第26話 捕縛
「……二人とも、大丈夫か?」
麻痺毒による気怠さが残った状態で、かろうじて喉から言葉をひねり出す。
舌先にまで影響があるのか、呂律があんまりちゃんと回っていない自分の声に驚いた。
それでも、ちゃんと仲間には伝わったらしい。
少ししてから、かすれた澄んだ声が届いてきた。
「私は平気だよ。身体はあんまり動かせないけど……」
「……緋色は?」
俺は暗い視界の中で、反対の方に首を向ける。
「……矢が刺さったところが痛むわ。
ミーシャ、治癒魔法って使えないのよね?」
「ごめんね……手首さえ自由になれば治してあげられるんだけど……」
申し訳なさそうに話す彼女の声がそのまま暗がりに溶け込んでいった。
盗賊団に捕らえられた俺たちは、やつらのねぐらなのであろう洞窟の中に移動させられていた。
冷たく湿った岩壁の向こうから騒がしいしゃべり声が反響してきて、連中が酒を飲んでいるのが分かった。
耳を澄まして、やつらの会話を聞き取ろうとする……。
……今回の『奴隷狩り』は上々だな。
見たか? あいつらが持ってた武器。すげえぜ、ブランド物の機工武器だ。
杖の方はよく分からねえけど、そっちも品質が良いのは確かだったぞ。
売るのももったいねーし……。
そうだ、デルタ帝国に戻ったら魔法使えるやつを探すか!
……などと、品のない笑い声とともに話すやつらの声に肩を縮ませつつ。
俺は首を上に傾けた。
天井には、人為的か天然かは不明だがいくつかの穴が穿たれており、そこから差し込む斜光と立ち昇るたき火の煙とが交差していた。
探知魔法で調べてみると、どうやらここはかなり広い空間みたいで、入るときの狭い通路を除けば大広間のようなスペースが一つあるだけの殺風景な洞窟だった。
自分たちはその巨大な洞窟内の、すみの方に鎮座した大岩の影に縛られているようだ。
これくらいの高さなら立ち上がれれば連中の様子を確認できそうだが、覗き見るのがちょっと怖い。
うっかりバレて袋叩きにされるイメージがありありと脳内に浮かんだので探知魔法の使用に留めておいた。
縄でぐるぐる巻きにされた全身をよじって座り直す。
尻が冷たい。暗い洞窟内でむき出しにされたままの地面は体にぜんぜん優しくないのだ。
というかそれ以前に、ここまで引きずられたときに付着したのであろう冷たい泥が縄の内側で衣服を汚しているのがどうも不快だった。
「……どうするのよ。
まさかこのままおとなしくしてるつもりじゃないでしょうね」
「当たり前だろ! だってあいつら奴隷にするとか言ってたんだぞ。
絶対ヤバいに決まってるじゃん!」
「ていうか、声出しても平気なの? あいつらに聞こえたりしない?」
「小声だったら平気だと思うよ……。
……あのドワーフの人が隠れて聞いてたら大変かもしれないけど」
そうだ、あの姿が消せるドワーフがいたんだった。
縛られた状態で探知魔法を起動し、例の五人目の姿を確認しようとする。
しかし、映らない。
まだ近くにはいるはずだが、やはり探知魔法では看破できないようだった。
つーか、「
こっちの世界には姿を消す技術があるのか? 聞いてないぞ。
それだけじゃない、弓使いの男も厄介だ。
緋色の闘気でも防げない矢なんてどうなってんだ。
この三人でいちばん戦闘肌な緋色がやられるかもと考えると、どうも動きづらい。
あいつとドワーフ野郎が問題だな……。
ほかの存在感の薄い下っ端三人はなんとかなりそう、か?
でも油断してると足元すくわれるかもしれないし……うわどうやって切り抜けよう……などと考えていると。
突然、弓使いの男が顔をのぞかせてきた。
やべ、聞かれたかも。
ひやりとしながらそいつを見上げた。
「――どうやら、口は利けるようになったみたいですね」
「はは、なんのことやら」
「しゃべれてるじゃないですか」
そいつは片手に持ってきていた小さな木の椅子を置いて、そこに座ろうとする。
しかし岩盤上のわずかな起伏で椅子がなかなか安定しなかったらしく、
結局、立ったままで「ああ、そうそう」と思い出したように話し始めた。
「抵抗はしない方がいいですよ。
いくら魔術師でも腕さえ封じれば何もできないのは知っていますからね」
えっそうなの?
でも、こんなぐるぐる巻きの状態でも俺、探知魔法使えてるぞ……?
ひょっとしてこれは付け入る隙があるんじゃないかと希望を持ちつつ、表情だけは変えないように苦心した。
「それと、そっちの闘気持ってる娘も。
その縄だけは特別製なので無駄なことはしないように」
「……どうりでびくともしないわけだわ」
緋色が悔しそうに歯嚙みする。
そっちの対策もあるんか……。
……あれ、これって俺がどうにかするしかないんじゃね?
