備して魔物と戦う数多の隊員たちの姿が映った。
「全部隊に通達!! 事件の首謀者である黒騎士を発見!
何者かと交戦中のようだ!」
「――幻想世界の魔導士だ!!
魔力を補充できないのに……あんな大魔法を連発して――!」
「戦ってくれてる……! 俺たちのために戦ってくれてるんだ!!」
通り過ぎた戦場の奥から、鼓舞の歓声が湧き上がる。
いつの間に自分は幻想世界を代表していたのか。
いや、ミーシャと一緒に戦うと決めてから、すでに代表しているようなもんか。
彼らに手を貸してあげたいところだが、あいにくそんな余裕はない。
だが――黒騎士が防衛部隊の人たちに向かわせないようにするくらいは……!
地上の味方への誤射に気をつけながら特大魔法を放ち続け、
俺は隙を見て探知魔法をある場所へと集中して広げた。
――遠く離れた緋色とバファは、まだミーシャを守って戦ってくれてる……。
でも、さすがに疲労の色がにじんでいるみたいだ……。
俺の魔力も、無限にもつわけじゃない。
底が近づいてきている。
早く決着をつけないと……!!
「意識が逸れたな」
ハッとして目を現実に引き戻すと、すでにやつが目の前まで肉薄してきていた。
保険で今まで攻撃させていなかった魔導剣が、空中の飛び上がった黒騎士へと飛翔。
しかしやつは六本の刃による波状攻撃をすべて空中で捌き切り、降りぬいた剣の裏拍子で超至近距離からレールガンの銃口を向けてきた。
咄嗟に掲げた魔獣の爪。
――直後、それがフェイントだと気付いたのは、斬撃で地上に叩き落とされてからだった。
「かっ、は……!!」
魔力で強化された肉体を超えて伝わる衝撃。
押し潰される肺中の酸素。
自分の意思とは無関係に飛び出していったそれを二呼吸で取り戻し、上空から押し潰さんとばかりに飛んできたダビデによる踏みつけを回避した。
「くっ……!」
飛び散る瓦礫の破片に目を細めながら後ろに跳躍。
距離を取って、やつの姿をはっきりと視界に収めた。
爪痕の残る丸盾レールガンは健在……。
だが鎧のところどころが切り裂かれ、熱で歪み、凍りついている。
熱い息を吐き出している兜の内側から、烈しさの消えた鋭い瞳がやけに静かにこちらを見据えていた。
……ダメージは、蓄積してる……!!
魔法の爪をさらに重く増大させ、引きずるようなそれを腰から肩、肩から腕へと流れるように全身をひねって叩きつける。
アスファルトを散らした火花の、焦げたようなにおいが遅れて鼻腔に到達し、
前を阻む機械仕掛けの丸盾の無機質な雷熱のにおいがそれを上書きする。
魔法の爪を引っ掛けて大盾を無理やり引きはがし、超至近距離から火球を爆発、爆発、爆発。
数多の攻撃で穿たれた鎧の穴へめがけて魔導剣を動かし、針の穴を通すように致命傷を狙う……!
「……ミーシャと同じように……!
あの世界との縁を守ろうと戦ってくれている人たちがあんなにたくさんいるんだ……!
何がなんでも勝たなきゃいけないんだよ……ッ!!」
「――それは私だって同じだ!!」
張り付いていた大盾から、雷撃がのた打ち回った。
脳が焼け死にそうになりながら、引き戻した魔導剣を蒼の獣腕でつかみ取り、
迫ってきた斬撃をかろうじて受け止める。
「ここに来るまでに、どれだけを犠牲にしてきたと思ってる!?
……友も……家族も………ッ!
何ひとつ残されていないッ!!
後に引けないのは――私も同じだ!!!!」
敵の分厚い刃を押しとどめながら、激しい
体格差の影響でやつの兜が逆光の中に影を差し、傷跡の残るその鎧が視界を埋め尽くす。
ギロチンみたいに横に構えられた闇色の剣が、黒騎士の全体重を上乗せして俺を押し潰そうとしている……!
