第37話 懐かしの金髪

「お前……役者だな」

「くふ。どうも、フカドウくん」


 にやりと笑うバファ。


 エアロ・バイクが展示用のフレームから外され、慎重に地面へ降ろされるのを待っていると、ふと、近くから困惑した声が近づいてくるのを察知した。


「バファ殿……! 

 魔物に立ち向かう若者って、まだ子どもじゃないか!?」

「平気ですよ。この子たちこれでもけっこうやり手です。

 なんかあったら全部ぼくの責任にしてもらって構いやせんから」


 彼はなにか不満ありげだったが、結局何も言わずエアロ・バイクのところに戻っていく。

 やっぱこういうのは問題になるんだろうか。子どもだけで何かさせて大変なことになったらどうするのか、みたいな……。


「いいのか?」

「どうせ止めても行くんでしょう?

 ほら、準備が終わったみたいですよ」


 エアロ・バイクが下ろされ、自分たちが呼ばれるのを耳にする。

 なんにせよ、できることをやるだけだ。


 ミーシャと緋色も、一緒になってついてくる。


 勇者の凱旋みたいになるかと思ったが、別にそんなことはなく、唯一浮かんだ注目の視線はだいたいバファに向けられていたのでこっちは気が楽だった。


 先ほど不満気な顔をしていた若社長がエアロ・バイクのそばに立ち、気を取り直したように咳払いする。


「それでは……私のが新型エアロ・バイクの操縦方法をお伝えします。

 彼は若いですが、魔力付きの部品を整備できるエンジニア兼レーサーです。

 聞きたいことがあれば彼に聞いてください」


 そして、彼はその男を呼び寄せた。


 派手な金髪に、おそらくは整備用であろう地味な作業服とを兼ね備えた細身の男。


 バファほどではないがそれなりの高身長で、パッと見た限り俺とほとんど年は変わらないように見えた。


「――はじめまして、中空なかそらカイトです!! 

 バファ・ベイルガーフさん……! 

 オレ、あなたに憧れてエアロ・バイクの道に進んだんです! 

 お会いできて光栄……って、ああ!?」


「え?

 ああ!! お前!!」


 そいつが突然、ぶわりと涙をあふれさせる。

 驚いて目を見開いた瞬間、そいつが俺の名前を呼ぶのを耳にした。


「深道!! 生きてたのかお前えええ!」

「カイト!? お前プログラムはもう終わったんじゃ!?」


 情けなくすがり付いてくる、金髪。


 この親しみやすい男のことを誰が忘れようか。


 俺が異世界体験プログラムに参加して初めて出会い、機工武器について語りあい……かつてシャピア帝国で宿屋に置いていったっきりだったあのカイトが、目の前にいたのだった。


「つーかカイト! お前エアロ・バイクの整備士だったのかよ!?」

「深道……! 聞いてくれよお……!

 あの後、オレひとりぼっちでプログラム終えたんだよおぉ!!

 なんかみんなグループ作ってて、いつの間にか溶け込めなくなっちゃったんだ!!」


 やつは俺の質問も無視して語り始めた。


 いわく、あのあと一応ほかのグループには入れてもらえたらしいが、すごいアウェイ感を感じずにはいられなかった、と。


 必死の形相で訴えてくるそいつをなだめていると、次の瞬間カイトは赤い髪の女子高生に顔を向けていた。


「ああっ! そこにいるのは緋色さん! 相変わらずお美しい!!

 どうですか、事が済んだらいっしょにお茶でもぐはぁッ!?」


 やつは緋色に殴り飛ばされた。


 無遠慮に緋色に近づいた瞬間、彼女の裏拳が最短距離で炸裂。

 華麗に三回転を決めて地球とハグしていた。


「……あんた……変わんないわねぇ……」


 裏拳を解き、腰に手を当てて呆れる緋色。


 なんだかんだで彼女も闘気の扱いがうまくなったものだ。

 頬を腫れさせ、しくしくと悲しそうに突っ伏すカイトを見てそう思った。


「でも、ありがと。

 ちょっと気分が紛れたわ」

「え? は、はい……。

 ――深道! これって脈アリだよな!?」

「お前……」


 なんというか、タフだと表現すればいいのか。

 いや、むしろこれくらいの方が和むからいいのかもしれない。

 気が付けば俺も緋色同様に緊張が解けていて、「かなわないな」と頭をかいた。


「……あれ? そちらの青髪の方は……?

