第20話 人助け
まだ日も出ていないうちから、村人たちがポツリポツリと外に出てくる。
どうやら畑に向かうようだ。農業を営んでいる人たちはみんな早起きなんだなと思いながら、木窓にひじをついてあくびを漏らした。
今日の予定はなんだったか。
そうだ、乗合馬車でもっと大きい街に向かうんだったっけ。
でもまだ約束の時間には早すぎるし、せっかくならもうひと眠りでもしようかとぼんやりしていると、ふと、違和感を覚えた。
「ん……この二人は何をしてるんだ?」
見えているのは、色鮮やかな村の景色ではなく、白黒の世界での情景だ。
自前の探知魔法に何かが引っかかったのである。
習得したばかりのこの魔法、ヒマを見て使い続けたことでそれなりに練度が上がったのか、その効果範囲はすでに数十メートルにも及んでいる。
正直自分でもびっくりだった。
この村の規模なら昨日みたいに歩き回るだけでほとんどの範囲をカバーできるかもしれないが……今はその必要はないだろう。
言い争っているのは二人。
場所はここから三十メートルくらい先で、この部屋からじゃ直接は見えない位置である。
さすがに話してる内容までは把握できない。
が、片方のシルエットがどう見ても村人のそれではなかったので、好奇心で様子を見に行くことにした。
ベッドから降り、服についた藁くずを落としてから世界樹の小枝を手に取る。
杖を持った瞬間に探知魔法の精度が劇的に変わるのを実感した。
これを中継させると魔力の広げやすさが段違いである。
やっぱりこういう触媒って魔法使うときの手助けになるんだなと思いながら軽い扉を開け、床をきしませながら外に出た。
「――そろそろ返してくれませんかねえ、旦那。
ぼくにとっては大事なものなんですが」
「ダメだ! 獣人なんかにあの武器は不釣り合いだ!」
会話が聞こえてきた。
曲がり角からひょいと顔をのぞかせてみる。
片方は偏屈そうな顔をした老人で、ずいぶんと筋肉がついている。
眉間にしわを寄せているところを見るに意固地になっているのは老人の方だと理解する。
もう片方は――おお! 獣人だ。
直接見るのは初めてだ。
全身ふかふかの毛むくじゃらで、顔の骨格がオオカミ………
要するに獣のそれである。種族の特徴そのままだ。
背丈がかなり大きいがそこは個人差だろう。
手足も肉球で覆われてるのかと思いきや、人間のそれと同じ構造。
五本指の黒い手袋に、下はブーツを履いていた。
ちなみに男のようだった。
ケモ耳がついた半獣人の女の子とかじゃなかった……と心の片隅で残念に思いながら近づいていった。
「すいません。こんな朝早くからどうしたんですか?」
「おや、ご迷惑かけてすみませんねぇ、少年。
実はこちらの方に大事な武器を預けていたんですが……」
俺は世界樹の小枝を抱えながら背丈の高い狼男を見上げた。
長く使い込んでいそうな黒い帽子の下に隠れたタレ目は金色で、くせっ毛の髪がいたるところで跳ね回っている。
やはり種族的にはオオカミに由来しているのか、傾いた帽子から三角形の耳が片方だけ飛び出していた。
狼っぽいとはいえ、そのくだびれた雰囲気から凶暴さなどは特に感じない。
……自分にとって初となる獣人とのコンタクト。
意外と怖くは感じなかった。
もっと動物っぽいというか、眼球の位置とか関節の曲がり方とかが獣っぽいのを想像していたが、ぜんぜん。
むしろ感情の機微が分かりやすくて親しみやすい。
ただ単に毛むくじゃらなだけの普通の人間という感じがした。
「預けていた武器をね、どうも返してくれないんです」
「それはどうして?」
「だって、獣人にあれは使えないだろう!」
そこで村人のほうが声を荒げた。
「トッドの知り合いだというからちゃんとメンテナンスしておいたがね、
獣人だって聞いてたら引き受けなかった!
だってありえないじゃないか、獣人が機工武器を使いこなすなんて!」
へえ、機工武器か。
メンテナンスって単語も聞こえたし……この人は鍛冶職人なのか。
そういえば確かに筋肉がついているし、なんか親方っぽい風貌をしている。納得だ。
というかこの人、幻想世界の住人なのに機工武器をいじれるのか。すごいな。
腕のある人なんだろうか。
「きっと何か悪いことを企んでいるんだろう!
おれは獣人なんぞに手助けするのはごめんだ!
