第16話 黒騎士ダビデ、登場!

「貴様ら――特にその小僧と青い娘の二人だ。

 それほどの魔力量を持つ人物など、側近の護衛たちにもそういまい。

 ……さぞ貴重な戦力であろう。

 そんな人間が二人も、こんな離れたところで何をコソコソしている?」


 金縛りにあったかのように全身が動かない。

 腹の底から力を吸い取られるような恐怖心に、腰が抜けそうになる。

 見ればミーシャも、緋色すらも、目を見開いたまま固まっていた。


 ガシャリ、ガシャリと、足鎧で土を踏む音が近づいてくる。


「答えろ」


 ぬるりと、底冷えのするような闇色の剣先が首筋に触れた。


 刀身に反射した月の光が、死の色をまとって自分の瞳に映し出される。


 俺はまともに機能していない頭で打開策を考えながら、

 視界の端にその兜を捉えた。


 その時に、目が合ったのだろうか。


「む、貴様……」


 黒騎士が熊みたいな身体をかがめて、横からこちらを覗き込んできた。


「……貴様、名はなんという?」


 ……なんだ? 会ったことなんて無いはずだぞ。


 俺は、震える声で「深道、慎也」と素直に自分の名前を伝える。


 言葉にすらなっていないような小声だったが、やつは正確に聞き取ったらしい。

 すぐに名前を反復していた。


「フカドウ・シンヤ……ふむ……。

 ……貴様、弱者の目をしているな。

 内気で、不安で、絶えず恐怖に苛まれている……」


 蛇ににらまれた蛙。

 まさに、そんな気分だった。

 身動きのとれないまま一方的に自分の底を探られ、見透かされてるような……

 そんな寒気のするような威圧感が全身に覆いかぶさってくる。




「だが同時に……私には分かるぞ。

 その瞳の奥におぞましいほどの怒りを隠しているな」




 ピクリと、自分の中のなにかが反応した。

「何だって?」


 ……にわかに殺気のようなものが和らぎ、

 俺たちはようやく黒騎士ダビデと正面に向かい合うことが許された。


 緋色は思い出したように斧を構え、ミーシャを背に隠して警戒する。


 そんななかで俺は。


 俺だけは。


 黒騎士の兜の奥に垣間見えそうな瞳と、静かに向き合っていた。


「臆病なようでいて誰よりも攻撃的な獣としての本性が、

 貴様の中には眠っているな」

「…………」


 シン? と後ろからミーシャのか細い声が聞こえた気がする。


 世界の音が、遠のいていく。

 なにかが、かすかに揺らいでいた。


「貴様――『闇の軍勢』寄りの人間だな」


 にやり、と、見えないはずのダビデの顔を察知して。

 唐突に心の奥底に手を探り入れられたような気持ち悪さがこみあげてきた。


「は、離れろ!!」

「ははは、まだ早かったか!

 だが確信したぞ。貴様は私と同じ側だ。

 現状を変えるためなら周りにいる人間がどれだけ傷ついても構わない……。

 そう考えている男の眼だ」


 黒騎士は愉快そうに鎧を揺らし、笑っていた。


「貴様、やはり面白いな」


 俺はちらと後ろに視線を向ける。

 今なら逃げられるかもしれない。

 見たところこの黒騎士とやらは油断してるっぽいし、とにかくこの場から離れなければ。


 背後で、怯えと迷いを足して二で割ったような表情を浮かべている二人の、さらに後方。

 静寂に沈んだ街通りのさらに先まで、逃げれるか……?


「その未熟な命、少しばかり損なってやれば目覚めるかもしれぬ」


 ――何を。


 と言おうとした言葉は、かなわなかった。




 瞬きをして振り返った瞬間にはもう、


 やつの黒い刀身が鞭のように湾曲していた。




「――ッ、『つるぎよ、我に力を』!!」


 ミーシャの凛とした声音とともに、甲高い金属音が目の前で炸裂。


 視界を包んだ一瞬の閃光からようやく顔を上げると……


 そこには、宙に浮かぶ巨大な群青色の剣を背に立つミーシャの姿があった。


「ほう、『魔導剣』の上級だな。面白い」


「シン!! 構えて!

 逃げよう!!」


 世界樹の小枝で身体を支え、慌てて構える。




 ――見れば緋色は機工斧を握り、


 青い魔導剣は忠実なしもべのように術者ミーシャのそばに浮かび、


 そしてその奥で、尋常ならざる漆黒のオーラを発する黒騎士が立ちはだかっていた。




「臆病者が抱く憎悪ほど力強いものはない。

 貴様の本性……ここで目覚めさせてやろう!!」




 逃げないと。

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