第30話 勲章
「……教えてあげるよミーシャ。
男にとって、傷跡は勲章なんだ」
揺れるたき火の炎を囲んで、無くなった腕を照らして見せながらそう言った。
ひじから先の盛り上がった肉の部分はすでに治癒が完了しており、痛みなども特にない。違和感だけはまだ残っているが、たぶんすぐに慣れるだろう。
「でも、シン……」
「痛い思いはしたけど、結果を見ればとんとん。
俺みたいなやつがほんのちょっと胸張って生きられるようになったんだから、むしろお釣りがくるくらいさ。
悲しむ理由なんてどこにある?」
弱々しい表情を浮かべる彼女に、努めて明るく振舞った。
余計な気遣いをさせたくないのもあったけど、半分以上は言葉通りの意味だった。
考えてもみてほしい。
なにせ機工世界にいた時の自分はとにかくちっぽけで、大した才能があるわけでもなく、別にその場にいてもいなくてもどっちでもいいんじゃないかと思うほど平凡な存在だったのだ。
それがいまやどうだ。
『利き腕を無くしてでも大切な人を守った男』としてすでに証明されたようなものではないか。
しかもそれで、本当にミーシャを救えたのだ。
この出来事がすっからかんだった俺の自尊心を満たしてくれたのは言うまでもない。
もちろん、体の中から出ちゃいけないものがすごい勢いで吹き出していく恐怖は筆舌に尽くしがたい。思い出すだけで寒気がしてくるほどだ。
だが、喉元過ぎれば熱さを忘れるとはよく言ったもので、今となっては別に大したこともない。
多少の不便はあるだろうが、利き腕の一本くらいは安いものだ。ほんとうに。
……うへへ、この柔らかそうな美少女は俺が守ったんや……。
と、ちょっとヤバめの犯罪者みたいなこと考えだした時点で、俺はたるみそうになっていた頬を引き締めた。
「こんなことはいくらでもあるもんですよ」
そう重い口を開いたのはバファだ。
彼はこっちの世界のお茶をすすりながら「命が助かっただけ儲けもんです」と小さくつぶやいた。
「……あのさバファ。
やっぱり、本当に殺しちゃったの? あいつ……」
「被害を大きくするわけにはいきやせんでしたから、さすがにね」
彼は自分の腰に下げた大きめの袋に手を添えた。
その中には、たぶん、例の反撃を試みたやつの首が入っているのだろう。
止めはバファが差したと聞いている。
彼の妙な冷静さを見るに過去にも同じことをしているのかもしれないと思ったが、それは聞けなかった。
まあ少なくとも、他の盗賊たちに関しては生け捕りのままここまで運んでくれたのだ。
好んで人を殺すような危険人物ではないはず。
今さら彼を警戒するのもなんか嫌だし。
ときどき席を外しては、残った盗賊たちの首筋に雷光を走らせているので、かなり用心深く扱っているんだと思った。
「…………」
緋色はずっと黙ったままだった。
膝を抱えて、無表情のままじっとたき火を見つめている。
何度か話しかけようとしたが、反応が鈍くて結局なにも話せていない。
「……なんか、今日の夜は静かだな……」
軽く身じろぎをして座り直し、左腕だけを後ろについて天を仰いだ。
機工世界のそれよりもでかい月が枝葉に遮られた状態で浮かび、
夜の闇の向こうから無数の虫の鳴き声が聞こえてくる。
なんか、肩が凝ったな。
右腕が失われたことで身体のバランスが悪くなったのか、どうも違和感が強くなる。
……世界樹の小枝、左腕だけで使えるようにしないとな……。
「……シン。
さ、今日はもう休んで。ね?」
やがて、ミーシャから就寝をすすめられた。
今夜は俺だけ見張りをしなくていいらしい。
そんなに病人扱いしなくてもいいのに……困ったな。
とはいえ、やはり大怪我を経たことで疲労が溜まっていたのだろうか。
横になった途端に抗えないほどの眠気が襲い掛かってきて、自分の意思とは裏腹に意識が遠のいていった。
サリカの森は翌日には通り抜けられた。
昨日みたいな雨が降った後でぬかるんでいた地面はほとんどなくなり、適度に心地よい湿度を保った涼しい森の中を順調に進んでいった。
盗賊に関しては、残った四人のうち二人をバファに、もう二人を緋色に担いでもらって運んだ。
緋色は盗賊たちが急に目覚めないか不安になっていたようだが、とくにそんなこともなかった。
いちおう探知魔法を使って身体検査をしていたので、もし目覚めたとしても昨日のようなことは起きない……はずである。
一度だけ遭遇した魔物は俺とミーシャで対応した。
狼の群れだった。
闇の軍勢の手先でもなんでもない。
ただの動物だと思ってたかをくくっていると、俺たちを取り囲んでひたすら隙を伺うという戦法を取ってきたので、慌てて魔法をぶっぱなした。
知性があるやつは油断できない。もう片方の腕が無くなりでもしたらさすがに笑えない。
片腕だとなんとなく発動しにくく感じた火魔法と、ミーシャの放った魔法の矢を目の当たりにした群れは一目散に逃げていった。
同じ狼顔のバファが何か言うかと思ってちらちら見ていると
「ぼくとあれは同類ではないですよ」と心を読まれた。
「外見は似てるけど気にしないのか」と思い切って聞いてみたら「別に人間同士でも殺しあうでしょう」とあっけからんと返された。確かに。
ついでに魔物の定義についても教えてもらった。
この世界で魔物と呼ばれているのは、闇の軍勢の手先か……
もしくは闘気や魔術なんかを手に入れて明確な脅威となった野生動物かの二種類だけらしい。
でも普通の野生動物と、魔物としての野生動物はパッと見で区別できないから油断できないのだという。
機工世界とつながって一年も経つというのに、それでも幻想世界で諸々の発展が進まないのはこういう要素も絡んでるのかなと思った。
――その後は特に会話もなく歩き続けた。
俺は左手で杖を振り回しながら身体を慣らしていく。
やはり、利き腕がないと魔法を使う感覚も変わるようだった。
その気になればノーモーションで魔力を広げて発動できるはずなのに、
腕一本なくなっただけでずいぶん勝手が違ってくる。
ミーシャに治癒魔法教えてもらうはずだったけど、これじゃだめだな。
探知魔法やら攻撃魔法やらは精度は落ちるけど一応使えるし、また練習するしかないか。
勘が戻ってきたら改めて治癒魔法を教えてもらうことにしよう。
とりあえず『世界樹の小枝』を使えて……
あと飯の時にスプーンとかフォークとかを問題なく使えるように見せられればいいかな……。
あ、あと両手で行ってたような動作も今のうちに片手でできるように慣れておかないと。
そんなことを考えながら、その辺に水の弾を飛ばして魔法を練習する。
一度だけつまづいた時に、右腕が無くなっているのを忘れてそのまま転びそうになったが、すぐにミーシャが支えてくれたおかげで汚れることもなかった。
それ以降、心配そうな顔で何度も様子を確認しにくる彼女に対し、努めて心配をかけないよう明るく振舞い、実際ほんとうに大丈夫だと思っていたので万が一にも誤解のないよう心がける。
演技は、完璧だった。
ただ、ミーシャはそんな俺の姿をみて悲しそうに笑いながら「早く帰らないとね」とつぶやいたのだった。
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