エピローグ ほんのちょっと未来のお話

~数年後~



 冬のある日、俺は白雪の家にやってきた。


 インターフォンを押すと、すぐにおばさんが家に入れてくれた。


「おばさん! 白雪はいますか?」


「今、ちょっと出かけてるみたい。携帯は?」


「あいつ、忘れていったみたいで全然繋がらないんです」


「まったく明日は大切な日なのに」


「じゃあちょっと近くを探してきます!」


「分かった。もし入れ違いになったら連絡するからね」


「お願いします!」


「……」


 そのまま玄関から出ようとしたが、おばさんが申し訳なさそうな表情で俺を見ているのが気になってしまった。


「おばさん?」


「昔、輝明てるあき君には悪いことを言っちゃったなって……」


「またその話ですか! もうそんなの昔の話じゃないですか!」


「でも……」


 白雪の家出騒動のとき、俺はおばさんに色々きついことを言われた。もう何年も前の話なのに、いまだにおばさんはそれを気にしている。


 ――吐いてしまった言葉は飲み込めない。


 まるで本当の毒のように、まだおばさんの中では消化できないでいるようだ。


「本当に気にしないでください。口から出ている言葉が全部じゃないって知っているので!」


「はぁ、まさかあの輝明てるあき君がこんな好青年になっちゃうなんてなぁ」


「あの輝明てるあきってどの輝明てるあきですか!?」


「クソガキだった頃の輝明てるあき君」


「び、微妙に傷つくやつだった……」


 さすが義理とはいえ親子。さらっとそうことを言うのが白雪と似ている。


「もう二人とも二十歳になるのね」


「はい! これからも宜しくお願いします!」


「こちらこそ」


 おばさんがとても穏やかな表情になった。


 あっ、そうだ。義理と言えば――。


「そういえば、明日からおばさんのことをおばさんって呼ぶのおかしいですか?」


「おばさんおばさんうるさいわね。別に、なんでもいいんじゃない」


 テキトー。


 おばさんは前よりもかなりおおらかになった。多分、うちの母親に影響されていると思う。


「じゃあ、明日からって呼びます! おばさんだとおかしい気がするので!」


「……」


 おばさん改めお義母さんが、ふと目頭を押さえたのが見えてしまった。




※※※




「やっぱりここにいた」


「あっ、てる君!」


 白雪のことはすぐに見つけることができた。


 ――あの神社の跡地。


 あれから神社は取り壊されて更地になった。


 住宅でも建つのかと思いきや、今は子供たちが遊べるような公園になっている。ブランコや滑り台など、まだ真新しい遊具が沢山並んでいる。


「お前、ちょいちょいここに来るよなぁ」


「なんとなくご利益ありそうで。パワースポット的な?」


「あー、心霊スポット的な感じね」


「全ッ然違うから! スポットしか合ってないから!」


 ……あれから心の声は聞こえてくることはなかった。


 不思議で現実的ではないけれど、間違いなく俺たちに起きた出来事。


 時間が経てば経つほど、あの数か月が俺たちにとって特別なものになっていく。


「明日の予定、最後に詰めておきたくて」


「午後、式場でするでしょう? そのときでいいじゃん」


「お前もテキトーかよ」


「テキトー?」


 母さんウイルス恐るべし。


 間違いなく白雪もうちの母さんに影響されちまっている。


 その母さんはと言うと、ここ数日は、俺の顔を見る度に感極まって目に涙を浮かべている。


 今からこれじゃ式の最中はどうなっちゃうんだ。


「明日はみんな来てくれるんだよね?」


「うん、みんな出席してくれるって。朝陽あさひも亮一君も、高橋君も広瀬君も、永地ながとちさんたちもみんなみんな来てくれるよ」


「そっか、嬉しいな」


 目元は笑っているが、白雪の表情が固い。珍しく白雪が緊張した様子を見せている。


「もしかして今から緊張してる?」


「ちょっとだけ」


「じゃあ思いっきり緊張しろ!」


「私の王子様が全然優しくない件」


「その王子様が良いって言ったのはここにいる白雪姫様です」


「むぅ。じゃあ、ここで何でもしてあげる券六枚目を使うから!」


「こ、このタイミングで!?」


「これから私にとーっても優しくすること! これからてる君は私に未来永劫絶対服従だからね!」


「前者はともかく後者の内容がひどすぎる」


 なんでもする券がまた悪用された。今どき小学生でもこんなことしないよ。


てる君、ちょっと座ろうか」


「うん」


 白雪にそう言われて、俺たちは公園のベンチに腰を下ろした。


