第79話 鈴木白雪は毒を吐く

 七月十七日。


 白雪の誕生日がやってきた!


 キッチンでは母さんが、お祝いをするためご馳走の準備をしている。


 今日は白雪のおばさんとお父さんも海外から帰ってくるらしい。


 俺、ちょっと緊張……。


 日中はうちでお祝いをして、夜は自分の家に帰って家族団らんの時間を過ごすのが今日の白雪の予定だ。


 学校休みで本当に助かった!


 俺個人としてもお祝いをしたいので、今日は大忙しだぞ!


「白雪、デートしよう!」


「え~」


 と、思っていたのに、朝から白雪がいつものソファーでごろごろモードに突入している……。


 もうね、自分の家より自分の家になっちゃってるよ。


「今日が自分の誕生日であることをお忘れのようで……」


「だって、子供の頃だったら嬉しかったけど、この歳になって誕生日ってあんまり嬉しくなくない? また歳取っちゃう」


「お年寄りみたいなこと言ってる」


「うっさい!」


 こういう日に限ってすれ違う俺たち。


 心の声が聞こえていたら、白雪がどうしたいか簡単に分かったんだけどなぁ。


「俺、彼氏として白雪の誕生日のお祝いをしたい」


「おっ」


「だからデートしようよ。午前中の短い時間になっちゃうかもだけど」


「仕方ないなぁ~、そこまで言うなら付き合ってあげましょう」


 世のカップルは、みんなこうしてるんだよな? 自分のしたいことをちゃんと伝えないと!


「ちなみに金はない」


「知ってる」


 ちゃんと自分のお財布状況も白雪にお伝えした。




※※※




 午前十時。


 俺たちは近所を散歩することにした。


「手、繋いでいい?」


「どうぞ」


 白雪と手を繋ぎながら、見慣れた道を歩く。


 ただ歩いているだけでも、二人でいればそれだけで特別な時間になると思う。


「白雪。改めて誕生日おめでとう!」


「誰かさんは何年もお祝いしてくれなかったもんなぁ」


「今それを言う!?」


「言いたくなった」


「そういう白雪だって、俺の誕生日忘れちゃってるでしょう!」


「九月一日でしょう。忘れるわけないじゃん」


 白雪の頬がぷくっと膨らむ。


てる君の誕生日のときも一緒にいようね」


「白雪は誕生日プレゼントなにくれるのかなぁ~」


「私」


「え?」


「だから私」


 白雪の頬が赤く染まっている。自分で言って、自分で自爆している。


「そんな恥ずかしい台詞よく吐けるな! テンプレじゃん!」


「う、うるさい! 言ってみただけでしょう! そういうてる君はなにくれるのかなぁ!?」


 ふんっ、心の声騒動のおかげで俺の先回りスキルが上がっていることに気づいていないだな。


 もちろん、誕生日プレゼントは用意済みだ!


「お金はないけど、気持ちはあるから!」


「んー?」


 ズボンのポケットからあるものを取り出す。


 白雪の空いている方の手にそれを渡した。


「なにこれ?」


「なんでもする券!」


「子供かっ!」


 あれ? 思っていた反応と違う。


 白雪なら泣いて喜ぶと思ったのに!


「ちなみに十二回限定な!」


「微妙にケチ臭い……。やっぱりてる君はアホだ」


「アホだと!?」


 確かに、子供みたいなことしているかもだけど、それくらい俺は白雪になんでもしてあげたいって思っているのにっ!


「はぁ、じゃあてる君、この指輪を私の指にはめてよ」


「それはため息をつきながら言う台詞かぁ……?」


 白雪がこの前デートで買った指輪を俺に渡してきた。


「左手の薬指ね」


「注文が多い……」


「はいはい、軽口言って恥ずかしがらない」


 心が読まれている。


 幼馴染+心の声騒動があったおかげで、お互いのことがなんでもお見通しになってしまった。


 でも、なんかそれが今は心地がいいや。


 一度、繋いでいた手を離して、俺は白雪の左手に自分の手を添えた。


 白くてすべすべして気持ちが良い。


「またエッチなこと考えてる」


「考えてません」


 ゆっくりと白雪の薬指にその指輪をはめていく。


 うぅ、ドキドキするなぁ。


 大体、道のど真ん中で俺たちなにやってんだろう。


「はい、ここでなんでもする券使う!」


「はぁ? 使うの早すぎない?」


「うっさい、黙れ、言うことを聞け」


「怖い」


 シンプルに口が悪い。


 久々に純粋な毒を吐いてきた。


「……てる君、いつかちゃんと私のことをもらってね。約束だよ」


「もらうってなにさ。毒リンゴはお断りだからな」


「やっぱりてる君はクソ馬鹿だった! 心の声がなければ私の彼氏はこんなもんだよ!」


「とりあえずすっっごく悪口言われているのは分かった」


 めちゃくちゃ言われる俺。


 いきなりそんなこと言われても、なにがなんだかさっぱり分からん。


 ……。


 ……。


 ……ん?


 もらう?


「嘘です! もらいます! ちゃんともらいます!」


「やっと気づいたかアホめ」


「確かに今のは俺がアホだった! 反省してます!」


「じゃあ、今度はてる君から言って」


「え゛」


てる君から言って」


 圧がすごい。


 なんてことだ……。更に恥ずかしいことをすることになってしまった。


「す、鈴木白雪さん……」


 一気に緊張してきた。


 指輪をはめるだけならここまでじゃなかったのに……。


 言葉に出すのってなんでこんなに大変なんだろう。


 でも、ちゃんと言葉で伝えることの大切さは分かっているから――。


「……いつか、遠藤になってくれる?」


「……」


「おい、そこで黙るなよ!」


「ま、まさかその言い方でくるとは思わなくて……」


 あっ! 白雪がただ純粋に照れている。


 顔が旬のリンゴみたいに耳まで赤くなっている。


「可愛い」


「きゅ、急になによ!」


「思ったことを言っただけ」


「う、うるさい!」


「毒がよわよわ」


「うるさい、うるさい! からかわないでよ!」


「白雪は可愛い」


 素直じゃない俺たちの、ひねくれた未来への約束。


 多分、俺たちはずっとこんな感じで過ごしていくじゃないかなぁと思う。


 仕方ないね。


 だって、俺たち幼馴染でもあるんだから。


「白雪、俺、アルバイトしようと思うんだ」


「あ、アルバイト!? もしかして結婚資金作り!?」


「話が飛躍しすぎ」


てる君がバイトするなら私も――」

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