第2話 例の変態
部屋にぞろぞろと入ってきた集団を観察する。
全員で六人。
スーツと眼鏡を着用したエルフの女性と、筋骨隆々としたいかにも戦士風の男。
そしてプログラムの関係者っぽいスーツ姿人たちと、非常にカラフルな人選だった。
――そして、最後の人物が現れる。
この時代には珍しい和服姿で現れたその男の姿を見て、
待機室に集められた学生たちが一斉にざわめき出した。
「……なぁ、あれって……!」
「ああ……『例のあの人』だ……!」
緊張の空気で満ちていたはずの室内が、気が付けば驚愕の声であふれている。
もちろん俺も例外ではなく、まさか、という疑念が確信に変わりきる直前にその和服の男が口を開いた。
「――若人諸君、初めまして。
僕の名前は、
幻想世界とこの機工世界を最初につなげた者です」
その名を知らぬ者はプログラム参加者にはいないだろう。
そう、彼は――
異世界へ通じる扉を最初に発見し、
『どこか別の異世界があると信じて森の中をさまよっていたら、本当に見つけたんですよ』と嬉しそうに発言していた、例の変態だった。
まさかのご本人が登場して動揺が走る参加者たちを前に、
歌 優月は言葉を続けた。
「さて、まずはこのプログラムを主催した理由から話そうかな。
すまないけど少しの間つきあってもらうよ」
彼は茶目っ気のある笑顔を浮かべてから落ちついた色合いの着物で器用に動き、まるで講師のように檀上を左右に歩き始めた。
「実はね、このプログラムは最初『異世界学園旅行』って枠組みで始めようと思ってたんだ。
みなさんご存じの通り、僕は異世界で先にいろいろ冒険してきて――このプログラムもその時得た資金で主催してるんですが――ひとつだけ叶えられなかった夢があるのです。
それは『学園生活』!! 異世界での青春のひと時!!
数多くの国々を股にかけドラゴンとか魔王とか倒してきた僕だけれど、
異世界での学園生活だけは送れなかった!!!!
……心残りだ」
無駄に高い演技力を見せてくるなあ。
唇を噛みしめて悔しそうに語る狂人の男に参加者たちは言葉を失っている。
『それだけのためにこんな大々的なこと始めたんか』と、彼らの心の声が聞こえてきそうなくらいだった。
「……という経緯で、最初は学園モノでやろうとしてました」
突然、歌 優月はスン、となって静かに言った。
ジェットコースターみたいな感情の落差に追いつけずにいると、彼はとても残念そうにに頭を掻き始める。
「まぁ……結果的に学園うんぬんじゃなくて、あくまで体験旅行って枠組みにしかできなかったんだけどね。
できるなら向こうでホントに学校を設立して、何年もかけて運営してみたかったんだけど、今はまだいろいろ都合が悪くてね。
とりあえず、このプログラムは僕の夢を叶えるための最初の一歩なんだ。
だから抽選で無作為に若者……特に学生を選んで開催するって形にさせてもらった。
世界は広いということ、色んな子たちに知ってもらいたかったからね」
そこで彼は、パッと表情を明るくして話を切り替えた。
「とはいえ幻想世界には魔物が現れる。
治安も日本ほどは良くない。盗賊とかもちろんいるからね。
だからプログラムの間はここにいる人たちが君たちを守る。要するに彼らは引率の先生だ。
全員ちゃんと日本語通じるからその点は心配しなくていい」
「心配無用! 吾輩に任せるとヨイ! のである!!」
「こらゴレス、アドリブでしゃべるんじゃない。
日本語怪しいのがバレちゃうから」
「――優月様、そろそろお時間です」
二人の会話に口を挟んだのはスーツ姿のエルフの女性だ。
透き通るような流暢な日本語で一言を添えた彼女はまるで主役を立てるかのような態度ですぐに引き下がった。
優月「様」という呼び方に幾人かの男子がショックを受けていたようだが、そんなことは気にする必要はない。
「ありがとうミランダさん。
それじゃみんな! これから異世界体験旅行プログラムを始めます!
僕は用事で抜けるから一旦お別れだ。
後のことは仲間たちに任せてある。彼らについていきなさい。
……向こうの世界を、好きなだけ楽しんでおいで」
そう締めくくった和服姿の男は、「じゃあね!」と言って流れるような動作で部屋を出ていった。
それからいくばくもしない内に、ミランダと呼ばれたスーツ姿のエルフの女性が凛とした声で号令をかけた。
「――ではこれより『扉』のポートへ向かいます。
移動しましょう!」
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