第28話 可変式散弾銃
なにかの怪物が現れたかと思った。
背中から何本もの矢を生やし、ボロボロの様相で猫背になってデカい斧をぶら下げながら歩いているのは、間違いなく緋色本人である。
しかしそんな今にも倒れそうな物理的状況とは裏腹に、なにかの殺気のような物々しい雰囲気が彼女の全身から漂っていた。
「ひ、緋色……」
「……何よ、もうそっち片付いたわけ?」
気だるげに向けられた目線がことさらに鋭く感じる。
う、動いて大丈夫なのか……?
「その怪我は……」
「こんなのへっちゃらよ。
それより……あいつをぶっ殺さないと気が済まないわ……!」
緋色は猫背のまま顔を上にあげた。
「――だって、あいつ全然近づかせてくれないんだもの!!」
「ああ……」
彼女の視線の先を見ると、木の上に登った例の弓使いが器用に枝に足をかけて意地悪そうに笑っていた。
そうだよな、相手は弓矢だもんな。
俺はゲームで遠距離から嫌らしく攻撃してくるやつを思い出した。
おそらく、近づこうとしても逃げられるのだろう。
急に緋色が、対戦ゲームで相手から一方的に攻撃されてキレそうになっているやつみたいに思えてくる。
彼女はそんな俺の視線にも気づかず、落ちていた石を拾って敵に投げつけていた。
「降りてきなさいよ、このバカ!!」
「はっはっは、出来るわけないじゃないですか。
あなたみたいに闘気なんか持ってないんですよ、こっちは。
一発でも貰えば致命傷です」
やつは剛速球の石つぶてが飛んでくるのを見て、木から木へとひょいひょい飛び移った。
さながら森のエルフのようだ。人間だけど。
……というか緋色、こんな剛速球投げられるってことは意外と大した傷じゃないのか……?
やたらと血まみれなのでびっくりしたけど、もしかしたら致命傷は避けてるのかもしれないと思った。
「弓矢はね、弱者でも強者を倒せる革命の道具なんですよ。
嫌らしいだの、ずるいだの、好きなだけ吠えればいい。
あなたを倒して、強者の座は私が奪い取って見せる!!」
そんな口上とともに、頭上から矢が放たれる。
なぜか俺のほうにも飛んできたので焦って木の影に身を隠した。
緋色はその場を動かず斧を振って容易く矢をはじき返し、忌々しそうに相手をにらみつけていた。
いや、さらっとやってるけど飛んできた矢を弾くって普通は無理じゃね……?
「くっ……あたしにも対抗手段があれば……!」
「……いや何言ってるんだ緋色。
あるだろ、バファに教えてもらった武器が」
俺は機工斧を指さしながら、片手で銃を撃つ仕草を見せる。
ほら、あれ――と口パクで伝え続けていると、やがて緋色が、あ、と目を見開いた。
「ほうら、私に近づかなきゃ倒せないぞ!!
ははははは!」
と弓使いの男が調子に乗って煽り始めたその刹那。
ダァン!! と森中に轟音が鳴り響いた。
耳をつんざくその発砲音がこだまし、すこし遅れて鳥が羽ばたく音がかすかに届いてくる。
木の上で硬直したように固まった弓使いの男が、自分の頬から流れ出す鮮血につばを飲み込んだ。
気付けばやつの周囲で枝葉が砕け折れ、下のほうで木の幹がハチの巣みたいに穴だらけになっている……。
ガキン、という豪快な金属音に視線を戻せば、
そこでは斧型の機工武器を腰に構え、白い硝煙の立ち昇る先端部を敵に向けて立っている緋色の姿があった。
「…………」
――直後、緋色が突進し始めた。
「……なん……!?」
ダァン!! ダァン!! と立て続けに散弾をぶっ放しながら、みるみるうちに距離を詰めていく。
弓使いの男は遠目から見ても分かるほどにパニくっていた。
緋色による鬼のような猛攻を受け、必死の形相で逃げまわっている。
俺だって赤い髪をした女の子が極太の斧を振り回しながら鉛弾ぶっ放してきたら失神するくらい怖いと思う。
しかも一切言葉を発しないのだ。そんなのが血まみれで襲い掛かってきたらそりゃ必死の形相にもなるだろう。
みずみずしい新緑の森に響きわたる轟音が、枝葉に含んだ水滴を震わせては弾き落としていく。
天気雨のような景観を移す明るい森の中に、雷を何度も打ち鳴らしたような火薬の炸裂音が連続した。
「ちょ………緋色ストーーップ!!
