第12話 再訪と合流
「あーー!!
あたしの移住先がーー!!」
「最初の台詞がそれ!?」
叫んだ俺たちは兵士からぶん殴られた。
ついでに暴言らしき言葉を吐き捨てられたが、相変わらず彼らの言葉は分からない。
ミーシャの翻訳魔法は本当に便利だったんだなと思った。
俺たちは兵士たちに連行されながら、近くに座り込む精霊人たちとすれ違う。
好奇心に溢れていたはずの彼らは、頬が
そういえば自分たちを連行しているこの兵士たちも、鎧のところどころが傷つき凹んでいる。
見栄えの良い青色の刺繍も破けていたり泥が被っていたりでずいぶんと損耗が激しいようだ。
彼らはここまで避難してきたのだろうか。
確かに転移門はあるが、どうして使わないのだろう。
俺たちは問題なく使えたのに。
――ほんのしばらく足を動かしていると、やがて目的地に着いたのか、急に止まった。
目の前に立っていたのは、他の兵士よりも豪華で質の良さそうな鎧を着込んだ男。
金属兜を被っているせいで表情までは見えなかったが、その立ち振る舞いや周囲に指示を飛ばしている様子から、この人が偉い立場にいる人だと直感した。
それでもやはり精霊人だからか、背丈は自分たちと同じか少し低いくらいだった。
その兵士長っぽい人から威圧的に話しかけられたが、言葉が通じないので何も答えられない。
それが何度か繰り返され、緋色にも同じことがされたあと、なぜか俺だけが突然移動させられた。
そこから何十歩も離れていない位置。
連れられた場所には真っ黒な服装をした襲撃者たちの生首が転がっていて……。
「えっ、ちょっと待って」
なんだかすごく嫌な予感がする。
急に、自分が着ている暗めの外套が気になってきた。
あの連中のとはたぶん似てないと思うんだけど、これってもしかして……。
そして兵士は俺を、断頭台っぽいところに座り込ませた。
「待って! これヤバいやつ!!」
ヤバい、たぶんだけど、絶対これ誤解されてる!!
後ろでは明らかにそういう用途に使うであろう大ぶりの斧、しかも使用済みなのかすでに刃が赤黒くなっているものが構えられていた。俺はクソ焦った。
嫌な汗を拭き出させながら唾を飛ばす勢いで釈明しようとする。しかし通じない。きっと彼らには異国の言葉にしか聞こえないのだろう。実際その通りだ。俺はクソ焦った。
「ちょっと!! あいつは味方よ!!」
見れば向こう側で緋色がわめいてくれている。
未熟な魔法を使って逃げ出そうか、でもそんなことをしたら完全に敵認定されるのではないか。
そんな一瞬の迷いのうちに、後ろで斧が振りかぶられていて――。
「――あっ」
そして視界の端に、ある人物を発見した。
彼女は、どうやら騒ぎを聞きつけてやってきたらしい。
青い髪をたなびかせたその小柄な少女と、俺の視線が交わった。
こちらが軽く目配せをすると、彼女はみるみるうちに青ざめていく。
その様子もなんか可愛くて、俺は少し笑ってしまった。
そして彼女が――ミーシャル・フォウ・ミルカヴィルが凛々しい声で命令を飛ばした直後、俺たちは即座に開放され、ようやく再会を飾ることができたのだった。
「――シン!?
どうしてここにいるの!?」
おお、翻訳魔法が適用された。
すごいな、いつ切り替わったのか分からなかった。
近くでささやかれていた兵士たちの会話が突然理解できるようになって、俺は妙に感動してしまった。
そのまま無事に解放され、立ち上がった俺は小柄な青い髪の少女に視線を下ろす。
「ミーシャ……殿下。
ごめん、魔力を返しに来た……んです」
兵士たちの前で呼び捨てはマズいと思い、とっさに敬語をつけた。
彼女は少しだけ悲しそうな顔をしたが、すぐに「怪我はない?」と心配そうに覗き込んでくる。
その時になぜかミーシャ本人だと実感して、俺は肩の力が抜けた気がした。
周りを見れば兵士たちも武器を下ろしてくれていた。バツの悪そうな顔をしていたり、あるいはまだ疑念を払拭できていない様子だったりと十人十色の反応だったが、ひとまず敵意を向けられることはなくなったようだ。
拘束が解かれた緋色は向こうの方で「日本語話せるなら最初から言いなさいよ!」と兵士に突っかかっていた。
あとでミーシャの翻訳魔法のことを教える必要があるかもしれない。
「それで、何があったん、ですか?」
イマイチ慣れない敬語に自分でも戸惑いつつ、ミーシャに視線を向ける。
彼女は悲痛な表情を浮かべながら、王族らしく上品な立ち振る舞いで口を開いた。
「精霊王国で起きているのは、かつての魔王軍の残党たち……
いまは『闇の軍勢』と呼ばれている者たちによる、略奪です」
――
――闇の軍勢。
魔王軍の、残党。
どこかで単語だけは聞いていた気がするが、自分には関係の無い話だと思っていた。
王道の娯楽作品に出てくるようなネーミング。それでもガチだと感じてしまうのは、その渦中にいま自分自身が巻き込まれているからだろうか。
眼下の精霊王国からは、ざらついたぬるい夜風が鼻をつくような臭いと共に吹いてくる。
そこに含まれているのが生物の焼け焦げる臭いだと理解した途端、急にのどが詰まるような不快感がこみ上げてきた。
