第27話 潜伏系
「ふっ!」
最初に飛び出したのは緋色だった。
狙いはやはり、弓使いの方か。
一直線に細い男へ向かって突進していく。
が、しかし。
「痛……ッ!」
「やっぱり、貫通するのか!?」
放たれた矢が、緋色の頬を切り裂いた。
真っ赤な血がぼたぼたと顎を伝って落ちていく。
――闘気による防御が通じてない。
驚く俺たちの様子を見て、弓使いの男が追い打ちと言わんばかりに叫んだ。
「当然だ!
優れた『
魔力障壁も! 闘気膜も! 私の矢の前では無にも等しい!!」
新たに放たれる、追撃の矢。
それを巨大な魔導剣が切り払い、後退してきた緋色を援護する。
無事に逃げてきた彼女にミーシャが治癒魔法をかけはじめたので、その間は俺が前に出て牽制。
氷の槍を生成し、指先がかじかんでうまく照準を合わせられないくらい冷気を何重にも重ねて放った。
――幻想世界に来て何度目かの戦闘。
命がかかっているにも関わらずちゃんと身体を動かせているのは、
黒騎士とかいう圧倒的猛者との戦いを経験したからか。
あいつに比べれば……こんなやつらはどうってことない!
「あいつはあたしがやるわ!!
貫通だかなんだか知らないけど、先に一発当てればいいだけでしょ!」
そこで、回復した緋色が再度突進。
さっきと違って今度はジグザグに走って射られないようにしている。
それを見た弓使いが厄介そうに舌打ちをした。
「いいでしょう! 来い、赤色娘!
あなたは私が倒して見せる!」
「じゃあ逃げんな!」
弓使いの頭領が威厳たっぷりの声を放ちながら背中を向けて走っていくのを、緋色が超特急で追いかけて行った。
うお、あいつもけっこう素早いな!
緋色のスピードから逃れられてる。
洞窟内をぶっとばしていく二人の姿を横目にして……俺はハッと気が付いた。
「しまった! あのドワーフは……!」
「『
突然、後頭部の上の方から響く金属音。
振り返ると、何もない虚空にはじけた火花の奥に、半透明の敵の姿がかろうじて確認できた。
「シン! 安心して、あなたは私が守るから!」
「……助かる!」
目を離さなかったはずなのにドワーフ男の姿が文字通り消えていくのを把握しつつ、世界樹の小枝を握りしめる。
じゃあ、あいつを倒すのは俺の役割だな。
ミーシャが背中を守ってくれるのなら百人力だ。
杖を構えて、姿を消した敵の気配を感じ取ろうとする。
「ミーシャ。壁際に」
ひとまず死角を減らすべく移動。
途中でなにか仕掛けてくるかと思ったが、何もなかった。
こちらの隙をじっとうかがっているのだろうか。
暗い洞窟内に沈殿した異様な静けさが、心臓の鼓動を早めてくる。
相手の位場所が分からないってこんな厄介なのか………。
探知魔法も通用しないのがかなり厳しい。
どう倒すべきか考えあぐねていると……
突然、ものすごい寒気がした。
「くっ……!?」
「おまえ、勘、いいな」
杖に宿した初級魔導剣を振り上げた瞬間、何もない虚空で武器が大きく弾かれる感触がした。
相当な重さがあるはずの大杖が容易く弾かれ、その勢いに引っ張られて転びそうになる。
つめたい岩の上でたたらをふみ、焦りで一気に呼吸が上がった。
うわ俺いまのどうやって防いだんだ……!?
危っぶねえ……!
……つーか、こいつかなり筋力あるな!?
突然、ドワーフ男の持っている短剣が人の首くらい簡単に切断できる巨大な鉈みたいに思えてきた。
しかも、かすっただけで動けなくなる麻痺毒つきだ。
世界樹の小枝を握る手のひらにじわりと汗がにじみ出してくる。
もしかしたら俺みたいな小僧一人くらいはホントに殺しても構わないと思ってるのかもしれない。くそ………厄介だな……!!
どうする?
いまみたいに攻撃してくる瞬間を攻撃する?