「くッ……!」
咄嗟に左手の杖で烈風を押し付け、後方に緊急回避。
アスファルトに刃を沈みこませたダビデが、あちこちでセキュリティーアラームを響かせる自動車に目をつけたようだ。
刹那の直後に蹴り飛ばされた数々の自動車が俺の目の前で切り刻まれて爆発し、黒煙の向こうからレールガンの青白い死の光線が視界を切り裂いた。
耳鳴りで、頭を激しく揺さぶられる。
……そこで、俺は自分たちの上空をへりが飛んでいることに気が付いた。
バタバタとプロペラの回る音が、頭上から騒がしく割り込んでくる。
空を飛ぶ魔物をエアロ・バイクの時にかなり倒していたから、
きっと制空権がとれたのだろう。
応戦していないところを見るに、もしかしたら、マスコミか何かのヘリかもしれない。
脳裏に、自分の姿が知人の目に移る場面が浮かんだ。
(こんなボロボロの姿、いつか知り合いたちに見られることになるのかな……)
――くだらない!!
俺から離れたいなら離れりゃいい!!
けれど彼女だけは……!
「倒れろおおおおぉぉおおお!!!!!!」
「うおおおおおおお!!!!!!」
魔導剣を操り、空色の爪を叩きつけ、世界樹の小枝で大魔法を連発させる……!
いつしかあたりは穴ぼこだらけの戦場と化し、機械都市をじわじわと削り取っていく。
千切れた電線が自らの電圧でヘビのようにのた打ち回り、茶色い地面がアスファルトの下から破裂して、流れ星のような火花が無数に散って過酷な熱環境を生み出してゆく。
「切り拓け……!!
――『断ち切りの剣』!!」
その時、横に構えられたやつの剣が異様な闇のオーラを溢れさせ、居合切りのように薙ぎ払われた。
視界を埋め尽くす、凍えるほどの死の気配。
硬直した脳内で走馬灯が走るのを理解した途端、視界がチカチカと明滅した。
(……まだ……俺、生きてる、のか……?)
耳鳴りが消えない頭で、状況を理解しようとする。
魔導剣が刃を重ねて守ってくれていた。
目の前で陣を形成させていた六本の青い刀身すべてに大きなヒビが入るのを確認してつばを飲み込んだ直後、複数のコンクリートビルが同時に破裂する音が遅れて鼓膜を切り裂いてきた。
すさまじい範囲攻撃だ。
自分たちの周囲にあった建物だけでなく、はるか遠くでも……斜めに寸断された高層ビルが真っ二つに滑って折れていく――。
そこでハッとした。
……あの下には、ミーシャたちが……
「――やめろおおおおぉぉおお!!!!!」
追撃で迫っていたやつのレールガンの大盾にかかとを押し付け、全力で飛び出した。
「ぐっ……馬鹿な、故障だと……!?」
はるか後方から聞こえたやつの声。
それを置き去りにして風圧が耳をバタバタと引き千切ろうとしてくる――……!