「今日の白雪、ちょっとしんみりだね」


「結婚式の前日くらいしんみりするからっ!」


 白雪にきつく睨まれた。


「ねぇねぇ、神社のお賽銭箱ってどこらへんだったかな?」


「多分、あそこらへんかな」


 今は砂場になってしまっているところに指を差す。


 そこ目がけて、白雪が手を合せてお祈りをし始めた。


「白雪?」


「ここにいるか分からないけど、ちゃんと神様にお礼を言わなきゃなって」


「そうだよね。心の声がなかったら、もしかするとこんな風には――」


「それもあるけど、ちょっと違うよ」


「ん?」


 白雪が目をつむってなにかを真剣に考えている。


「……知りたい?」


「言いたくないなら聞かないよ」


「付き合ったばかりの頃かな。私、ここでお願いしたんだ」


「自分から言うんかーいっ!」


「ちゃんと聞いてよ!」


「聞いて欲しいなら最初からそう言えばいいのに……」


「うるさい、黙れ、いっぱいぎゅーの刑にするぞ」


「黙ります……」


 いっぱいぎゅーの刑は大歓迎だけど、それを言ったら話が進まなそうだ。


 だから言わない。そういうのも大切なことだよね。


「付き合った直後の話! てる君も一緒にいたよ」


「あっ、覚えているかも」


 そう言えばそんなこともあった。


 確か、あのときは心の声を消してもらおうとお願いしたんだっけ。


「私ね、あのとき“てる君とずっと一緒にいたい”ってお願いしたの」


「……」


「“結婚したい”ともお願いした。それを全部叶えてもらっちゃったなって」


「……」


 段々はっきりと思い出してきた。


 全部、白雪の心の声で聞こえていたやつじゃんか!


「俺も全部、お願い事を叶えて――」


 いや、待てよ……?


 あのときの俺は、もっといっぱいお願いをしたはずだ。


 お金持ちになりたいとか、頭が良くなりたいとか!


 まだ全然、叶えてもらってないぞ!


てる君って強欲……。ちょっと引く。こんな人が旦那さんで本当に大丈夫なのかなぁ」


「普通に人の心を読むな! それと、今一番効果を発揮する毒を吐くな!」


 ……だから、せめて俺たちだけはここに神社があったことを覚えておくからね。全然、願い事を叶えてもらっていないのも含めてね。


「ここでいつか自分の子供と遊びたいなぁ」


「こ、子供!?」


「うん、いつか欲しい」


「私はもっと二人きりの時間を楽しみたいんだけど!」


「だからいつかって話!」


「で、でもてる君が欲しいなら私も――」


 疎遠の幼馴染だった白雪。


 でも、今は一番近くにいてくれる俺のお嫁さんになった。


 俺がおじいちゃんになっても、白雪がおばあちゃんになっても、俺たちはずっとずっと一緒にいると思う。


てる君はやっぱりエッチだ!」


「どこが!?」


 その間、白雪はずっとこの調子で毒を吐くんだろうなぁ……。


 まぁ、いいさ!


 毒を吐くって言うのは、思ったことを言ってくれるってことだしね。


 俺たちはきっと思ったことを言い合っていく夫婦になると思う。


「私、てる君のこと愛してるよ」


「俺もだよ」


「はぁ!? 軽くない!? ちょっと流したでしょう!」


「急にめんどくせぇえええ!」


 物語の終わりは、やっぱり童話の白雪姫みたいにハッピーエンド! 今でも俺はそう思っている。


 でも、うちの白雪に関しては少し考え方が変わった。


 終わっちゃダメなんだなって――。


 ハッピー“エンド”で終わらせちゃダメなんだなって。


 白雪にはずっと笑っていてほしい。ずっと幸せでいてほしい。


 これはなんて言えばいいんだろう? ハッピーコンテニュー?


「俺、とても幸せだよ」


「はい、てる君の負け!」


「なんでだよ!?」


「だって、私のほうが幸せだから」


 そっと、白雪の唇が俺の唇に触れた。


 優しくて、甘酸っぱくて、ほんのちょっとほろ苦い。


 温かくて、嬉しくて、そしてほんのちょっぴりの未来へのプレッシャー。


 食べたことなんてないけど、毒リンゴの味ってこんな感じなのかなぁ。


「これから、大変なこともあるかもだけど二人で頑張ろうね。一人でダメダメになるまで頑張らないでね。あっ! でも、てる君がダメなのは昔から知ってるか!」



 やっぱり白雪は毒リンゴを食べずに毒を吐いた。


 





 




「クラスの白雪姫は毒リンゴを食べずに毒を吐く」 


~FIN~

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