でも、そんな居合の達人みたいなことは一般人の自分にはできない。
さっきの防御だってもう一度やれと言われてもうまくできる自信はないのだ。
考えろ。
完璧じゃなくてもいい。
今すぐなにかやらなきゃ、やられるのは自分の方だ!
「シン……」
「分かってるよ、殺すのはなしだ」
こっちだって手を汚すつもりはない。
さっきみたいに魔導剣の初級を使うのは無しだ。誤って切り刻みかねない。
「……ミーシャ、火魔法で暖を取ることってできる?」
「だ、暖を?
あったかくすればいいってこと?」
周囲を警戒しつつも頭上にはてなマークを浮かべる彼女に肯定の意を示す。
彼女が炎を手に宿したのを確認してから、俺は洞窟内に、広く素早く魔力を広げていった。
余すところもなく全体が覆われてから、即座に魔力を反転。
――視界が、真っ白に染まった。
白く可視化された吐息と、身震いするほどの強烈な冷気。
足元すれすれに漂う、極寒の霧氷。
あまりの寒さに指先がかじかみ、肺が凍えそうになる。
目に見えぬほど小さな氷の結晶が、幾億の群れとなって一瞬で岩壁を侵食していった。
じめじめと薄暗かったはずの洞窟内がわずかな光を反射して輝く氷の洞窟へと早変わりである。
俺はさらに魔力を広げ、もう一度この凍てつく環境を上塗りさせていく。
回数を重ねるたびに、どんどん気温が下がっていくのが刺すような肌の痛みで分かった。
ほんのわずかに身動きしただけでパキパキと砕ける霜が、地面や服の至るところに付着していた。
「――見えないだけで、いることに変わりはないんだろ……!?
あぶりだしてやるよ……! 隠れていられなくなるまで……!!」
杖を横に構え、自分自身を中心として魔力を波紋上に広げては、氷に変えていく。
鼻の奥がつんと痛い。薄い袖の隙間から、容赦なく冷気が入り込んできては身体を冷やしていく。
スニーカーの底がペキペキと岩の地面に張り付いているのが感触で分かった。
がちがち震える歯を抑えきれないまま、杖を構えてじっと相手を待つ。
指先の感覚は、もうすでに無くなっていた。
――思えば、穴の多い作戦だった。
洞窟内を氷漬けにしている間に、ドワーフが弓使いのところに援護に行ってたかもしれない。そうなってたらここで自分たちだけ残って凍えているなんて馬鹿みたいだ。
あるいは、あのドワーフも、弓とまではいかずとも何かしらの遠距離攻撃の手段があったのかもしれない。
そうだったら次の瞬間には杖を横に構えたままやられてる可能性だってある。
だから、思いついた瞬間に必死で修正を加えた。
洞窟入り口に冷気を集中して発現させ、つるっつるにして通行できなくさせたり……
後ろにいるミーシャに伝えて、不意打ちに気をつけるように頼んだ。
「分かった、魔力障壁を作るね」
彼女のそばで浮かんでいた魔導剣が消え、代わりに自分たちの周囲にバリアのようなものが構築されていく。
これが魔力障壁か。魔導剣のと似た美しい紋様がうっすらと半透明の球体上に描かれている。
「これで大丈夫だと思うけど、こっちから攻撃するときは解除されちゃうから気をつけて」
「ああ、ありがとう」
バリアのみならず暖を取るための火魔法も維持してもらっているので、これ以上彼女の負担は増やせない。
寒さで彼女の声が震えているのをかすかに認識しながら、俺はひそかに眉根を下げた。
もしかしたら、もっとスマートな勝ち方があったのかもしれない。
後ろにいるミーシャに不安そうな顔させず、一瞬で目の前の脅威を取り除ける方法が……。
いや、きっとあったんだろうな。
自分が今やっていることは作戦として二流、いや三流以下のくそみたいな代物なんじゃないかという不安が無制限に湧き上がってくる。
……集中しろ。今すぐレベルアップできるわけじゃないんだ。
『こんな自分』のままでもいいから、ミーシャだけはぜったい守れ!