ミーシャも魔法使えないっぽいし……。
マジか……緋色だったらよかったのに……。
とにかく、まずは大人しく話を聞くことにしよう。
今すぐ命まで取られるわけじゃないっぽいし、タイミングを見て縄を焼くなりなんなりすればチャンスはあるはずだ。
「さて、さっそくですけど今後のことを話しましょうか。
君らはこれから、『奴隷』としてデルタ帝国に売られていくことになります」
三人で一斉に顔をしかめた。
「向こうでやる仕事は、まあ客にもよりますが、男はだいたい魔石鉱山行き。
女は……まあ言わなくても分かりますよね。
でも、自暴自棄になっちゃいけない。向こうにもそれなりの人生がありますから。
運よく羽振りのいい主人に買われて、働きが認められれば、
まともに食っていけるだけの生活は保障されるかもしれません」
「もし逆らったら?」
「死にます」
いやひどすぎんか。
ここまでストレートに言われると逆に笑いがこみあげてくる。
ていうかこの世界の盗賊ってこんな丁寧に今後のこと話してくれるもんなんだろうか。思ってたのと違うもんだな。クズなのに変わりはないけど。
「ふざけんじゃないわよ。こっちにだって人生があるのに。
ていうか何でアンタこんなことしてんのよ。
もっとマシな仕事でも見つけなさいよ」
口答えしたのは緋色だ。
縛られているのもお構いなしに、果敢に反抗を試みている。
「生意気な口をきく娘だな。黙っておとなしくしてろよ」
「なによ、やるつもり?
言っとくけど、あたしはこのまま負ける気なんてないわよ。
あんたみたいな、コソコソ隠れて悪いこと考えてるようなやつには特にね」
ピクリ、とそいつが反応するのを見た。
お、おい、その辺にしといたほうが……。
「こうやって人を傷つけて、あげく人生まで狂わせるようなやつが野放しにされていいはずがないわ。
誰かを傷つけるような生き方なんて、ぜったい長くは続かない!」
「――だが私の心は死なずに済む!!」
置物と化していた椅子が、派手な音を立てて張り飛ばされた。
ガラ、ガラン! という怒りのにじんだ空しい音が、洞窟内にこだまする。
そいつはひるんだ緋色の胸倉をつかみ、縛られたままの彼女をわずかに持ち上げた。
「……お前たち、どっかいいとこの出なんだろう? うん?
身なりがきれいだもんなあ……?
きっと、不自由のない暮らし送ってたんだろう? え?」
ずい、と緋色に顔を近づける男。
殺意を抑えきれていない無表情の瞳を向け、
抑揚の消えた低い声で彼女を威圧していた。
「生まれながらに力のないやつは努力でのし上がるしかねえんだよ。
それさえ許されないならこの世界なんてカスだ、守る価値も無い。
オレはオレだけのための人生を送って見せる。
その過程で他人がどれだけ地獄に落ちようが知ったこっちゃねえよ」
そいつはしばらく無言で緋色をにらみつけたあと、気持ちを落ち着かせるように髪を整えだす。
「……つぎ口答えしたら殺す、いいな」
荒ぶった呼吸を収めて倒れた椅子を拾い上げる弓使いの男。
丁寧な口調が剝がれれば、他の荒くれ者たちと同じなんだなと他人事のように考えている自分がいた。
「どうしたんだよ
大岩の影から新たに顔をのぞかせてきたのは、下っ端の一人だ。
ひげがぼうぼうで、ずいぶん悪そうな人相をしている。
何も知らずに見たらこっちの方がリーダーだと思ってしまいそうだ。
「いえ……なんでもありませんよ。ええ、まったく問題ありません」
「へっ、その様子だとこいつらに言い返されちまったか?
