第29話 痛み

「――あら? おかしいわね。

 さっきまでとは立場が逆じゃない」


 腰に手をあてて盗賊たちを見下ろしている緋色が、とても不思議そうに鼻を鳴らした。


 盗賊たちのねぐらである洞窟の入り口からやや離れた、青空の下。


 そこに連中を引きずりだし、全員でぐるぐる巻きにしてやった。

 縄はねぐらの中にあったものを使った。氷魔法で損傷したりしてないか不安だったが、大丈夫そうだった。


「ふふん、どうかしら?

 あたしみたいな小娘に負けた感想は?

 ほらほら、何か言ってみなさいよ?」

「くっ…………」

「緋色、遊んでないでこっち来い。

 まだ服汚れたまんまだろ。生活魔法かけてやるから」

「分かったってば」


 Tの字に腕を広げた緋色に手をかざし、服から汚れを抽出していく。


 ついでに試してみたが、矢を受けたことによる衣服の損傷は生活魔法では直らないようだった。


 今の彼女は穴だらけの衣服を着こんだ野生児みたいな恰好になっている。

 こんな格好でいられたら俺が気まずい。ただでさえスタイルはいいんだし……。

 幸いにしてマントのほうはそこまで穴が目立たないので、しばらくはこれでボロボロの服を隠してもらう形になりそうだった。


 ベルリーチェまで行ったときに新しい服を買う必要があるかな。

 こういう時に裁縫でもできたら便利だったのかもしれないけど。


 そんなことを考えつつ、ついでにきれいな布を使って頬をごしごしと拭いてやった。土だか血だか分からん汚れをふき取りつつ、矢を受けたときのものであろう傷がまだあることに気が付いた。


「まだ傷が残ってるじゃないか」

「これくらいつばでもつけときゃ治るわよ」

「ダメだよヒイロちゃん、病気にかかったら大変だもん。

 ちゃんと傷見せて」


 めんどくさそうに口を尖らせた緋色が、無理やりミーシャのところへたらい回しにされていった。


 ちなみにほかの傷についてはすでに治療済みのはずだ。

 全身に矢が刺さった怪物状態を見たミーシャが青ざめていたのを思い出す。


 とはいえそれは見かけだけで、実際にはそこまで命に関わるほどの重症というわけでもなかったらしい。

 弓使いのほうの技量が足りていなかったのか、緋色が野生のカンでうまく致命傷を避けていたのかは不明だが、とにかく後遺症もなさそうだった。


「で、こいつらどうする?

 ここに置きっぱなしにしていいの?」

「そうですねえ、どうやら彼ら、南のほうで好き勝手やっていた盗賊みたいですし、

 いっそのこと首だけでも持っていけば金にはなりますよ」


 バファの言葉に俺は仰天する。


 首を持っていく!?

 うおお、おっかねえ。


 いや、これくらいの温度感がこっちの世界の普通なのか? よく分からん。

 もしかしたらこの盗賊たちを大人しくさせておくための方便というのもあるかもしれないけど……まあ、どっちにしろ衛兵には突き出さなきゃいけないようだった。


 聞いたところ賞金首に関しては『生死を問わず』とか『生け捕りのみ』とかいろいろあるみたいだが、べつに命まで奪うつもりはない。


「生け捕りで持っていこう。

 余計な恨みとかも買いたくないし」

「……じゃ、ぼくと緋色くんで運びましょうかね。

 分け前はいただきますよ? こちらも旅の資金は欲しいのでね」

「もちろん。バファには俺も助けてもらったからさ」

「ぼくが九割、君たち三人が一割でどうです?」

「え、冗談だよね?」


 金色のタレ目が、意味深に歪んだ。


 ――その後すぐにちゃんと冗談だと言ってくれた。よかった……。


 なら、山分けを拒否する理由なんてない。

 とりあえずこちらには精霊王国から預かった資金がまだあるし、というかその資金をわざわざ届けに来てくれたのもバファだ。


 賞金首逮捕で得たお金なんていくらでも持ってって構わない……というのは譲り過ぎか。

 それくらいさらっと言えるような男になってみたいけど。


「あ、でも……緋色はお金欲しがるかもな。

 あいつ、こっちの世界で本格的に暮らす予定みたいだし。

 ちょっと話してみてくれ」

「分かりやしたよ。それじゃさっそく聞いてきますかねえ。

 すみませんけど、しばらくこいつらの見張りをお願いしやす」


 そう言ってバファはふらりと女性陣のところに歩いて行った。


 見張りとは言っても、別に大したことはない。

 現時点で目を覚ましてるのは二人だけしかいないのだ。

 しかも両方とも、戦いの序盤でダウンしてた下っぱである。


 俺が使った氷魔法のせいか、顔中がしもやけみたいにパンパンに赤くなってるので別人みたいに見えるが、間違いない。


 弓使いとドワーフ男、そしてもう一人の下っぱの方はもれなく気絶しているので、特に警戒する必要もないと思った。全員身動きひとつ取れない状態にしてるんだし。




「くそっ……こんなことになるなら精霊人なんて狙わなかったのに……!

 だから俺は言ったんだ、あんな不吉な種族を連れてるやつらなんて放っとけって!」

「おい、よせよ!

