第23話 将来は

 馬車に揺られながら、隣で緋色ががちゃがちゃと機工斧をいじくりまわしているのを眺めた。


 彼女はどうやら斧だけでなく散弾銃としての機能も使えるようにしたいらしい。


 映画やゲームくらいでしか銃を知らない俺からするとただ構えて引き金を引くだけでいいんじゃないかと思ってしまうが、もっと複雑な操作が必要になるようだ。

 実際この武器は変形機能までついているし……俺たちが想像していたよりも単純にはできていないのかもしれない。

 自分ごときが口を出したところできっと力にはなれないだろう。


 が、そんなことよりも。


 俺は向かい側に座る青い髪の少女に目を向ける。


 ミーシャは、荷馬車のへりに寄りかかって外を眺めていた。


 白い天幕の切れ間から後方の景色をぼんやりと見つめるその横顔を見て、本日何度目になるか分からない動揺が湧いてくるのを感じた。


 ……き、気まず……っ!




 思い出されるのは昨夜の出来事。


 ミーシャもミーシャで昨日のことなんてまるで無かったかのように自然に振舞うもんだから、もう、どんな顔してればいいのかまるで分からない。


 いつもなら別に沈黙なんて気にもならないはずだが、今回ばかりは例外だった。


 あれはなんだったんだ? 夢なんかじゃなかったよな?


 件の本人がこんな、何も無かったかのような顔をずっとしているせいか、なんだか動揺している俺のほうがおかしいんじゃないかとさえ思えてくる。


 もしかして、本当にただの夢だったのか……?

 と、半ばショックになりかけていると……


 俺はふと、気づいた。


 ――彼女の横顔の、その青い髪の隙間から見える耳が、信じられないくらい真っ赤っかになっている……。


「……」


 俺はごく自然な風を装って口元をおさえた。

 え、マジ?

 やっぱりさすがのミーシャも昨日のこと恥ずかしいとか思ってたりする、のか……?


