第6話 ミルカヴィル精霊王国
転移の直前、ずっと前にどこかで聞いた
内容はこうだ。
かつて人間に興味を抱いた一部の精霊たちが、人間と同じように国を作って暮らし続けているうちに、やがて本当に人と同じ身体になってしまい……
それ以来、精霊としての力が薄まった彼らは幻想世界の人々と変わらぬ生活を送り続けているのだという。
それがミルカヴィル精霊王国。
精霊から
この地を訪れた者の中には後に英傑として名を馳せる人物が多く、
古くは最初のシャピアの王が、直近では魔力を持たぬ
この地で選ばれ、魔法を教わったという。
そんな逸話にあやかって「あわよくば自分も」とこの国にやってくる者は数知れず。
そして、それを受け入れ続ける精霊王国は、幻想世界で最初に
――俺がゲートを超えて目を開けた瞬間、視界いっぱいに入ってきたのは色とりどりの小柄な人たちの群れだった。
真っ赤な目と髪を持った子、青い目と髪の子、あるいは緑色……。
精霊人たちはカラフルだった。
どっかの異世界移住希望者が魔法の染め物で染めた濃いめの赤髪とは違って、どことなく淡い髪色をしている者が多い。
背景にそびえる霞がかった樹海と相まって、妙に儚く幻想的な印象をもたらした。
――しかしそんな印象とは裏腹に、彼らは活力にあふれていた。
プログラム参加者たちが転移魔方陣の上に出現した途端、なぜか湧き上がる歓声。
見た目が完全に中学生くらいにしか見えない精霊人たちがわらわらと集まってきて、質問攻めを食らった。
さながら動物園の珍獣扱いだった。
しかも驚いたことに日本語が上手なやつが多い。勉強したのだろうか。
中には、おそらく彼らの言語なのであろう、帝国内で聞いたのと若干異なるイントネーションでひたすら話しかけてくる精霊人もいた。
いきなりの歓迎に面食らう参加者たちだったが、押し寄せてくる波を押し返すように引率の大人たちが前に出た。
ミランダさんたちは彼らをどうにか抑えつつ、参加者の方を振り返って「とまあ、このように、彼らとの交流をプログラムの初めに持ってきたのはこういうことなのです」と苦笑しながら言ったのだった。
精霊王国は涼しい場所だった。
風は柔らかく、葉っぱに無数の水滴がついた匂いがそこかしこに満ちている。
遠くの山々には、昼だというのに、霞のようなもやがうっすらと浮かんで動いていた。
まるで何かの夢でも見てるみたいに、肌に触れるものすべてが柔らかく、心地よい感触を返してくる。
……この匂いは知っている。朝の匂いだ。
まだ陽に焼かれていないみずみずしい空気が溜まっているときの、明け方の匂いだ。
精霊人たちの熱い歓迎を受けたばかりだが――それでも、ふとした瞬間にここの澄み切った空気にハッとさせられるような気持ちにさせられる。
異世界に来て少し熱が上がっていた自分の首筋を、絹のように優しい涼風が通り抜け、その感触に視線を上げると――水彩画のように淡い色合いの、そのぼやけた景色の向こう側に未知の樹海、未知の広大な海域が垣間見え、それがプログラム参加者たちを否応なく惹きつけるのだった。
精霊王国に足を踏み入れた俺たちは、精霊人と地球世界人――いや、ここでは『機工世界』人か――のペアで交流をすることになった。
俺は、カイト、緋色の二人と一旦別れ、自分の相手を探し始める。
離れるときに気まずさなどは感じなかった。たぶん三人とも、早くここの精霊人と話してみたいと思っていたのが分かっていたからだと思う。特に何か言うでもなく、俺たちは自然に離れ合った。
至るところで精霊人たちがカラフルな魔法を使っている景色にどうしようもなくワクワクしつつ、誰か空いている人がいないかウロウロしていると……ふと、背後から声をかけられた。
「ね、キミ」
俺は声の主のほうに振り返る。
話しかけてきた子は、青い髪の色、くりくりとした瞳の色も青だ。
服装は悪目立ちのしないシャツにスカート。
おそらくは異世界産の生地を現代人が加工したのだろう。
ファンタジー感のあるデザインなのにコスプレといった印象は受けず、むしろここの美しい風景にとてもよく溶け込んでいるように見えた。
「んー……」
両手を後ろで組んだ彼女は、何やら真剣な表情でこちらを覗き込んでくる。
透き通るような瞳の色がきれいだと思った。水というよりは空の青に近いだろうか。
元精霊の種族と言えど、その肉体からは人と同じように体温を感じる。
なんとなく、他とは少し違う雰囲気の子だなと思った。
興味深々なところは同じだが、妙に落ち着いていて、隠しようのない上品さがにじみ出ているような気がする。
うんともすんとも言わずじっと見つめてくる謎の少女に困惑しつつ、何が何だか分からないままこちらも視線を外せずにいると……彼女はふと、ポツリと呟いた。
「――キミかな」
「え」
「ね、相手がいないなら私と話さない?
私はミーシャ。あなたは?」
そう言ってミーシャと名乗った少女は笑いかけてくる。
澄んだ笑顔に見惚れながらかろうじて「……
「……あ」
唐突に視線を背後に向ける彼女。自分も振り返ってその先を見てみるが、特に何かあるわけでもなく、機工世界人と精霊人たちとが会話している風景しか見えなかった。
「ね、向こうで話そ!」
唐突にそう告げた彼女は、俺の手を掴んで走り出す。
いきなり自分の手を繋がれた感触にドギマギしつつ、俺は他の参加者たちから離れて彼女についていくしかなかった。
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