頬に冷や汗が流れるのを感じつつ、唾をごくりと飲み込む。
地面は熱かった。スニーカー越しでもその熱がはっきり踵に伝わってくる。
森に広がった火で土が温められているのだ。
遠くから樹木がバキバキと倒れる音や、耳をつんざくような野生動物の遠吠えが響いてくる…………生き物って、こんなでかい声出せるんだ……。
ここから十分もしないであろう距離から常時届いてくる死の気配に当てられて、心臓が慣れない鼓動を立て始めていた。
俺は無根拠に、どこか後ろの方から獣が飛び掛かって来たり、内臓を貫通するほど強力な矢が飛んでくるんじゃないかと想像して、落ち着かなくなった。
「……彼らは、何かを探しているようだ」
護衛隊長をしているという兵士の男が言った。
「殿下の身かもしれぬ」「しかし、我々が動いては魔力探知に引っかかってしまうのでは……」と、彼らは顔を合わせて話し合っている。
俺はその作戦会議に堂々と参加……なんてことはもちろんできず、後ろの方に陣取って耳を傾けるのみだった。
自分はあくまでも一般人枠。
当然ながらこの緊急事態に口を出せるほどの知識も力も持ち合わせちゃいない。
ただ、後ろで聞いているだけでもある程度状況は把握できた。
ミーシャの父親である精霊王国の現国王は首都に残って防衛戦をしているらしく、一般の精霊人とミーシャたちは避難のためにこの転移門まで逃れてきたようだ。
しかし、肝心の転移門が作動しないことで立ち往生。
それどころか闇の軍勢の手先――例の全身黒い盗賊みたいなやつらが帝国から一方的に転移してきて戦闘になっていたらしい。
その直後に出てきたのが俺たち……ということだったみたいだ。
そりゃあ誤解されるのも当然かもしれない。
「ほら、顔に泥ついてるわよミーシャ」
「わっ、ありがと、ヒイロちゃん」
ミーシャは緋色に顔をごしごしされていた。なんだかんだで仲が良さそうだ。
「……緋色、ミーシャに怪我させるなよ。闘気でミスったら大変なんだから」
「平気よ。いつの間にか力加減できるようになってたみたいだし」
「えっ、ヒイロちゃん闘気使えるの!?」
ミーシャは驚きの声を上げる。
そのまま二人は、闘気に関わる話に花を咲かせ始めた。
徐々に俺抜きで会話が盛り上がり始め、急に疎外感をこんこんと湧いてくるのを感じた。
俺みたいな人間はこんな非常事態にあってもこういう思いをするんだろうか。
明らかな非日常の渦中にいるはずなのに、親しみ慣れた謎の孤独が湧いてくる。
二人はついさっき知り合ったばかりのはずだが、相手が王族であるにも関わらず緋色はまるで臆することなくタメ口で接していたのも関係あるかもしれない。
目の前の人物がどんな地位にいるかなど、緋色には関係がなさそうだった。
その豪胆さが、もしかしたら王女様に気に入られたのかもしれない。
とても初対面とは思えないほど二人の距離は近くなっていた。
周囲の兵士たちからの目を怖がって敬語口調を選んだ自分が情けなく感じてくる。
結局、その後も二人は仲良く話し続けた。
会話に入りたくても入れなくなってきて、なんだか居心地も悪くなってきたので俺はそそくさとその場から逃げ出すことにした。
「……じゃ、俺向こうの方手伝ってくるから……」
こんな状況だからか、荷物を代わりに持ってあげたり、必要な物資を持って行ったりと手伝えることは多そうだ。
疎外感を紛らわせられそうだし、一石二鳥。
翻訳魔法はやはり万能だった。
術者であるミーシャから数十メートル以上離れても問題なく意思の疎通ができる。
重たい荷物を落とさぬよう指先に力を込めながら、時折ちらと二人の方を見た。
こんな暗闇の中にあっても、緋色とミーシャの姿はすぐに見つけられる。
一方は鮮烈な赤い髪、もう一方は柔らかそうな青い髪。
見た目も性格も対照的な二人だが、むしろその方が仲は深まるのかもしれない。
そんなことを考えながら、しばらくの間、避難民たちの手伝いに明け暮れた。
手伝いを始めてから十分か二十分……体感なので実際にはもっと短いかもしれない。
俺はふと思い出した。
「そうだ、魔石返しとかないと」
胸ポケットに入れていた召喚の魔石の感触を確かめる。
もともとはミーシャと会うための口実としてこの魔石を預かっていただけだが、こんな状況だし、忘れないうちに返しておくのが良いだろう。
そうして二人のところに戻ると、件の青い精霊人の少女がパッと表情を明るくさせて迎えてくれた。
「あ、シン。ちょうど良かった」
「――あなたがフカドウ シンヤ様ですね」
そう言ってこちらに金属兜を向けてきたのは、確か、護衛隊長をしているという男だ。
小柄な精霊人のなかでは背丈が大きい方なのだろう、自分と同じくらいの目線で立つ彼は、金属兜の隙間からこちらをまっすぐに見ていた。
「あなたたちに頼みたいことがあります。
殿下を、安全な場所まで連れて行っていただけませんか」
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