「……フーっ……フーっ……!」
瞳が二度と閉じなくなりそうなくらい目を見開いて、敵が現れる瞬間を待ち続ける。
これだけの冷気だ。そう長くは耐えられまい。
やるかやられるかの瞬間は、加速度的に近づいてきてる。
そこでふと、敵が襲い掛かってきたときにどう知覚するのか、考えていなかったことに気が付いた。
馬鹿か俺は!! と震える歯を食いしばりながら急いで自分の周囲に風の流れを生み出し、さらにそれを探知魔法と連結させて侵入者を感知するシステムを構築。
そして即席の探知網を展開したわずか数秒後――
獲物が、かかった。
「――食らえ!!」
鈍器にもなる世界樹の小枝に、さらに風をまとわせて非殺傷性のハンマーを形成。
それを思い切り、横に振りぬいた。
「なっ……」
……目の前に浮かんでいたはずのドワーフの姿が、煙のようにゆらぎ、
そのぼやけた輪郭の向こうから、本物が突進してくる。
幻!? そんな技まで!?
まさかの空振りに体勢を崩し、視界の端で、展開されていた魔力障壁が崩れていくのを目の当たりにした。
「シン!!」
後ろから届くミーシャの声。
しかし、もう遅かった。
たった、一呼吸。
そのわずかな遅れだけで『負け』だと確信した。
「……ちくしょう……!」
「おでの、勝ち」
にやり、と、仰々しく笑うそいつが――……
――次の瞬間には、見たことのある獣人に銃口を突きつけられていた。
「……は……?」
「チェックメイト」
バヂッ、と、そいつの首筋に鋭い電撃音が走り。
わずかに痙攣したあと、呆気なく沈黙する。
俺は信じられない気持ちで杖を下ろしながら、目の前の獣人を見上げた。
彼は以前のように毛むくじゃらの手で帽子を直しながら、ゆっくりと白い息を吐き出した。
「やれやれ、忘れ物を届けに来たっていうのに、
ずいぶん物騒な目に合っているじゃないですか」
「――バファ!!」
突然の再会に情緒が混乱しそうになる。
『なんでこんなところに』、『助かった』、『電撃を撃ち出す機工武器なのか?』などなど……。
ただ、とにかく、命が助かったことは事実らしい。
緊張しっぱなしだった全身から、途端に力が抜けていくのを実感した。
「……とりあえず、この冷気を止めてくれやせんか。
ぼくには少し寒すぎるのでねえ」
大きく身震いしながら口を開くバファを見て、俺は思い出したように魔法を停止。ついでに軽い火魔法を広げて元の気温に戻していった。
「どうも」と帽子を軽くかかげる彼に、とりあえずお礼を言うことにする。
「ありがとう、助かったよ」
「いえ、いいんですよ。これも何かの縁ですしねえ。
それより、これを忘れたのは君たちでしょう」
そう言って彼が取り出したのは、金貨がジャラジャラ詰まった財布袋だった。
精霊王国を出るときにもらった旅の資金だ。
なんでバファが? と思っていると「あ!」と声を上げたミーシャが、自分の持ち物を確かめる。
彼女が忘れたものだったらしい。
バファはそれを返して「次は忘れないように」と伝えていた。
それなりにショックだったのか、落ち込んでいるミーシャの姿が珍しく映った。
……ふとそこで、俺はバファの全身の毛先が凍っているのを確認する。
いや、毛先どころか、その狼っぽい鼻先まで完全に凍り付いているじゃないか。
顔色も、剛毛の下なのでよく見ないと分からなかったが、前と比べたら明らかに蒼白だ。
も、もしかして俺の氷魔法で?
ていうか、いつからこの洞窟内にいたんだ……?