 しかしいまこの瞬間にそれを直接問うわけにはいかない。

 ここにいるやつらに知られたくないし、というか知られたら何かが終わる気がする。真相は闇の中だ……。


 でも急に、ミーシャのぼんやりした目がぐるぐる状にデフォルメされてるようにしか見えなくなってきて、たまらず俺は緋色に話を振った。


「緋色、どうだ? 何か分かったか?」

「ううん……全然。

 困ったわね、この武器選ばなきゃよかったかも」


 胸の内の動揺を必死に隠しながら、なんでもないように話し続ける。


 幸い、緋色はこちらに視線を向けることもなかったので動揺がバレることはなかったようだ。


 彼女は諦めたように機工斧を縮ませ、ガキンと無骨な金属音を響かせる。

 すると、眠っていたはずのバファがあくびを浮かべながら帽子をつまみ上げた。


「……どうしたんです、さっきから。

 ずいぶんがちゃがちゃとやっているみたいですが」

「別に。この機工武器の使い方を調べてただけよ」

「ふぅん……どれ、ちょっとぼくに見せてくれやせんか。

 ぼくも似たような武器を使ってるんでね。力になれるかもしれません」


 バファはそう言って腰のホルスターをさらけ出した。

 革っぽいその素材の内側には、機工世界では見慣れた拳銃型の機工武器が収められている。


 そうだ、彼なら分かるかもしれないじゃないか。


 村で彼の武器を探し出したときのことを思い出す。

 バファも機工武器の使い手みたいだし、これ以上ないほど適任である。


 何より、動揺をごまかすのにちょうどいいチャンスだ。


 俺はさっそく緋色に説得を試みることにした。


「緋色、試してみよう。これも何かの縁じゃないか」

「ええ……? でもあいつなんかうさんくさいし……」

「そんなこと言わずにさ。緋色だってその機能を使えるようになりたいんだろ?」

「う……分かったわよ」


 こちらからの説得に根負けしたのか、緋色はしぶしぶといった様子で機工斧をバファに差し出す。


 どうも、と機工斧を受け取ったバファはその重さに驚嘆の声を上げつつ、

 様々な角度から部品をチェックし始めた。


「……ずいぶんと品質の良い機工武器ですねぇ。

 収納特化の魔石による弾薬補充システムに、作り手はあのヤマムラ工房……。

 型番は、最上級の部品を組み込んだことで有名なS-3393型。

 こりゃあどっかの国の宝物庫に入っててもおかしくないレベルだ」


 うおお、そこまで分かるのか。

 まさか俺たちの素性バレたりしないよな……? と内心ヒヤヒヤしながら様子を見守る。


 バファは斧がついた銃口をちゃんと外に向けてひっかけながら、ひざに乗せた機工斧をいじくりまわしている。


 持ち手をスライドさせる、何かのボタンを押す、内部の構造に目をのぞかせる、などなど……。やはりかなり手慣れているように見えた。


「ふむ……これをこうするのか……。

 なるほど、分かりましたよ。

 それじゃヒイロくん、今から使い方教えますんで覚えてくださいよ」

「わ、わかったわ」


 それから、バファによる機工武器の指導が始まった。


 最初のほうは俺も聞いていたが、途中から「俺居なくてもよくね?」と思ってしまったので、さりげなくそばを離れる。


 ついでに外を眺めていたミーシャもこっちに来た。銃口がすぐ近くにあったので避難してきたらしい。


 何か話そうかと思ったが、彼女の耳が変わらず真っ赤っかなのに気付いてしまったので何も話せなかった。この触れそうで触れない距離感が非常に悩ましい。


 そしてそれからすぐに、外に向かって構えられていた機工斧の先端部から、

 ダァン! と耳を塞ぎたくなるほど大きな炸裂音が響きわたった。


「うん、やっぱり中身は散弾でしたねえ。

 こんな手順で弾撃てるんですよ。覚えました?」

「え、ええ……」


 耳鳴りに視界を揺らしながら、二人に視線を移した。


 緋色は、心ここにあらず、といった様子で機工斧を見つめている。

 返事に珍しく覇気がないな、発砲音のデカさに圧倒されたんだろうか。


 そう思いながら、三日月状の分厚い刃で支えられた筒先から硝煙が天に向かって昇っていくのを眺めていると……突然バファが、音もなく口を開いた。


「――怖いでしょう。銃撃つの」


 急に、バファのまとう空気感が鋭くなった気がして、頭が冷えたように鮮明になった。


「その恐怖だけは忘れず覚えておきなさい。

 君がいま手にしているのは指先ひとつ動かすだけで簡単に命を奪える代物です。

 技術もへったくれもない。

 操作を知らない、あるいはただ間違えたってだけで容易く仲間を殺せちまいます」


 機工斧を下に向けたまま固まっていた緋色の眼が、かすかにこちらへ向けられた気がした。

 花火をやったときと同じ、鼻をつくような火薬のにおいが遅れてこちらの方にも届いてくる。


「いいですか、『君が傷つけたくないものに力を向けるな』、これが鉄則です。

 それさえ忘れなければ、君はきっとよい使い手になる」


 バファの言葉が、脳内で繰り返しリピートされていく……。


 俺だってミーシャに魔力を分けてもらって、魔法とかも使えるようになったけど……生き物をバターみたいに切り裂けた魔導剣だって手元が狂えば別の誰かに当たっていたかもしれない。


 もしその時、間違えてミーシャを傷つけたら……。


 心臓がキュッと締め付けられた。

 も、もう少しちゃんと魔法練習しよ。


「な、何よ、えらそうに…………」


 翻って、話を向けられていた緋色は不満げに顔をそらした。


 どこか居心地が悪そうにしながらも、返された機工斧を窮屈そうに抱えている。

 それでも銃口だけは安全な方向に向けるよう意識しているのが、はたから見てもすぐに分かった。

 バファはそれ以上何も言おうとはしなかった。




 それきり馬車の中には沈黙が訪れた。


 気まずい空気が立ち込めるなかで、俺は魔法の練度を上げることにした。


 探知魔法で周囲に目を光らせつつ、さらに広範囲に、正確に魔力を広げていく。

 乗っている馬車自体が移動しているので、位置調整なんかの良い訓練にもなりそうだった。本当だったら攻撃魔法なんかを練習したかったが今はちょっと無理かもしれないと思ったのでやめておいた。


「……ねえ……これ弾数とかあるんじゃないの?

 教えなさいよ」


 と、そこでとつぜん誰かが口を開く。


 声の主は緋色だった。


 彼女は、バファに向かって質問していた。


「……!