あの武器は返してやらない!」
だが、性格はかなり頑固なようだ。
どうしたものか。
もう首突っ込んじゃったし、今さら逃げられないしなあ……。
とりあえず説得を試みたが、努力むなしく、彼の態度が変わることはなかった。
「お前ら獣人なんて、さっさとおっ死んじまえばいいんだ!」
俺はムッとした。
その言い方は、なんか、気に食わないな。
「…………」
世界樹の小枝を握りしめ、探知魔法を再展開させる。
魔力を広げ、反転し、この近辺で武器になりそうなシルエットをしらみつぶしに探していく。
その辺の家の中まで探知を広げようかと思っていると、意外にもすぐそばに気になるものが見つかった。
屋外の、木柵の影に、まるで慌てて置かれたように箱が転がっている。
そしてその中にしまわれていた物品は、機工世界ではとても見慣れた武器種であった。
「すいません。預けていた武器って、もしかして銃ですか?」
「おや、どうして分かったんです?」
確定だ。
「見つかりました。取ってきますね」
「は?」
俺はスタスタと隠し場所へ歩き出した。
「お、おい、ちょっと待てお前!
待てって言って……熱っつ!?
あち、っなんで火が服に!?」
背中側についた炎を消そうと踊り回っている村人を横目に、世界樹の小枝を構えなおす。
物を隠すなんてせこいやつめ。
一回くらい痛い目みりゃいいんだ。
隠し場所まで歩いて十秒もかからなかった。
意外と近い位置に隠されてた木箱は簡単に見つけ出され、背丈の高い獣人の手に収まった。
「やっぱりどこの世界にも差別ってあるんですね。
はい、どうぞ」
「ありゃ。どうもご丁寧に……」
「それじゃ俺はこれで失礼します」
ぺこりと頭を下げて、世界樹の小枝をつきながらその場をあとにする。
獣人が呆けたように佇んでいる気配を感じつつ、宿へ帰っていく途中で俺は直感した。
いま……自分がものすごいドヤ顔になっていることを!
いいことした感もそうだし、魔法で相手を撃退するというささやかな夢が一つ叶ったのもうれしかった。ちょっと気持ちいい。
それに、こっちの世界にはスマホとか録音装置とかがないのだ。
好き勝手やってもあとで掘り返されないなら安心だぜぇ……と悪い笑みを噛み殺す。
……ん? でも燃えた服は元に戻らないんじゃ……。
………………。
ま、どうせすぐ村出ていくんだし、平気だろ!!
そうして、宿に戻り……
俺の部屋の前にしゃがみこんでいた緋色と目があった。
どうやら集合時間を過ぎてしまっていたらしく、恨めしそうに文句を垂れ流す彼女の隣で「あ、おかえり」とミーシャがパッと顔を明るくさせた。
俺はいったん部屋に入れてもらって、忘れ物がないのを確認して一階に移動。
先に朝食を食べていた二人の横に座り、自分の飯を口にかきこんだ。
そして、おそらくこれがチェックアウトになるのであろう、女将である面倒見のよさそうなおばちゃんに一言を告げて宿を出る。
そのまま西に向かい、乗合馬車の出発地へと急いだ。
――
停車場?の近辺にはすでに何人かが待機していた。
ほとんどは行商人か、もしくは旅人らしく、身一つで持ち運べる荷物の限界量を抱える者や、それとは反対に身軽なかっこうで景色を眺めている者と様々だった。
「間に合った」と安堵の息をつく女性陣二人の横で、俺は道ばたに寄せられた行商人の荷物に目を向けた。
いったい何を売りさばくんだろう……という好奇心が頭をもたげ、葛藤の末、後ろめたさを感じながら探知魔法で行商人たちの中身を見ることにした。
中身のほとんどは調味料。それも元の世界で見たことのあるやつばっかりだった。
加えて、おそらくはこの村で購入したのであろう野菜類がちらほら……。
干し物っぽいのもいくらか入っている。
それら物品が、型崩れしないように丁寧にしまわれ、皮袋を丸々と膨らませていた。
どうして調味料なんだろう。
もしかして持ち運びやすいからかな。粉末状のやつなら袋に入れるだけで済むし。
ある意味、行商にはうってつけの商品なのかもしれない。
……せっかくだからほかの人の荷物も見ちゃお、と悪い自分が顔を出したが、
その試みは失敗に終わった。
なんと、一部の皮袋は探知魔法を阻害したのだ。
広げた魔力が、水と油みたいにはじき返されるのを理解する。
た、対策されてるぅ……!
