第32話 現実
やはりこの街は魔石の産地なだけあって、魔石に関する店が多かった。
込められた魔力を変性して、火魔法なり、収納魔法なりといろんな能力を付与できるれっきとした商品だ。
店に入ると、魔石のみならず、何かの術式が施されたお
似たような効果でも、それを包むハードウェアはさまざまな形に分けられているらしい。
用途によって細かく違うんだろうか。
もし本当に緋色といっしょに冒険者になるんだったら、この辺の知識を得る必要があるのかもしれない。
……何気に治癒の魔石も売られていたので速攻で買った。
治癒魔法は術者本人には使えないけど、道具類ならそんな制限はどこにもない。
そんな店主の説明を聞いてから即決の買い物である。
これですこし気が楽になった。
いざという時はこれをミーシャに使えばいい。
街を出るのは明日ということになった。
いや、もしかしたら明後日かもしれないし、もっと後かもしれない。
どうやって機工世界まで戻るかは、すべて自分たちの手にゆだねられている。
俺たちは砂漠の民が作ったらしい激辛の民族料理を食べて苦痛にあえぎ、
怪しい香りのするカジノに忍び込もうとしてミーシャに引き留められ、
なぜか突然、冷やかしていた武器屋のおやじから怒鳴られ追い返された。
おやじは俺の姿と、緋色の持っていた機工武器とを交互に見ながら「オレの仕事を奪う異世界人は全員死ね!!」とすさまじい暴言を叫んでいた。
本気の殺意を向けられた気がする。
その後の三人の空気がちょっと微妙になったけど、これもきっと後から振り返ればいい思い出になる……と信じたい。
でも、嫌なことがあってもすぐ笑い話にできるっていうのにはちょっと救われた。
「何なのよあのおっさん!!」と憤慨する緋色と、「まあまあ」とそれをなだめるミーシャ。
しまいにはあの店を夜中にぶっ壊す作戦まで立て始めたので、俺も悪ノリして計画立案に参加した。
――やりたいことをすぐ言える。
嫌なこともすぐ言える。
何よりもそのことに俺は不思議な充実感を味わっていた。
しかも、それを共有できる相手がいるとなればなおさらだ。
ほんとうに……この二人には返しても返しきれないな。
「緋色、なにかしてほしいことあるか?」
「なによ急に?」
「いいからさ」
腕を組んでうなっていた緋色は、
やがて怪訝そうに口を開いた。
「あたしは別に……、一緒にいてくれるだけでも十分嬉しいわよ?
世の中にはイジめてくるようなやつだっているんだし。
こんなふうにそばで笑ってくれる相手なんて当たり前にいるわけじゃないんだから」
「て、照れるじゃんか」
「殴るわよ」
「ごめんなさい……。
……ミーシャは? なにか無い?」
視線を反対側に向けて、青い髪の子を見下ろす。
「わたしは……そんな。もう十分貰ってるから」
しかし、彼女も彼女で困ったように笑いながら返事をしてくる。
この様子だとどうも聞き出せそうにない。
まいったな、俺だけ良い思いをしてるみたいじゃないか。
……いや、無いなら無いで、他にできることはあるはずだ。
二人には、かつて自分ひとりじゃ絶対に行けなかったところへ連れてってもらったのだ。
一方には夜に精霊王国へと強引に引っ張りだしてもらい、
一方には魔法という新しい力を教えてもらった。
今度は俺の番だ。
その後タイミングを見計らってとりあえず二人と離れ、
俺は単独で、冒険者ギルドとやらに入ってみた。
今の状態でも冒険者への登録方法くらいは調べられる。
この情報はきっと緋色の役に立つはずだ。
めっちゃ荒くれ者っぽい人たちの合間をびくびくしながら通り過ぎ、カウンターで色々聞いてみる。
どうやら登録はけっこう簡単にできるらしい。
そもそもこっちの世界では機工世界ほど正確に人々の出生を把握できてるわけじゃない。多少不確かな情報があっても問題はなさそうだった。
ちなみに登録しなくてもいくつか依頼は受けられるとのこと。
街の外に出て素材とか薬草とかを指定数とってくればその場で換金してくれるそうだ。日雇いみたいなもんか。
なんだったら今この場ですぐ冒険者デビューできちゃうみたいだったが、今回は見送ることにした。俺に先を越されたと知ったら緋色が怒りそうだ。
冒険者ギルドを出て、外の空気を吸い込む。
ミーシャには何を返そうか。
そうだ、探知魔法を教えてあげようか。
彼女にとっては難しい技術だったっぽいし、その一点においては俺でも教えられるのかもしれない。
いや、さすがに自惚れすぎだろうか。
でもこれくらいしか思いつかないし、聞くだけ聞いてみよう。
そんな風に考えながら歩いていた、その時だった。
――ミランダさんがいた。
異世界体験旅行プログラムを主催した歌優月の仲間の一人。
引率の先生みたいに参加者を引っ張っていた、あのエルフの女性。
彼女は、ミーシャと緋色の前にしゃがんで、無事を確認するように顔をのぞき込んでいる……。
……そっか。
そうだよな。
向こうも俺たちを探してないはずないもんな。
半分くらい諦めた気持ちで近づいていくと、ミランダさんはすぐにこちらに気が付いた。
「深道慎也くん! その腕は……!」
「すみません。ちょっとやらかしちゃいました」
