第35話 侵攻
頭を上げて、ゆっくりと周囲を見渡す。
ポートの内部は、静まり返っていた。
みんな、何が起きたのか分からないという様子だった。
こんなにたくさん人がいるはずのドーム内が、しんと静まり返って、物音ひとつしない。まさに時間が止まったようだった。誰ひとりとして、言葉を発せずにいる……。
「……えっ……なん……」
「やはり、しょせんはただの扉か。
呆気なく壊せるものだな」
ごと、ごとり、と重い音をたてて地面に落ちた柱の残骸から、急速に輝きが失われていく。
異世界間をつないでいたはずの『扉』が、ただの無機質ながれきへと変わり果てていくのを、肌で直感した。
何が起きたのか、いまだに理解が追いつかない。
「――てめぇ何したかわかってんのか!?」
唐突に怒り叫んだのは、職員の一人だった。
最も『扉』の近くにいて、あの斬撃を誰よりも間近でかすめた男。
そんな彼が、自分より二倍近くも巨大な影に向かって激怒していた。
ダビデは、自身の半身を隠してしまうほど大きな丸盾をわずかにずらしながら、職員の顔を見下す。
「世界は広い。
同じような『扉』など、探せばまだ残っているだろう」
「そういう問題じゃねえ!!
もう取り返しがつかねえんだぞ!?
一度壊れたら、二度と取り戻せない……そんな貴重な、人類の財産をお前は踏みにじったんだ!!!!」
「そういきり立つな、見苦しい」
ダビデの掲げた闇色の剣が、呆気なく職員の胸を貫いた。
草花の揺れていた『扉』の領域に、赤い鮮血が滴る。
見世物のように串刺しにされた職員を見て、ドーム内に列を為していた民衆から叫び声が上がった。
それを皮切りに、蜘蛛の子を散らすように逃げていく人々。
ドーム内に広がる混沌とした無秩序。
その中心地で、串刺しにされてなお抵抗を試みる職員が、ダビデの一振りで床へと叩きつけられた。
「――治癒魔法をかけます!
シン、いっしょに来て!」
「あ、ああ!」
ハッとして手離していた世界樹の小枝を持ち上げ、急いで彼女のあとに続く。
「……黒騎士ダビデ……!!」
耳長のエルフが、ぎり、と歯をかみしめて前に立った。
「おお、貴様はミランダか。
いつぞやの戦いぶりだな。歌優月は息災か?」
黒騎士がミランダさんに目を向けている間に、職員さんのところに到達。
左手で世界樹の小枝を構えながら、治癒魔法を発動させる彼女を守るように位置取る。
ミーシャが黄金色の輝きを灯し始め……しかしすぐに中止した。
振り返ると、顔を上げた彼女が首を横に振っていた。
間に合わなかったのか。
「……あなたはすでに完全に、包囲されている。
ゲートという名の退路まで断たれたいま、あなたに為すすべはありませんよ!」
こちらと目を合わせたミランダさんが、すでに引き抜いていた小杖を再度ダビデへと構えなおす。
……そこに示し合わせたかのように、ぞろぞろと武器を持った者たちが集まってきた。
警備の隊員たちだ。
全員が戦闘用の制服を着こなし、近未来的な銃器を構え、
ごく一部のエリート隊員らしき数人が機工武器を携えて筆頭に立つ。
彼らはきっと、こうした事態に備えていたのだろう。
数十秒と経たぬうちに陣を形成し、乱れのない全体指揮であっという間に黒騎士を包囲した。
数はおよそ四十人ほど。加えて後方でも数え切れないほどの隊員たちが逃げ場を塞ぐべく隊列を為している。
……頭上から聞こえたわずかな物音に視線を上げれば、層状に重なっていたドーム外周部から、ひょっこりと銃口が頭を出しているのが見えた。
もしかしてスナイパーもいるのか?
こ、これならいけるかもしれない。
数は圧倒的にこっちが有利だ。
狙うは、このドームの中心地、ゲートのど真ん中に立つ巨大な騎士。
「……確かに、このままでは死んでしまうやもしれんな」
しかしやつは、余裕の声音を崩すこともなく。
――どこからともなく、『あるもの』を取り出した。
あいつの巨体からすれば、取り出したそれは豆粒ほどしか見えなくて、
でも、その青い輝きには、間違いなく見覚えがあって。
――召喚の魔石。
持つ者によって、光の力も闇の力も発現するという精霊王国の秘宝。
かつて、それをミーシャから受け取って「なんだその人格判定装置みたいな機能は」と驚いた記憶が鮮明によみがえる。
その発動条件は、持ち主が命の危機に瀕したときで――……
「まさか……!」
「さあ、召喚の魔石よ!! 主人が窮地に陥っているぞ!!
今こそ闇の力を解き放ち……!!
我が命を救いたまえ!!!!」
手のひらに掲げられた、青い魔石。
――その仄暗い輝きから、おぞましいほどの闇の濁流が広がった。
漆黒の瘴気がこの広いドームを瞬く間に埋め尽くし、
闇の輪郭が、次々に魔物の姿を形作っていく……!
――その時、俺はミランダさんがこちらに手をかざしているのを見た。
「君たちは逃げなさい!!
旅人さま! どうか彼らを守っ――!!」
刹那の合間に、こちらに向かって手をかざしながら叫ぶミランダさんの姿が映って――……。
途端に感じる、風のにおい。
視界に広がる、青空。
スニーカー越しに伝わる、草土の感触。
俺はハッとして、あたりを見回した。
「えっ……どこだ、ここ」
「……公園かしら?」
すぐ隣にいた緋色が答えた。
確かに比較的緑が多いこの場所だが、よくよく見れば離れたところに都市の景観が広がっている。
そうだ、ミーシャと、バファは!?
慌てて周囲を確認すると、二人ともすぐ近くにいた。
きょとんとした顔で互いに顔を見合わせ、無事を確認する。
「……見て! どんどん人が転移されてくる……!」
ミーシャによって指差された方向へ首を回すと、まるでなにかのゲームみたいに、光とともに人がどんどん出現してきた。
次々と増えていく困惑のざわめきに、ミーシャが息をのんだ。
「ミランダさんの転移魔法だよ、これ。
『扉』の近くにいた人たちを避難させてるみたい」
「――待って。
機工世界だと、魔力が回復しないんじゃ……」
全員でいっせいに顔を見合わせた。
「こいつは……面倒なことになりましたねえ……」
と、そこでバファの視線の先に気が付く。
いや、バファだけでなく、転移されてきた他の人たちも、気が付けばある一方向だけを、固唾を呑んで見つめていた。
――『扉』のポートが、黒いもやに覆いつくされていた。
よく目を凝らせば、それらがすべて魔物でできていることに気が付く。
数百、いや数千……?
そんなのが群れになって、遠くから少しづつ闇の領域を広げている。
……やがて、花火にも似た、何かの炸裂音が断続的に響いてくる。
遠く離れたこの場所にまで届いてくる謎の轟音に、俺はぼそりとつぶやいた。
「あいつら……闘気まとってる」
いや、闘気だけじゃない。
かすかに、見覚えのあるカラフルな閃光がほとばしっているのが確認できる。
あれは、魔術だ。
俺自身、何度も使ってきたから分かる。
いかに魔力の回復ができないといえど、やつらはそんなこともお構いなしに、街を破壊し始めていた……。
「あ、あいつら……」
闇の軍勢は……。
黒騎士ダビデは。
「――機工世界に侵略しにきやがった……!!」
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