そういうときはな、別に言葉で勝つ必要はねえ。
ガキいたぶって気分良くなりゃいいんだよ。
弱いものイジメは良いクスリになるだろ?」
大岩の影が、明るく照らされる。
その濃い人相の盗賊はどうやら光源を手に持ってきていたようだ。
ちょっと薄暗い程度だった岩陰が、オレンジ色に染まっていた。
たいまつを掲げてにじり寄ってきたそいつは、俺たち――というかミーシャと緋色の二人の顔をまじまじと見つめ始めた。
「よく見りゃあこいつら、小娘にしちゃずいぶんな上玉じゃねーか。
……ただいたぶるだけじゃもったいねえなあ……」
気持ちの悪い笑みを浮かべて品定めをしている男。
いや、まだ我慢だ。
弓使いの男もいるし、ここで騒ぎになったら絶対やばいことになる。
どうにか隙を見出して、早いとこ逃げ出さないと……
……と、そこで、人相の悪いそいつが
カチャカチャと腰のベルトを外しはじめたのを見た。
「どれ、ちょっと味見して……ぐっはあ!?」
「あ、やべ」
気が付いたらこぶしに風力をまとって振りぬいていた。
風というよりはほとんど衝撃波に近いそれを食らったひげ面の盗賊は、弓使いの男の横をかすめて背中から岩壁に激突。
きれいな大の字を壁に描いた直後、冷たい地面に倒れ伏した。
「シン!?」
「ごめん、ちょっと我慢できなくて……」
「やるじゃない慎也! あたしの縄も切ってちょうだい!」
「――脱走だ!!」
こめかみに青筋を立てて叫んだ弓使いの怒号に焦りながら、二人の縄を解く。
もたもたしてられないので小っちゃい魔導剣を出して強引に切った。
飛び出そうとする緋色を制止したミーシャが彼女の傷口に治癒魔法を施し、
その間に俺は適当に魔法を連発しながら躍り出た。
放ったのはぶっつけ本番で生成した氷の槍。
使い慣れた魔法でなかったのは、こんな状況下でも色んな魔法使ってみたい気持ちに抗えなかったからだ。
弱めて撃ってるから当たっても死なないはず。たぶん。
洞窟内で立て続けに氷のオブジェが立ち並び、やつらの飲んでいた酒が凍って、中心部のたき火が火を細めだす。
「ちっ……クソが!」
と、氷で転倒した下っ端の一人から投げナイフが放たれた。
洞窟内に差しこむ斜光で反射した刃物が、瞬間移動みたいな速度で迫ってくる。
やっべ……避けれね……!
本能的に腕をかざして身を守ろうとした途端――。
「――『
視界外から青い巨剣が現れた。
キン! と響く甲高い金属音。
ミーシャの魔導剣だ!
ということは……!
振り返ろうとした瞬間――脇からものすごいスピードで赤い影が飛びだしていった。
彼女は、俺が凍らせた地面などものともせず、むしろ氷を踏み砕く勢いで加速。
導線上にいた最後の下っぱを殴り飛ばし、背中を向けていた弓使いの男めがけて拳を振り下ろした。
しかし勘が良いのか、後ろを向くこともなく避け切る弓使い。
降り抜かれた緋色の拳が、雑多な道具類をばきりと砕く音がこちらにも届いてきた。
「――しまった、毒矢が!」
「あら、ラッキー」
嬉しそうな声を上げた緋色が、回転蹴りで追撃。
そいつは軽い身のこなしで攻撃を避け――どうやら近くに予備があったらしい――死角から矢筒を取り出して背中に構えていた。
「くっ……!」
「ん……この杖は……
慎也! これあんたのでしょ!?」
と、そこで緋色が見慣れた杖を掲げた。
世界樹の小枝だ。そんなとこにあったのか。
彼女に放られた愛用の杖をよろめきながら受け止め、その予想外の重さに本物だと確信。
手のひらに馴染む自分の相棒をさすり、傷とかないか確認した。
……さっきの緋色の拳で砕けてたりしてないよな?
……大丈夫そうだ、ああ良かった。
「これで形勢逆転ね」
ふふん、緋色が得意そうに微笑んだ。
見れば彼女もすでに、自分の機工斧を手にしている。
ミーシャはそもそも武器を持っていなかったので変わらず手ぶらだが、
代わりに圧倒的な存在感を放つ魔導剣がそばに佇んでいた。
弓使いは武器を取り戻した俺たちと、散らばって気絶した下っぱ全員を見て、
悔しそうに歯を噛んだ。
三対一。
……いや……まだもう一人残っていたな。
「――ビョーンハイブ! いつまで穴ぐら掘ってるんですか!」
弓使いが声を荒げた途端、その背後のずいぶんといびつなトンネルの奥から、おぼろげな光が近づいてくる。
間もなく、欠けたつるはしを担ぎ、ランプを片手に現れたのは、ずんぐりむっくりとした体型の汚いドワーフだ。
煤だか炭だかよく分からない黒い汚れを顔面のいたるところにくっつけたそいつは、まん丸の両目をぎょろぎょろと回して、口を開いた。
「……あり? 他の、やつらは?」
「もうやられましたよ!! 私たち二人だけだ!!」
やつは状況を飲み込めなかったのかしばらく立ち尽くした……かと思いきや、突然ハッとしたようにランプとつるはしを放り投げ、煤けた頬に冷や汗を流しながら腰の短剣を引き抜いた。
「シン……あの短剣、毒が塗ってあるんだよね」
「ああ、かすったりしてもアウトだ。
油断するなよ緋色。
こっちはあの二人に全滅させられたんだから」
ふん、と鼻を鳴らして機工斧を構える緋色。
「あたしはあの弓野郎を始末するわ……!」と殺気立っている。
やがて、奥からどてどてと走り寄ってきたドワーフが、自分のボスを横目で見上げた。
「おでたち、負けたら、罪人になる」
「分かってますよそれくらい……!
くそっ!」
リーダー格の男が、大きく弓を引き絞った。
「邪悪だの、なんだのと……勝手に決められてたまるか!!
その生意気な口を! 二度ときけないように痛めつけてあげますよ!!」
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