第13話 依頼
「安全なところまでって……ミーシャを?」
「そうです」
俺と緋色は、顔を見合わせた。
状況が飲み込めない俺たちに向かって彼らは矢継ぎ早に口を開く。
「できるなら、歌優月のもとへ」
「そうだ。闇の軍勢については彼が最も詳しく、そして安全なはずだ」
「彼はいま機工世界にいるのだろう?」
ああ、そっか、歌優月もこの国に来た事あったんだっけ。
確か、彼はここの人たちに魔術を教わって魔王軍と戦ったんだっけか……。
ってのはさておき。
「……なんで俺たちに?」
「君たちなら敵に見つからずに動けるからだ」
護衛隊長の兜の奥から悔しそうな歯ぎしりの音が聞こえた気がした。
「闇の軍勢は、魔力を探知する索敵網を張っている可能性がある。
私たち精霊人が集まって動いたらすぐに見つかってしまうかもしれない。
君たち機工世界人は、魔力を持っていないだろう?
この場を逃れられるかもしれない」
それってつまり……明確な殺意を持ったやつらが走り回ってる『あの場所』をミーシャを守りながら通らなきゃいけないってこと?
こんな……俺たちみたいな素人のガキ二人で?
急に、すさまじい恐怖と不安に襲われた。
わずかゼロコンマ一秒の瞬間に、自分の腹が食い破られ、声も出ないほどの激痛にあえぎ、内臓が外にさらされる場面を想像して、冷や汗が流れた。
「でもほかにも機工世界人はいるじゃない」
口を挟んだのは緋色だ。
確かに、精霊王国は最初に機工世界人の移住を認めた国でもある。
避難してきた人の中にはこっちの世界出身の人もちらほら見えたから、探せば適任者はいるのではないだろうか。
「……殿下が、君たちをお選びになったのだ」
驚いて青い髪の少女に顔を向ける。
ミーシャは真剣な眼差しで俺たち二人を見上げ、ゆっくりと頷いた。
え……マジ……?
「――隊長! 私はやっぱり反対です!」
声を張り上げたのは、後ろの方で直立不動を保っていた衛兵の一人だ。
金属兜のせいで顔は見えないが、声の調子から若者という感じがした。
「そちらのヒイロという方は分かります。何しろ闘気をもっているのですから。
万一、闇の軍勢と戦闘になったとしても身を守ることができるでしょう。
しかし、その男は何の能力も無いではありませんか!
殿下を守るどころか、自分の身すら守れそうにない!
そんな男にいったい何ができるというのですか!?」
ひええ、めちゃくちゃハッキリ言うじゃん。
しかも悲しいことに否定できない。
唐突に名指しで批判された俺は精神的ダメージを軽減すべく脳内にもう一人の自分を生み出し「やっぱ、住む世界が違うとこんな堂々と言えんだなぁ……」とまるで他人事のように呟いた。
「口を慎め! 殿下の目を疑うのか?」
「しかし……!」
「――あなたの言うことは分かります。
ですが、彼にはすでに私の魔力の半分を分けています」
割り込むように発言したミーシャの言葉に、兵士たちが一斉にどよめいた。
「なんと……」「では、彼が『回路』を……?」などと意味深につぶやいている。
えっ、なに?
「彼は機工世界の民です。
その気になれば私の魔力を抱えたまま逃げられたにも関わらず、
こうして戦地の精霊王国へ戻ってきてくれました。
それだけで、身を任せるに値すると思いませんか?」
いや、別にここが戦場になってるって確信して来たわけじゃないんだけど……。
そんな思いとは裏腹に、ミーシャはさらに追い打ちと言わんばかりに「彼はさっきまで避難してきた精霊人たちの手助けもしていましたよ」と付け加える。
いや……なんでそんな堂々と言えるの……?
しかし、それで場の雰囲気は決まってしまったようだ。
全員とまではいかないが、ほとんどの関係者が首を縦に振らざるをえない空気になっていた。
どうやらうまいこと周囲を丸め込んだらしいミーシャは、
茫然とする俺の手を引っ張って、近づくように合図してきた。
「シン。
ごめんね、いきなりすぎるかもしれないけど、
私はキミに……あなたにそばにいてほしい。
うまく言えないけど、あなたの力が必要になる時が来る。
そんな気がするの」
彼女はまっすぐに、俺を見つめて語り掛けてくる。
そして、弱音を吐きそうになった自分を遮るように、さらに言葉を重ねてきた。
「けど、同時にね、
これがシンにとってすごく危険な頼み事だというのも分かってるの。
できるなら一緒にいてほしいけど、最後の判断はあなた自身に任せるしかない。
あなたが望むのなら……断っても構わない」
「……」
「ごめんね、本当はもっと考える時間を与えてあげたかったけれど……
もう時間がないの」
…………。
「シン。私を……守って、くれる?」
――俺は、いろんな恐怖が走馬灯のように一瞬で駆けるのを感じた。
ミーシャを守れなかったらどうしよう、とか。
死んだらどうしようとか。
プログラムの日程に間に合わなかったら? 元の世界に帰れなかったら?
……でも……。
「――分かった。最後まで付き合うよ」
俺は諦めたようにつぶやいた。
下を向いて言ったのでミーシャの表情は分からなかったけど、安堵かなにかの息をつく気配は感じた。
そして、自分の一言を皮切りに、周囲はすぐに作戦の段取りに入る。
正直まだ実感は湧かなかった。
ただ、『何かが変わった』という不思議な心持ちのまま周囲の言葉に耳を傾けていた。
俺はミーシャのほうをちらりと見る。
その時、こちらに向けてくる彼女の視線が――自意識過剰でなければ――以前よりもふんわりと無防備になっているような気がした。
……まあ……これで死んだらそれはそれで幸せなのかもしれない。
いっか。
もうどうにでもなれ。
そんな風に腹を括っていると「大丈夫よ! あたしもついてってあげるから!」とケタケタ笑う緋色に肩を叩かれた。
「――ではシンヤ様、そしてヒイロ様。
お渡ししたいものがございます」
「はい?」
兵士のひとりが、部下らしき人物と共にガチャガチャと大荷物を抱えてやってくる。
ちょっと高級そうな風呂敷が広げられ、包まれていた物品が目の前に並べられた。
長槍に、杖に、細剣に……。
「こ、これは……!」
「宝物庫から持ち出してきた、身を守るための武器にございます。
どうぞこの中からお好きなものを選んでください」
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