 ええ、もちろんいいですよ。

 内部に、銃弾を補充するための特殊な魔石があるはずです。

 それを確認しなきゃならんので、まずは分解の手順を――」


 バファは面食らいながらも、緋色の質問にゆっくりと答え始める。


 二人がずいぶんと高低差のある肩を並べて機工斧をいじっているのを眺めていると、ミーシャが隣ににじり寄ってくる気配を感じた。


「……ヒイロちゃんはすごいね。

 自分の知りたいことを他人に聞くって、なかなかできないことだよ」


 ふふ、とくすぐったそうに笑うミーシャ。


 俺は心の中で緋色に感謝した。

 なんだかんだでミーシャとの気まずい空気も解消されたようで、ちょっと嬉しくなった。


「ああ……あいつなら、本当にどこでも生きていけるのかもなあ……」


 そういえば出会った当初から幻想世界に移るつもりでいたことを思い出し、

 ふと俺は彼女に疑問を投げかけた。


「緋色、ちょっと聞いていいか?」

「何よ」

「前に、幻想世界に移り住みたいって言ってたよな。

 あの気持ちっていまも変わらないのか?」

「もちろんよ」


 即答だった。


「でも、一度は機工世界に戻るだろ?

 そのあとはどうするつもりだったんだ?」

「なんで戻ることが前提なのよ?」

「え?」


 呆気にとられた俺を見て、彼女はふん、と鼻を鳴らした。


「あたしにとっちゃ、機工世界は鳥籠とりかごと同じなの。

 あんな不自由なところから抜け出したい一心でこっちの世界に来たのよ?

 ゲートまで一緒に行ったあとは、あたしの好きにさせてもらうわ」


 ……どうやら、本気でこちらの世界に残るつもりらしい。


 ゲートまで、か……まあ、確かに、機工世界まで行ってしまえば『ミーシャを歌優月のところに送り届ける』という目標はほぼ達成したも同然だ。


 彼に会いさえすれば、このミルカヴィル精霊王国王女殿下の身の安全は確保されるし、そのあとの闇の軍勢への対応策も考えやすい。


 この旅は、ゲートを通って機工世界に戻るまでがゴールだ。


 なら、そのゴール直前で別れるというのが、彼女にとっては一番良いタイミングなのかもしれない。


「向こうに未練は……なんて言っても変わんないか」

「当然よ。

 学校じゃいじめられるし……親ともうまくやっていけそうにないんだもの。

 だったら、こっちの世界で一人ででも生きてったほうがマシでしょ」


 えっ、緋色いじめられてたの? 

 うそでしょ? こんな強いのに。


 にわかには信じがたいが、嘘を言ってるふうでもなかったので何も言えなかった。


 でも……そうか……そうだよな。


 こっちの世界も、魅力的だもんなあ……。


 …………。




「――もしかしたら俺も仲間に入れてもらうことになるかも」


 ぼそりとつぶやいた自分の言葉にハッとして視線を上げると、


 緋色がみるみるうちに顔を明るくさせていった。


「ほんと!?」

「や、でも、ミーシャの一件が片付いてからだ!」


 俺の言葉など目にもくれず、うずうずと、居ても立っても居られないという様子で立ち上がった緋色は、揺れる荷馬車で器用にバランスを保ちながら歩き回り、そしてきらきらとした瞳を近づけてきた。


「ねえ、私たちで冒険者ってヤツになってみましょうよ!」

「冒険者?」

「ええ! あんたも知ってるでしょ?

 魔物や賞金首と戦って稼ぐのよ!!」


 俺が……冒険者だって?


 ――なにか安っぽい冒険者カードを首からぶら下げて、依頼を受注しては武器を手に外へ繰り出す毎日を送る自分の姿が思い浮かんだ。


「はは、それも悪くないかもな」

「でしょ!?

 ミーシャも、事が済んだら王宮なんか抜け出して一緒に冒険しましょうよ!」

「で、でも私はたぶんやることが……!」

「二日や三日くらい、どうってことないでしょ!

 あたしが迎えに行ってあげるから!」


 ――いやあ、若いですねえ、とバファがにやにや笑った。


 ミーシャは完全に押され気味のようだった。目をぐるぐる状にしながら、それでもやはり緋色の提案に魅力を感じてしまうのか、背けた顔でほとんど首を縦に振りかけていた。


 そういえば俺がミーシャに再び会いに行こうか迷っているときに、ぶん殴ってでも連れだしてくれたのは緋色だったんだよな。


 今までに何度も俺が想像もしなかった場所に向かって引っ張ってくれた彼女に、気が付けば口を開いている自分がいた。


「緋色……お前がいてくれて良かったよ」


 割と本心からそう伝えると、彼女はすぐ少年のようにニッと笑って「いつか倍にして返しなさいよ?」と胸を叩いてきたのだった。

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