さすがに相手死んじゃうから! 人殺しになっちゃうから!!」
俺は火薬の炸裂音に負けない声量で叫んだ。
いかに敵といえど、向こうは闘気なんかまとってないのだ。
「平気よ! 手足の一本くらいはもらうかもしれないけど!」
「十分あぶねえよ!?」
流れ弾に怯えながら一方的な緋色の戦いぶりを眺める。
参戦するべきか。援護するなら緋色ではなくむしろ弓使いのほうを守る必要があるんじゃないか……などと迷っていると、ふと気が付く。
弾薬が尽きない。
リロードをしないまま、続けて何十発も打ち込んでいる。
見える範囲で緋色がやっているのは、部品をスライドさせて排莢する動作だけだ。
そういえば新型の機工武器にはそういう技術があるんだっけか。
収納魔法に特化した魔石を組み込むことで自動で弾を補充する、みたいな話を昔聞いた気がする。
なんにせよ、彼女の猛攻は止まらないようだった。
鉛弾を放ち、斧を叩きつけ……その巨大な機工武器をただ効果的に敵を無力化するための『道具』として自在に操っている緋色。
さながら戦の女神のようだった。
水たまりの上を荒々しく駆け、分厚い三日月状の刃を叩きつけ、散弾を炸裂させる。
一発を撃っては、持ち手をスライドさせて空になった薬莢を外に放りだす動作を合間に挟み、また射撃。
ときどき斧を振り回して遠心力で排莢する姿も妙にかっこよくて、本当にただの女子高校生だったかと疑問を抱きそうになった。
焦げ臭い火薬のにおいが雨上がりの新緑の森に蔓延し。
砕かれた太幹が、乾いた木っ端を四散させながら傾いてゆく。
ばさばさ、ばさばさと湿気を多量に含んだ木々が次々になぎ倒されていくのを見て、俺は頭を抱えた。
「あああ……俺この場所けっこう気に入ってるのに……!」
銃声が鳴り響くたびに、鳥や小動物たちが飛び去って行く気配を感じる。
これ以上、この美しい景観が損なわれることに何か強烈な喪失感を覚め始めた俺は、世界樹の杖を手に参戦を決意。
とにかくさっさと戦闘を終わらせようと、緋色の援護に回り始めた。
魔力を一気に伸ばし、頑丈そうなその弓に狙いを定めて少し強めに発火させる。
ポンッと間抜けな音の直後に、だらりとそいつの弓の弦が垂れ下がるのが見えた。
「くっ……!?」
「緋色!! 弓を壊したぞ!!
もうあいつに攻撃手段はない!!」
俺の声に一瞬だけ彼女が反応し、すぐに銃声が鳴りやんだ。
もう散弾をばらまく必要はないと判断したらしい。
機工武器を腰に構えるのを止め、純粋な長斧として構えていた。
これでほぼ勝ち……! と拳を握りしめていると、
弓使いの男はなんと地上に降りて正面から緋色を見据えた。
「――わたしは!! 強者になるんだああああ!!!!」
そいつは、ただ一本の矢のみを握りしめ、突進。
そのまま尖った矢先を振り下ろし――。
「……こうやって正面から立ち向かう度胸があるなら、
盗人以外のマシな道を選んでおきなさいよ、バカ」
矢先が振り下ろされるよりもはるかに早く、緋色の回し蹴りが相手の顎にクリーンヒット。
崩れ落ちる弓使いの男。
――こうして俺たちは無事(?)、盗賊たちを撃破したのだった。
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