「……もしかして、バファも『潜伏系』ってやつなの……?」
「おや、よくご存じで」
凍った地面に突っ伏していたドワーフ男のほか、下っぱ三名を引きはがしながら、彼が答えた。
「ぼくらみたいなタイプはね、ああやって戦うしかないんすよ。
敵をだますには、まず味方からってやつです」
バファは運んできた盗賊たちを雑に落としてから、腰に備えていた機工武器を取り出して見せてくれた。
形状は現実世界でも見慣れたハンドガンタイプ。
実銃とは少し違って、どこか近未来的なデザインである。
凹の形の銃口に、回転するモーターらしきものが組み込まれた銃身。
さっきの銃撃音を聞くに、銃弾ではなく雷撃を食らわせる武器みたいだけど……どこで手に入れたんだろう。
高身長なバファに合わせてなのか、彼が持っているとそこまででかくは感じないが、正直俺とかが持ったら両手でも引き金を引けないくらいサイズの大きい銃だった。
ひょっとしたら
「こいつで隙を見て無力化するのが、一番楽なのでね。
部品が凍ったりしないか心配でしたが……ま、大丈夫でしょう。
ギリギリ君たちを助けられたことですし」
そう言って彼は自分の機工武器をホルスターにしまう。
「……シン。怪我はない?」
「え? ああ、俺は大丈夫。
ミーシャは……って言っても治癒魔法あるから自分で治せるのか。
やっぱり何でもない」
心配そうな顔で見上げてくる彼女に手のひらを向ける。
いらぬ心配だったと引き下がったが、それを見たバファがなぜか困惑していた。
「お嬢さん、もしかして教えてないんですか?」
「…………」
「……ん? どういうこと?」
「治癒魔法は、術者本人にはかけられないんですよ」
何気ないバファの言葉を頭の中でリピートした。
治癒魔法は、術者本人にはかけられない……。
…………え?
自分の傷を自分で癒すことができない。
それが治癒魔法の制約である、と、俺は改めて伝えられた。
「え、じゃあ……
……ミーシャがやられたら終わりだったじゃん……」
申し訳なさそうにうつむくミーシャが、ことさらに小さく見える。
どうしてこうも、あとになってから、自分がひどく危ない橋を渡っていたのだと気付くのだろうか。
先のドワーフ男との戦いも、こうしてたら良かったんじゃないか、ああしていたらもっと安全に勝てたんじゃないかという後悔が湧いてくる。
「ごめんね、心配、かけたくなかったんだ」
そう言って所在なげにうつむくミーシャ。
――その白い額に、強力なデコピンを食らわせてやった。
「いたぁッ!?」
「どうして黙ってたんだ! なにかあったらどうするんだよ!!」
涙目で見上げてくる彼女が、額を抑えながら抗議しようとしてくる。
「で、でも……!」
「でもじゃない!」
俺は今でも覚えているぞ。自分をここに導いたあの悪夢を。
ミーシャが血だまりを作りながら死んでいく場面を思い出すと寒気を覚える。
あれが現実になったら、なんて……想像したくもない。
「……いいか、ミーシャはここでバファに治癒魔法をかけてろ。
緋色のところには俺が行ってくるから」
「うう、はい……」
「それと――」
くるりと振り返って、念を押すように指を差した。
「……今度、俺にも治癒魔法を教えること。
いいね」
治癒魔法が術者本人にかけられないのなら、俺も習得すればいい。
縮こまったまま首を縦に振る彼女を確認してから、視線をバファのほうに向けた。
「バファ、悪いけどミーシャのこと頼めるか?」
「……ま、いいでしょう。
乗りかかった舟です。任されやしたよ」
「貸し
足元は氷だか水だかよく分からない状態で濡れていて、一歩進むたびにスニーカーが見る見るうちに浸水していく。
落ち着いたらまた生活魔法かけないとな、と思いつつぐしょぐしょの靴を踏みしめて外に出た。
あれ、外こんなに暑かったっけ、と思いつつ、なにか変な感じがする腹をさすりながらまぶしい太陽に目を細めた。
急激な寒暖差で身体がびっくりしているようで、肌に触れる森の生温かさがなんとも言えない。
妙なけだるさを感じつつ、さてあいつは無事かな、と周囲を見渡し、何やら戦闘音っぽい騒々しさが聞こえる方角へ足を向ける。
……そろそろ近いはずだけど……
と思いながら木の影からのぞき込んでみると、
全身から何本も矢を生やした血だらけの緋色が現れた。
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