第3話 緋色
待機室から出て、外に駐車されていたバスに参加者全員で乗り込む。
目的地はもちろん幻想世界へと通じる『扉』のポートだ。
関係者全員が乗車を完了すると、バスはゆっくりと動き始めた。
カイトとは離れることになった。
見知らぬ人同士で交流を深めよう、ということなのか、バスでの席はさっきのとは違う位置を指示された。
座席番号が明らかにランダムに割り振られていて、それが発覚するや否やカイトが心細そうにこちらを見ていた。
俺も心細いよカイト。でも仕方ないだろ? またいつか会おうな。
今生の別れを惜しむように彼の肩を叩き、背中を向けて自分の番号である二十四番の席に向かった。
場所は一番後ろの窓際。またもや後方である。
今日はやたらと運が良いな。プログラム当選で使い切ったと思っていたがまだ残っているんだろうか。
幸先のいいスタートにわくわくしながら席に着いた途端――
隣の席のやつが座ってきた。
ぼすんと乱暴に腰を下ろし、白い細足を流れるように組んで鼻を鳴らしたそいつは、女子。
服装はどこかの学校のブレザー。
だが何より視界にちらつくのは、まるでペンキを塗りたくったような鮮やかな赤い長髪……。
異世界産の染料でも使ったのだろうか、鮮烈に残るその紅色は待機室でもひときわ目立っていた。
プログラム参加者だから日本人なのは間違いないはずだが、彼女のその赤い髪は異世界人のものと言われても頷いてしまうほどに違和感がなく、似合っていた。
「……あ、話しかけてこなくていいわよ」
いきなりの先制攻撃。
わずかに怯んだこちらの隙を逃さず、彼女はその鋭いつり目で睨んできた。
「あたし、人間キライだから」
俺は絶句した。
おめーも同じヒト族だろうが。そんな喉元まで出かかったツッコミを必死で抑えていると、その女は別の参加者たちを軽く一瞥したあと、また不愉快そうに、ふん、と鼻を鳴らした。
「まったくどいつもこいつも……信用ならないわね。
あんな風に笑っておいて、腹の底では何考えてるか分かったもんじゃないわ。
そのくせ何かあったらすぐ陰口を叩くわ、いやがらせをしてくるわ……本当に煩わしいったらありゃしない。
はぁーあ、早く異世界に移り住みたいわ」
そいつは厭世的な目を浮かべてため息をついた。
こっちの世界は面倒なことが多すぎるだの、しがらみが多すぎるだの、言いたい放題である。どう反応したらいいんだこんなの。
待機室にいた時も周囲からいくら声をかけられようとガン無視を決め込んでいた女だ。
なんとなく近寄りがたい印象はあったが、まさかここまでだったとは。
俺は彼女の首に下げられた参加証を見る。
『
せめてものコミュニケーションを図ろうと「
「決まってるでしょ、いつか『向こう』で暮らしたいからよ。
幻想世界でなら実力さえあれば大抵のことは通せるみたいだし、
こっちみたいに煩わしいことが少なくて済みそうじゃない。
何より……行きたくもない場所に毎日行く必要も無くなるわ」
どうやら幻想世界への移住をお考えのようだった。
まあ確かに、向こうはこっちほどインフラとか整備されていないから、姿をくらまそせようと思えばいくらでもできそうである。
……まさか向こうで本当に消息を絶つつもりじゃないだろうな、と訝しんだが、彼女はどこ吹く風だ。
「せっかくプログラムに当選したんだもの。
このチャンスを逃すわけにはいかないわ……!」
彼女はこぶしを握り締め決意新たにといった雰囲気で呟いている。
すでにこっちの姿は目に入っていないようだった。
他の席の参加者たちは隣同士で普通に会話を楽しんでいるというのに、一体なんだこの格差は……あ、カイト、あいつ女子といちゃつきやがって! 俺と席変われよ!
無慈悲な現実から目をそらすように、車体後方のやや高めの席から外を見下ろした。
無機質なビルの群れの中に、どこかで見たことのあるような異種族の者たちが紛れ込み、どこかの民族の服を着て都市を闊歩している。
普段目にしていた従来の都市群とはちょっと雰囲気が違う。
まるで自分がパラレルワールドに迷い込んだみたいだった。
よくよく観察していると道路沿いの店のショーウィンドウに『幻想世界産の絶品肉料理、あります!』とポップな文体で書かれていたり、あるいは――おそらく異世界人向けなのだろう――読めはしないがどこか馴染みのある達筆な文字の羅列を視界の端に捉えたりした。
そんなのを眺めているときに、ふと反対車線に見たこともない種類の馬に引かれた荷馬車が自動車の列に紛れて通り過ぎていき、思わず首を回して二度見してしまうこともあった。
「……あんた、どうしてプログラムに応募したの?」
現代社会と空想の世界とが混じり合う景色に没頭していると、件の赤い女子が話しかけてきた。
俺は恐怖を覚えつつ、正直に答える。
「え、なんとなく」
「はぁ? それだけ?
将来こうするつもりだ、とか、そういう目標ないの?」
「何かをやりたいと思う理由は『なんとなく』だけで十分だ」
こんな凶悪な女だ。こっちだって無下に扱ってやる。
そっぽを向きながら簡潔に答えてやると、そいつはほんの少しの沈黙のあとに静かに口を開いた。
「あんた、名前なんだっけ?」
「……深道 慎也」
「
このプログラムの間、あんたとは一緒にいてもいいわ」
「えっ、嫌だな~……」
――突如、俺の顎に渾身の右ストレートが直撃した。
意識を失う直前、衝撃とともに
……そして次に意識を取り戻したとき、バスはすでに『扉』のポートに到着していたのだった。
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