第4話 異世界への『扉』

『扉』のポートは、屋内に立てられている。


 理由としては悪天候下でも問題なく世界間の行き来ができる必要があったこと、そして『扉』の老朽化を少しでも防ぐ目的がある……とどこかで聞いた気がする。


 バスはポートへと通じる道へ進み、屋内駐車場の一角へ停まった。


 顎を優しくさすりながらバスを降りた俺は、物理的な衝撃の余韻で頭がふらふらするのを感じながらプログラム参加者たちについていく。


「よっ、深道。

 バスでの移動はどうだった?」

「カイトか。俺は気絶してたよ」

「なんだそりゃ。

 ……ところで、さっきから気になってたんだけど……」


 彼はこちらの後ろ首に腕を回し、小声でまくしたててきた。


「この赤い髪の女の子はなんだ!?

 お前どうやってこの子と仲良くなったんだよ……!?」


 カイトが指さしたのは、なぜか俺と並んで歩いていたブレザー姿の女子、久我くが 緋色ひいろである。

 彼女は腕を組み、隙のない動作であたりを悠然と眺めていた。


「俺が知るわけないだろ!? 勝手についてきたんだ!」

「バス移動のときに知り合ったのか!?

 この野郎! オレにも紹介しろ!」

「お前だって女子といちゃついてただろうが!!」

「ちょっと、何話してんのよ」


 とげとげしい口調にこちらは飛び上がったが、カイトはむしろ好機と考えたらしい。

 咳払いをし、彼女の名前が記された参加証をちらと見てからシャープな声音を出した。


「初めまして。

 お名前は……久我さん、っていうのかな?

 カイトです、良かったらプログラムの間いっしょに……」

「消えろ金髪」


 ああっ、カイトが! なんて顔してるんだお前! まだプログラム初日だぞ!


 緋色は不機嫌そうに鼻を鳴らし、他の参加者たちのあとに続いてゆく。

 うなだれたカイトは俺に肩を担がれながら、まるで戦いに苦戦する戦士のように口元をぬぐいながら言った。


「……彼女、強烈だな」

「本当に膝から崩れ落ちるやつなんて初めて見たぞ。大丈夫か」

「サンキュー。でも、ああまでバッサリ切られると気持ちいいもんだな。

 ……ちょっと癖になりそう」

「えぇ……」


 そんな風に会話しながら、俺たちも緋色含めほかの参加者たちを追いかけた。


 ここで迷子にでもなったりしたら大変だ。

 何しろ数分でも遅れたら向こうには行けないのだから。



 ただでさえ異世界に渡りたがっている人間は多いのにも関わらず、移動手段は原理すらも分かっていない『扉』がほんの数基分だけ……。


 だから異世界間を跨ぐこの交通機関はつねにパンク状態だ。


 予約した転移時間に遅れた者に対する救済措置なんて何もない。

 搭乗時間を過ぎても数十分は待ってくれる飛行機なんかとは違うのだ。


『扉』をくぐる時間に遅れることだけはなんとしても避けねばならない。

 俺たちは足早に参加者たちの群れに合流する。


 しかしながらその途中……視界の端にちょこちょこと入ってくるエルフやドワーフ、半獣人といった異種族たちの影が一気に濃くなった気がして、胸がどきどきした。


 ポート内部には現代社会の匂いと魔法世界の匂いとが入りまじり、独特の空気感を漂わせている。


 それから十分ほど休憩して時間を調整し、ついに『扉』をくぐるための通路に進入。


 ずいぶんと長い行列をしばらく進み続けてようやく実物の『扉』を目の当たりにした。


 ――『扉』は、柱の形をしていた。


 真っ白に輝き、ところどころ大きく欠けていて、どこかの神殿ででも使われていそうな七本の白い柱だった。


 それがこの銀色の機械に溢れたドームの中心部にそびえ立ち、まるでその周辺だけ切り貼りされたかのように、背の低い緑の草花を生い茂らせていた。


 周囲に視線を走らせると、ぼんやりと輝いて見える神聖な構造物に向かって数えきれないほどの人々が列をなしている。テーマパークのアトラクションみたいだと思った。ロープで区切られたぐねぐねの通路に何十、何百人が並んでいる。


「……あっちの方には誰もいないんだな」


 俺がドームの向こう側、ほとんど誰もいない巨大なスペースを見てそうつぶやくと、隣にいたカイトが注釈をしてくれた。


「あっちは確か、帰ってきたとき用のスペースだよ。

『機工世界から幻想世界行き』と、

『幻想世界から機工世界行き』とで半分ずつ分けてるんだ」

「へぇ……って機工世界きこうせかい?」

「ああ、オレたちの世界のこと。

 向こうの人たちから『機工世界きこうせかい』って呼ばれてるらしいからさ。

 機械工学が支配的だからって理由で……」


 安直なネーミングだな、と思いながら前を見る。


 ……まだ自分たちの順番までは時間がありそうだ。


 スマホで自撮り写真を撮っている他の参加者たちを尻目に、

 俺はドーム内部をさらに観察する。


『扉』の周囲には常に何人かがいて、様子を見るに柱の研究者か、ポートの職員か、あるいは今まさに柱で囲われた中心部へ進んで異世界へ消えていく利用者かの数種類に分けられるようだ。


 その領域へ人が進入すると、七本の柱が内側からわずかに発光し、転移が完了したあとはすぐに元に戻っている。まさに魔法の力といった雰囲気で、俺は幼い子どもみたいに夢中になってじっとその様子を眺めていた。


 少し視線を横にずらすと、こちらと同じように身を乗り出して目をきらきらさせている緋色や、すぐ隣で「やっべ腹痛くなってきた……」と急に不安に支配されているカイトがいた。




 ……やがて、その時がやってくる。


 遠くにあったはずの柱は近づき、ついに目前にまで迫っていた。


 ここまでやってきて気づいたが、そこはまさしく神殿といった空間だった。


 大理石にも似た石材を積んで基盤とし、その上に柱が七本ちょうど円形状に立ち並んでいる。長い年月をかけて風化したその石の隙間から、いったい何を養分としてきたのか、豊かな草花が顔をのぞかせていて、懐かしい匂いを運んできた。


 よくよく見ればそれぞれの柱に、日本の神社でよく見る短冊のような白い飾りが下げられていた。擦り切れ具合をからして、遠い昔にくくりつけられたものに見える。


 もしかしてずっと昔にここを利用していた人がいたんだろうか……と俺は想像した。


 最初に行ったのは緋色だった。

 真っ赤に映えるあのポニーテールも、円形の領域に入った途端あっという間に薄くなって消えてしまう。

 入り混じる不安と緊張が少しずつ、増してくる。


 さらに列は進み、今度は隣にいたカイトが向こうに行った。


 自信なさげなあいつの背中が、他の人たちと同様にすぐに消えてしまうのを見て、なぜか急に小学校の大縄おおなわ飛びを思い出した。ぐるぐる回る繩の中に一人ずつ入っていってジャンプする遊びだ。俺はその列に並んでいて、すぐに自分の番が近づいてくる――……。


「次は君だよ。

 さあ、どうぞ」


 俺は意を決し、この神秘的な柱に見下ろされた領域にひとり足を踏み入れた。

 心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、堅い足元をコツコツと進んでいく。


 そして視線を上げれば、輝きを増す七本の柱が俺を見下ろしていた。




 すぐに、視界の端で自分の体が透けていくのが見えて……


 次の瞬間、俺は異世界へジャンプした。


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