眼鏡の奥で悲痛そうな瞳を浮かべながら、ミランダさんがいたわるように声をかけてくる。
別に悲しいことなんて何もないのに。
……そこで、俺はもう一人の存在に気が付いた。
ベルリーチェに来てから姿を消していたバファである。
彼は毛むくじゃらの頭の上に被った帽子を触りながら「騙すようですみませんねえ」と笑った。
そこで理解した。
今までずっと別行動をしていたバファは、きっと俺たちの見えないところでプログラム関係者に連絡を試みたのだろう。
でなければ、こんなピンポイントで再会するはずがない。
「ミランダ様。シンが腕を無くしたのは私のせいです。
シンは、私を守るために……」
「……殿下。
精霊王国から話はうかがっております。
積もる話は明日、移動中に――」
と、そこで視界の隅から赤い髪が近寄ってきたのを捉えた。
「……ま、あたしたちよくやったわよ」
「……」
「あたしも一度、機工世界に戻るわ」
ちらと顔を上げて、緋色の表情を読み取ろうとした。
「……こっちで生きてくんじゃなかったのか」
「気が変わったの。
べつに戻ったって命まで取られるわけじゃないでしょ。
本格的に幻想世界に移り住むのは、またの機会ね」
「……もしかして俺のせいだったりする?」
緋色は何も言わなかった。
気が付けば話はすでに、バファとミランダさんが俺たちを無事に機工世界まで送り届ける、ということになっていて。
俺はばんやりと、目の前の大人二人組の高い背を視界に収めながら歩いていた。
――頭の片隅で思った。
こいつらを魔法で殺……
倒せば、気にせずみんなで旅を続けられると。
胸の内側に膨らんでいく、闇色の感情。
気が付けば、攻撃のための魔力を広げようとしている自分がいた。
でも、同時に、この人たちを傷つけたくないという自分もいて、
どっちつかずのまま歩いていると、前方から会話が聞こえてきた。
「……そういえば、殿下。
その金貨袋はどうしたのですか。
ずいぶんと重そうですが、精霊王国からそんなにたくさん預けられたのでしょうか?」
「えっと、これは……」
「――いやあ、この子たち。
どうやら三人だけで賞金首を懲らしめたそうなんですよ。
すごいもんですよねえ」
唐突にバファが明るい声で口を挟んだ。
彼はそのまま、まくしたてるようにミランダさんへオオカミ顔を近づける。
「子どもといえど、その報酬は彼らだけのものでないと筋が通らない。
そう思いませんか、ミランダ嬢。
精霊王国のお姫様の護衛だっていうなら、なおさらでしょう」
「え、ええ……。
まあ……そうですね?」
バファの有無を言わせぬ笑顔に、ミランダさんがたじろぐ。
なんとなく、バファが例の分け前をいらないと言っているように聞こえた。
ミランダさんがおずおずと引き下がっているのを見て、怒りが矛先を失っていく。
(……何やってんだろう、俺)
その夜は、普通に宿で一泊することになった。
翌日、朝を迎えてから全員で機工世界へと向かう手はずだという。
「なんだかんだで楽しかったね。この三人で旅するの」
と、ミーシャが残念そうに笑った。
「……ああ。
でも、そうだよな。
いつかは、戻らないといけないもんな……」
自分のベッドに腰かけ、首の後ろを撫でながら俺は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
……考えてみれば、この旅は誰かの犠牲がきっかけで始まっているのだ。
闇の軍勢による攻撃でミーシャに危険が迫って、彼女の身の安全をできるだけ早く確保するためというていで自分たちはここにいる。
ずっと続けていられないのは当然のことだろう。
どんな物事にもいつか終わりが来る。
今回は、まあ、予想してたよりちょっと早かったってだけだ。
仕方ないさ。
――宿のベッドで暗闇に目をつむりながら、俺は考えた。
この旅が終わったら、改めて魔力をミーシャに返して、そのままお別れってことになるのかな。
緋色は関東地方に住んでいるみたいだから会おうと思えば会いに行けるだろう。
ミーシャは……まあ、王女さまだし、しばらくは会えないかもしれない。
命を救った英雄扱いを期待する、なんてのはさすがに望みすぎだろうし、いつかきっと再会できると信じて待つしかないか。
……あ、そうだ……。
戻ったら言い訳、考えなきゃ……。
下手したら学校にも連絡行ってるかもしれないし、
クラスの人たちにはとりあえず事故とかあったってことにして……
ああ……右腕無くなってるから絶対なんか聞かれるだろうな……
時期的にそろそろ進路とかも決めないと……
それで……
……それで…………
ふと、のどが詰まり、目元が熱くなって、何かが枕に流れていった。
なんでか分からない。うまく言葉に出来なかった。
とにかく「嫌だ」という感情だけが溢れて、どうしようもなく声を押し殺して
バレないように泣き続けるしかできなかった。
「……なんで……
なんで、こんなことで悩まなきゃいけないんだよ……」
――そして翌朝、俺たちは機工世界へ向けて街を出発してしまった。
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