皮袋自体に効果があるのか、それともそういう魔法がかけられているのかは定かではないが、なんだか急に行商人の目線が怖くなってくる。
俺は汗がにじむ手のひらで世界樹の小枝を握りしめた。
このサイズだと隠せないしなあ……ああ、やっちったかも……バレませんように……。
「おーし馬車を出すぞ~。
行先は『ベルリーチェ』、『ベルリーチェ』だ。
乗るやつはいるか~?」
聞こえてきたのは、馬車の運転手――いや御者っていうんだろうか――の声だ。
ついさっきまで寝ていたのか、ずいぶんと気怠そうだ。
そんな彼の声に、各々で待機していた人たちが馬車のあたりににじり寄っていく。
「ベルリーチェ……って、なんか聞いたことあるような……」
「ちょっと、それくらいならあたしでも知ってるわよ?
魔石の生産地で有名なところじゃない」
「魔石? 魔石って……。
あー! 思い出した! あの魔石鉱があるベルリーチェか!」
俺の脳裏には雑誌で見たエアロバイクのシルエットが浮かんでいた。
あれに使われてる異世界産の風の魔石は、その街が産地だったはずだ。
「ふふふ、ベルリーチェは大きな街だから、
ゲートまでの道のりも整ってるはずだよ。
乗る馬車は決まったかな?」
そう言って列に並ぶミーシャ。
他にも乗客はいるみたいだし、なんか面白い出会いがあるかも、などと期待しながら彼女の後に続こうとした矢先に、背後から叫び声がした。
「あ、てめえ、さっきの小僧!」
「え」
振り返ると、そこには見たことのあるおじさんが立っていた。
筋肉のついた身体に、眉間にしわを寄せた頑固そうな――。
「あーーーー! さっきのせこい鍛冶職人!!」
「この小僧め! 俺は顔が広いんだ!
お前だけは乗合馬車に乗せてやらないぞ!」
「せっっっこ!!!」
冗談かと思ったが本気のようだった。
鍛冶職人のジジイが御者に何かを告げると、場の空気がよどんでいくのがはっきり分かった。
やばい、ひょっとしたら乗合馬車に乗れなくなるかもしれない。
「ちょっとあんた一体何しでかしたのよ!」と緋色にがくがく揺さぶられる中、俺は必死で弁明する。いや、弁明するも何も火魔法で害したことは事実なので何も言えなかった。
さらに強く揺さぶられ始めて命の危険を感じだす。待って、首が折れるかも……。
加えてミーシャが困ったように周りを見回している姿が揺れ動く視界に入ってきて、俺はいよいよ焦り始めた。
どうしよう、また歩きで向かう?
でも嫌だ……また何日もかけて歩くのは……怖い……筋肉痛が……。
「――お困りですかい、少年」
そこで唐突に、背後に気配を感じた。
後ろから長身をかがめてのぞき込んできたのは、オオカミ顔の獣人。
「あ、さっきの……」
「実はこっちに別の馬車があるんですがねぇ、
良かったら一緒に来ませんか?」
傾いた帽子の向こう側から、ウィンクを返してきた。
その獣人の先に立っていたのは、鍛冶職人とは別の、筋肉がついた男だ。
彼が馬車の所有者らしい。腕組みをして、じっと仁王立ちしている。
そんな彼を視界に収めたせこい鍛冶職人が、ハッとしたように息を溜め、怒鳴り散らした。
「トッド! てめえ獣人に肩入れする気か!」
「頭ン中が古臭せーんだよ頑固ジジイ!!
いつまでも鍛冶場に籠ってねえで、ちったあ外に出ろバーーーカ!!」
俺は吹き出しそうになった。
すごい! 大のおとなが小学生みたいな口喧嘩してる!
今までの人生で初めての光景にショックを通り越して感動を覚えた俺は
口から吹き出しそうになるのを必死でこらえていた。
「馬車はこっちですよ。
ささ、足を踏み外さないように。
そちらのお嬢様も、どうぞぼくの手につかまって」
「あら、お気遣いいただき感謝いたします」
「こんなの一人で昇れるわよ」
老人二人が派手に口喧嘩しているのをおとりに、馬車に乗り込む。
その最中に、近くにいたご婦人たちの会話が聞こえてきた。
「あら、またあの二人なの?」
「ほんとうに仲良しねえ。おかげで毎日が飽きないわ」
毎回あんななのかよ。
喧嘩するほど仲がいいとは聞くけど、それにしたってちょっと派手すぎやしないか。
や、でも、あれだけ当たり散らしても崩れない友人関係って考えたらそれはそれで理想的なのかもしれない。
「じゃーなあ、ダレル!!
また新しい機工武器仕入れてきてやっから、感謝して工房で待っとけ!!」
「いい加減いらねーもん持ってくんじゃねえ、トッド!
お前なんか行く先で魔物にでも食われちまええええ!!」
「はぁーーはっはっは!!」
そんな芝居劇みたいな笑い声とともに、俺たちはポロの農村をあとにした。
目の前に座る獣人の男が、愉快そうに笑っているのを視界に収めながら……。
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