俺は探知魔法を全開にし、空気抵抗を限界まで減らして。
ものの数秒で仲間たちのそばに到達。
限界まで引き延ばされた時間間隔で、横たわっていたミーシャを傷つけぬように大事に抱え上げ――
直線上にいた闘気持ちの魔物たちを着地の衝撃で消し飛ばした。
戦っていた緋色とバファが愕然としているが、今は時間がない。
探知魔法でそれが頭上まで迫っているのを理解しながら、
二人にありったけの魔力障壁を付与。
横たわるミーシャを抱えたままひび割れた六本の魔導剣を重ねて即席の防衛陣を形成した刹那、頭上からすさまじい衝撃が轟いた――……。
「はぁッ……はぁ……っ!」
身体に悪そうな薄暗い黒い粉塵にまとわりつかれ、目から流れ出した赤い血を強引にぬぐう。
過呼吸で喉が引っ付きそうだった。
身体中がバラバラにされたように痛んで、動かない。
足にもはや感覚はなく、全身を縛りあげるような激痛で涙が浮かんだ。
ただ座ったまま呼吸をするだけで精一杯なのに、するはずの無かったしゃくりあげるような呼吸が浮かんできた。
――自分たちを守るように重ねた魔導剣たちがパキリと折れ曲がり、刃を欠けさせ、その内の数本が光の粒子となって消えてゆく……。
どこかから落ちてきた重い瓦礫の破片が頭部にあたって、じんわりと熱い。
俯けば、髪の隙間から、生温かい何かが流れていくのを感じた。
おそらくは自分のものであろう赤い血液が、顎のあたりに集まって零れようとしている……。
「……」
俺は何度も、何度も何度も何度も、顎の下のほうまで集まってくる自分の血をザラついた左腕でぬぐい、抱きかかえたミーシャに零れ落ちないように痛む身体をのけ反らせた。
蒼色の魔法の爪の上に横たわる彼女は、変わらず意識を失っていて、静かに呼吸を繰り返している……。
「ごぼっ……バファ……緋色……」
尾を引くような激痛を喉元に感じながら、まるで溺れているような声で呼びかける。
二人の姿は、確認できた。
でも、起き上がらない。
ひしゃげた鉄筋の網に囲まれて、塵埃をかぶって灰色になっていた。
「…………」
足元に散乱したガラス片を押し退けて、ミーシャをゆっくりと横たわらせる。
骨が折れたかも分からぬ原因不明の激痛が、首をすこし動かしただけで走った。
もう、ほとんど魔力も残っちゃいない――。
――巻きあがる粉塵の向こうから飛んできた剣の切っ先をはじき返し、折れた魔導剣を旋回させる。
その渦の中心部で、飛び込んできた黒騎士に目を向けた。
やつの鎧にびっしりとついた、クレバスのような深い亀裂。
黒煙を立ち昇らせながら動作不良の火花を散らすレールガンの機工武器はもはや銃器としての機能を失い、やつの動きを縛る重い枷のように引きずられていた。
――弱っている!
これが……最後のチャンスだ!!
流星群のように旋回する魔導剣と、削れていく敵の鎧。
温存していた魔力をすべて解放して、滑るつま先で踏ん張って前に出る……!
黒騎士の装甲を剥いだ魔導剣の刃が次々と砕け、折れて、
そのたびにやつの斬撃が視界を暗く覆っていく。
……それでも、立ちはだかる高い壁を視界に収め続ける……!!
歯を食いしばり、震える両足で前進。
背後に横たわる精霊人の少女をかばい、一歩も引かず、お粗末なガードで斬撃を耐えしのぎ。
魔法の爪を固く握りしめ、声にならない雄叫びを上げながらやつの盾に打ちつけた。
――砕かれる丸盾と同時に、薙ぎ払われる闇色の剣、一閃。
直後、まだつながっているはずの左腕の感触が電池切れのようにプツリと途切れるのを感じた。
「――ッ!」
鮮血の滴る左手からこぼれる世界樹の小枝。
そして、勝利を確信したダビデが、大きく振りかぶった剣から強大な闇のオーラを溢れ出させた。
その寒いほどの暗闇に吞まれそうになる中、俺は、零れ落ちそうだった世界樹の小枝を消えそうな魔法の爪で強引に掴み取り、最後の魔力を振り絞る。
――魔導剣の、『初級』。
杖先に灯った、何よりも力強くかがやく青い刃を右半身に構え。
俺は、振り下ろされる斬撃の中に飛び込んだ。
「うああああぁぁぁぁ!!!!」
――全力で倒れながら突き出した、魔導剣。
その切っ先が、鎧を砕いて、やつの背中まで貫通する感触を、確かに俺は知覚した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます