第14話 新装備

「錆毒の短剣、斧型の機工武器、輝剣『レイズ』、糸縫いの弓矢……

 持ち出せたのは一部のみですが、どれも非常に強力な武器でございます。

 どうぞ、お好きなものを」

「お、おおう……」


 ずらりと並べられた装備品に目が釘付けになる。


 やばい、こういうのはちょっと興奮しちゃう。

 手に取ってみるとどれもかなりの重みを返してくる。

 本物だ。顔を近づけると無機質な金属臭が鼻をかすめてくる。


 感嘆の息とともに輝剣『レイズ』と呼ばれていた煌びやかな剣を眺めるが、ふと我に返った。


 遊びじゃないんだぞ。真剣に選べ。


 俺は頭を振って『レイズ』を風呂敷の上に戻す。

 このやたらと装飾が施された剣は無しだ。目立ちそうだし。

 弓矢も無しかな、使ったことがない。


 他のは……。


「じゃ、あたしはこれにするわ」


 先に手を伸ばしたのは緋色だ。早っ、もう選んだのか。


 その白い指に握られた武器に目を向ける。


 バカでかい手斧だった。

 しかもやたらと金属部品がつまった『機工武器』である。


 先端は三日月状の丸い刃で、人の身体を容易く両断できそうなくらいの大きさがあった。


「――斧型の機工武器ですね。リーチを伸ばすための変形機能がついています」

「どうやるのよ?」

「持ち手を滑らせればできますよ」


 緋色が持ち手である柄の部分をスライドさせると、ガキンと甲高い金属音を立ててかなりの勢いで柄が飛び出してロックされた。

 かなりリーチが長い。斧だけでなく槍としても使えるのではないだろうか。


 緋色は満足そうに眺めたあと、長斧形態になっているそれを手斧に戻そうとする。

 斧の先端近くから石突きのあたりまでを両腕いっぱいに広げて掴み、縮めようと力を加えている。

 少しの間、肩を開いて踏ん張っていたかと思ったら――闘気でも使ったのか――次の瞬間にはあっさりと手斧サイズに縮まった。


 ガチン! と金属音と火花が変形部から散ったのを見て俺はすこし興奮した。

 やだかっこいいその武器……ロマンじゃん……。


 伸ばせば長斧、縮めば手斧。

 シンプルな変形機能だが、使いやすそうだ。


「……ん?」

「ちょっと、なによ慎也」


 俺は斧の柄に目を凝らす。


『可変式散弾銃 斧型アックスタイプ S-3393』と日本語で銘打たれていた。


 可変式……散弾銃?


「これ……もしかしてショットガンの機能もついてるんじゃないか?」

「知らないわよそんなの。敵叩き切れれば十分よ」

「ええ……」


 や、でも闘気まとってるからいいのか……? 素でも強いし……。


 まあいいか、俺だって機工武器の構造に明るいわけじゃない。

 変にいじくって誤射でもしたら大変だから触れないでおこう。


 それより、早く自分も選ばなくては。

 後ろの方で斧がぶんぶん振り回されている音を耳にしつつ、本格的にうなり始める。


 何がいいだろう。何か活かせるものがいいよな。


 緋色みたいな闘気による高い身体能力とか俺にはないし、対応できる場面増やすって考えたら違う種類の武器選んだ方がいいだろうか。


 それこそ錆毒の短剣とか。

 搦め手使えると幅が利くかもしれないけど、でもなんかこう……違う気がするんだよな。


 俺は焦り始めた。やばいそろそろ決めないと。

 早めに出発した方が絶対いいだろうし、優柔不断だと思われるもの嫌だ。

 でも、やっぱ良いの選びたい……!


 頭を抱えそうになった時に、ふとある物の前で足が止まった。


「これは……?」

「『世界樹の小枝』です。使用者の魔力操作を助けてくれる大杖ですね」


 横にして置かれていたのは、いかにも古木の芸術品といった見た目の、巨大な杖。

 自分の身長よりも大きい。それこそ大魔法使いが使っていそうな物品だ。


 魔力操作という単語にピンと来た俺は、その杖を見下ろしながら青髪の王女様に話しかけた。


「ミーシャ。分けてもらった魔力だけど、それって少し使ってもいいの?」

「魔力? もちろんいいよ」


 自分の中で杖の順位が上がってきた。

 わずかな期待が湧いてくるのを感じつつ、そのデカい杖を持ち上げる。


 ――えっ、重!?


 腕だけじゃ持ち上がらない。

 肩に力を入れてようやく構えることができた。


 カツンと小刻みの良い音とともに杖を立たせ、渦巻き状に丸くねじれた先端を見上げる。

 こうして安定させてしまった後は、むしろ腕に伝わる重さが心地よく感じた。


 木材なのにこんな堅いのか。

 振り回したら簡単に人を撲殺できそうだ。


 ひょっとしたら魔力か何かでコーティングされてるのかもしれないけど……しかし、これは……もしかして本当にスゴい杖なんじゃないかと、俺は直感した。


 手触りはなめらかでありながら同時に滑りにくく、樹木の太い幹を思わせるような凸凹の突起がむしろ使用者に持ちやすいと感じさせる。


 予想していたよりもはるかに重いが、それでも、この手に掴んだ瞬間の「今までずっと使ってきた」感が半端じゃない。

 他の金属製の武器を持ったときの、あの体温が奪われていくようなしんどい冷たさがまるで無いのだ。

 手のひらから伝わった体温が、杖の内部を巡って舞い戻ってくる。


『この杖は生きている』、そんな錯覚さえ抱くほどだった。


 決まった。


「これにしよう」

「機工武器でなくてよろしいのですか?」

「俺は機工武器よりも魔法派なんだ」


 兵士の人が頭上にハテナマークを浮かべているのを尻目に、俺は自分の身長よりも高いその杖を抱きかかえた。


 世界樹の小枝は鉄の塊を振り下ろされても弾き返してしまいそうな頑健さがある。

 これなら安心できそうだ。


 俺は特に深い意味もなく杖をすりすりとさすって悦に浸った。

 ブランド物の高級品を買った人ってこういう感じなんだろうか。世界が少し広がった気がする。


「シン、こっち来て」


 見れば、緋色とミーシャは新しい上着を身に着けていた。


「シンに合いそうなの選んでたの。どう?」


 どうやら防具も貰えるようだった。

 特に服装にこだわりは無かったので、おすすめされた物をそのまま羽織ることにする。


 シャピアの街で買った安っぽい外套から深緑色のローブにチェンジだ。

 旅装用なのか丈が短く動きやすい。若干サイズは大きめだが、学生服の上に着るとちょうど良さそうだった。


 ローブに杖と、本当に大魔法使いになった気分である。

 ヒゲと帽子があればさらに完璧だったかもしれない。

 重めの袖に腕を通し、首の後ろをなぞって襟を正した。


 緋色は以前と同じような色合いの赤茶けたマント。

 目立ちやすそうだが、彼女の鮮やかな髪色と合わせるとむしろ良く似合っているのでこれくらいの方がいいかもしれない。

 マントの下は、暑かったのか、ブレザーが脱ぎ捨てられて白いシャツに変わっていた。


 ちなみにミーシャは全身をすっぽり覆うほどの青い外套だった。

 良い素材を使っているようだが街中に出ても目立ちすぎない程度に地味である。

 ご丁寧にフードまで付いているので身を隠すのに最適と言えるかもしれない。


 これで準備は整った。


 俺は改めて杖を握り、緋色はスカートの上に巻いた特殊なベルトに斧を装着。


 ここから一番近い街までの道のりも教えてもらった。


 やり残したことはないだろうかと装備品を何度も確認しながら、耳に入ってくる会話に耳を澄ませる。


「殿下、どうかご無事で……」

「うん、ありがとね。

 みんなも気をつけて」


 別れの挨拶をするミーシャを見て、俺はようやく実感がわいてきた。


 これから俺たち三人だけで、いまだ戦火がくすぶっているあの森の中に入るのだ。


 どれだけ装備を整えて、確認しても、まるで不安が消えてくれない。


 向こう側に怪しく漂う死の気配に怖気づきそうになる。


 けれど……。


「君たち。

 殿下を……よろしく頼む」


 護衛隊長の人が、力のこもった声で静かに言った。


「はい」

「任せなさい!」


 俺は『世界樹の小枝』を強く握りしめる。


 とにかく、全力でやってみよう。


「それじゃ……

 よろしくお願いします。

 シン。ヒイロちゃん」


 出発だ。

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