 俺たちは負けたんだ。大人しくしてりゃ命までは取られないって」


 と、そこで縛られた盗賊二人が小声で話し始めるのを耳にする。

 自分が看守にでもなったみたいな気分になりつつ、会話の前半部で聞こえてきた単語に眉をひそめた。


「……なんでそこで精霊人が出てくるんだ?」


 俺からの言葉に、下っぱ二人がちらと視線を向けてくる。


 謎の沈黙が一瞬だけ浮かんだあと、一方はへりくだるような姿勢で、もう一方は敵意をむき出しのままで、それぞれのリアクションを返してきた。


「いや、なんでもない。

 悪いな、こいつ、短気な野郎で」

「へっ、ガキが偉そうに口きいてんじゃねえよ」

「おい! やめろって」


 しもやけのせいで二人とも若干もごもごした口調になっていたが、それにはお構いなしに比較的話が通じやすそうな下っぱのほうに顔を近づけて問いただした。


「詳しく教えてほしい」


 また治癒魔法のときみたいに、何も知らなかったでショックを受けたくない。


 情報収集は大事だ。できるときにやっておこう。


 幸いにしてミーシャたちはちょっと離れたところに集まっているので、変に気を遣わせることもなさそうだった。


「……別に、よくある話だよ」


 やがて、そいつは困惑しながら口を開いた。


「例えば、獣人とか半獣人はけっこう分かりやすく避けられてるだろ?

 闇の軍勢の魔物と似てるからさ……。

 それと同じで、精霊人は、デルタ帝国じゃ……その、なんていうか。

 ……嫌われてることが、多いんだよ」


 俺の顔をちらちらと伺いながら、そいつは話した。


 いわく、精霊人は、不快なや悪い前兆をもたらす種族だと。


 もしかしたらこちらを刺激しないようにオブラートに包んで表現してるのかもしれない。


「……なんで?」

「だって、何考えてんのかよく分かんねえし…………」


 そいつは居心地が悪そうに尻を動かし、ざり、と砂やら小石やらが擦れる音が発生する。


「いくら新しいことが好きだって言ったって、限度があるだろ?

 うた優月ゆづきとかいう異世界の人間に魔法を教えたり……、

 最近じゃ、お前みたいな機工世界のやつらの移住をどこよりも早く認めたじゃんか。

 そういうのを良く思ってないやつが多いってだけで」

「……なんで……?」

「俺にだって分からねえさ。

 ただ、精霊人みたいに複雑で……

 何がしたいのかもよく分かんねーようなやつらはそこにいるだけで迷惑なん――

 迷惑に思われてるんだ」


 身体が動かせなくなった。

 唐突に、学校での『何者にもなれない自分』を思い出して、胸がチクりと痛みを訴えてくる。


「シン! 様子はどう?」


 と、そこで後ろから、たたた、と小走りで近寄ってくる音が聞こえた。

 胸の内に感じた痛みを押し殺しつつ、平然を装って彼女のほうに振り向いた。


「ミーシャ、どうした?」

「……あれ、大丈夫? 顔色悪いよ?」

「あ、ああ、平気。

 それより、どうしてこっちに? 

 見張りは俺ひとりで十分だぞ?」

「ちょっとこの人たちに治癒魔法かけてあげようかなって思ったの。

 もし凍傷とかあったら怖いから」

「…………」


 そう言ってしゃがみこんだ彼女は縛られた下っぱたちに手をかざした。

 彼女の小さな手に灯された光が、しもやけによる腫れを和らげていくのを眺めながら考え込む。


 ミーシャは知ってるんだろうか。


 知っていてもおかしくはないな、とは思った。


 何しろ彼女は精霊王国の王女だ。自分たちの種族が周りからどう思われてるかを

 理解している可能性はけっこうあると思う。


 こんなやつらに治癒を施す必要なんてないと言いたかったけど、

 結局なにも言えずに俺は彼女の肩に手を置いた。


「? どうしたの?」

「いや……なんでもない。

 そうだ、治癒魔法。治癒魔法を教えてほしい」

「治癒魔法?」

「ああ、早いとこ習得しておきたいからさ」


 困惑しながら立ち上がったミーシャが「でも大変だよ? 魔法を覚えたての人にできるかな?」と挑発するように振り返る。

 その挑戦的な微笑みに俺はどこかホッとしたような気持ちになりつつ「やってみなきゃ分からない」と強気に答えた。







「精霊人め……お前さえいなければ……!

 オレたちの秩序はずっと保たれていたんだ……!!」




 と、そこでずっと黙っていたはずの反抗的なやつが、立ち上がった。


 ――縛られた状態でずいぶん器用に立てるな、と思ったのも束の間。


 すぐに異変に気が付いた。




 やつの縄は解かれていた。




 そいつの手に握られていた小型のに目が止まる。


 おそらくは護身用か、携帯用か、あるいは暗殺用か。


 折り畳み式の拳銃のような形をしたそれには、縄をギリギリ切断できるくらいの刃がついていて。


 そして、巨大な暗闇を潜ませた銃口が、ミーシャへと向けられていた。


「地獄に落ちろ! クソガキ!!」







 脳裏によぎったのは、「ミーシャがやられたら終わりだ」ということ。


 考えるよりも先に、小柄な彼女の肩を突き飛ばした、次の瞬間……――。




 伸ばした俺の腕が、吹き飛んだ。













 その後のことはよく覚えていない。




 とにかく、跳ね上がるような激痛が脈打っていたことと、


 一緒にいた緋色とミーシャの二人のうち、どちらかが怒り狂ったらしいことは知っている。




 すぐにそいつは無力化された……ということにはなったらしい。




 ただ、その代償……と考えていいのだろうか。


 俺は、利き腕を無くすことになった。

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