 オレ初めて見るけど……」

「ふふ、わたしはミーシャ。

 ただのミーシャだよ。

 初めまして」


 無邪気に笑ったミーシャが手を差し伸べる。

 その手に引っ張られて立ち上がったカイトが、お礼を言いながら不思議そうな顔をした。


「もしかして、ミーシャさんも深道たちと一緒にエアロ・バイクに?」


 割と身長差があるので、カイトの方が見下ろす形だった。

 それに対し、ミーシャは子どものように見上げながら答える。


「うん、そうだよ」

「……あの魔物の群れのなかに?」

「うん」


 狐につままれたような表情を浮かべるカイト。


 まさか彼女が魔物を倒しに行くって言い出したなんて思わないよな、と俺は苦笑した。


 事情を知らない第三者からしたら、たぶんこの四人のリーダーはバファだと思うだろう。

 きっとカイトの脳内は、はてなマークでいっぱいになっているに違いない。


「……オレはミーシャさんのことよく知らないから、

 とんちんかんなこと言うかもしれないけど」

「うん、いいよ」

「――深道のこと、ちょっと頼むわ」


 最後のセリフはこっちからだとよく聞き取れなかった。


 誰のことを頼むと言ったのだろう。

 たぶん、カイトのことだし、緋色あたりだろうな。


「オレにとっては、数少ない――だからさ」「……はい、任されました」と短く会話を終えたミーシャが戻ってくる。


 妙に笑みを浮かべていたので何を話していたのか聞いてみたが「内緒」と返された。


 見れば、カイトはさっそく、バファに新型エアロ・バイクの操作方法を教え始めている……。




 ――そういえば、無くなった右腕のこと、なんも聞かれなかったな。


 知り合い全員になにか腫れ物にでも触れるみたいに気を遣われるのかと思ってたけど、案外、そういうわけでもないのかもしれない。


 ……ちょっとだけ、学校に戻るのが気楽になった。




 レクチャーのためにしばらく時間を取ることになったが、やはり初代チャンピオンだけあってか、飲み込みが早かったらしい。

 数分と経たないうちに「準備が整いました」とバファから告げられた。


 いよいよか。


「うおお……! オレ、バファさんとあんな長い時間話しちゃったよ……!」


 そう言って一人で興奮していたカイトに「良かったな」と伝え、エアロ・バイクのもとへと近づいていく。あとついでにミーシャが「あこがれの人とお話できてよかったね」と返答していた。


 緋色は、きっとバファから教えてもらっていたのであろう、機工斧の簡易的な動作確認を済ませてこちらに駆け寄ってきていた。


「どうだ、緋色? 機工斧は」


 機工斧を腰にかけた緋色に話しかけた。


「たぶん平気よ! どこも壊れてないはず!

 もう覚悟は決まったわ……全員蹴散らしてやるんだから……!」

「ミーシャは?」

「こっちも平気だよ。魔力が回復しないから節約しながら戦わないとね。

 それと……」


 唐突に、無くなった右肘の先に彼女の小さな指が触れた。


「シン。あなたは私が守るから」


 ……それはこっちだって同じさ。


「これからあの戦場に向かうんですよねえ……

 ああ、まったく、嫌だなあ。

 ほんとうに割に合わない」


 何よ、今さら臆病風ふかすつもり? と呆れる緋色。


 しかしバファは笑みを隠しきれない様子で、新型エアロ・バイクの機体を撫でている……。


 嫌だと言ってる割には、なんか、嬉しそうだな?


「バファ」

「なんです? フカドウ君」

「以前からずっと機工世界に来たがってたのって、

 もしかして新型のエアロ・バイクに乗るためだったりするの?」

「……それも、理由の一つではありますねえ。

 くふ」


 金色のタレ目を細め、妙にニヤニヤとしながら、バファが何かを操作する。

 その横顔は、少年のようにきらきらとしていて……。


「……お前……ほんとうはけっこう満足してるだろ」


 巨大なバイクにまたがった獣人は、ニヤニヤとしながら「さあて、どうですかねえ」と操作盤中心部の分厚い鍵を回した。


 直後、始動するエンジン。


「よし、それじゃまずは四人で詰めて座りましょう。

 エアロ・バイクはもともと二人乗りなのでねえ、最初はゆっくりと――」




「――




 ずん、と背後にのしかかる、突然の重圧。



 くぐもった重い声。


 丸い大盾を携えてやつがそこに立っていた。


 目をひん剥いて、全員でそいつの姿を見上げる。


「なんでこのタイミングで来るんだよ……!

 黒騎士……!!」


「ケリをつけに来た!!

 今度は――最初から全力でいかせてもらうぞッ!!」


 黒騎士ダビデが、剣を振り上げた……。




「バファ!! 飛ばせ!!!!」


 全員でエアロ・バイクに飛び乗った瞬間、キュイイインと何かが猛回転する音が広がってゆく。


 ダビデが振り下ろした剣を、間一髪でミーシャの魔力障壁が防ぎ。




 ――次の瞬間、急発進したエアロ・バイクに頭部が置いていかれそうになった。

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