第68話 思ったことを言わない

 俺は、つい朝陽の顔を覗き込んでしまった。


 心の声が聞こえていたとはいえ、まさかこんな風に告白されるとは思っていなかった。


 朝陽はにへらと笑って、またノートになにかを書き込んでいく。



“ごめんね。ただ私のワガママでそのことを伝えたかった”

 


 かきかきかき。



“声に出すと余計なこと言っちゃいそうだから、気持ちだけを伝えたくて”



(あっ、やばい泣きそう)



 筆談とともに朝陽の心の声が聞こえてきた。



(これでようやく自分の気持ちに踏ん切り付けられるかなぁ)


(もう絶対に二人の間には入れないもんね……)


(付き合いの長さって、恋愛では一番強いじゃん。高校で出会ったばかりの私なんかではそもそも――)


(馬鹿だけど頑張ろうとしているところ好きだったなぁ。ひねくれているけど真っ直ぐになろうとしているところが好きだったなぁ)


(趣味の合う彼氏ってずっと憧れてたんだけどなぁ……)


(輝明と付き合えたらきっと毎日が楽しかっただろうな)



 朝陽の思っていることが全部聞こえてきてしまう。


「……」


 俺はペンを取り、朝陽のノートに自分の言葉を書き残した。



“ごめん”



 ただそれだけを。


 朝陽の顔は、今にも泣き出しそうになってしまっている。窓から差し込む夕日が、その表情とは真反対に明るく朝陽のことを照らしている。


 朝陽は俺の書いた文字を、ただうんうんと頷いていた。



(良かった、ちゃんと言えて……)



 心の底からほっとした声が聞こえてきてしまった。


 直接……。


 直接言ってくれたら俺も思ったことが言えたのに……。


 最初に友達になってくれて、本当に嬉しかったとか!


 それでも友達でいて欲しいとか、そういうの関係なしに遊びに行きたいとか!


 恋愛的な意味ではないけど、俺も朝陽のことが好きだとか!


「……っ」


 今にも吐いてしまいそうな、その言葉をぐっと飲み込む。


 朝陽は、余計なこと言ってしまいそうだからとこんな告白をしてきた。


 だから、俺が思ったこと言ってしまうのは絶対にダメだ。

 


“ありがとう”



 せめて精一杯のお礼の気持ちを込めて、その文字を朝陽のノートに付け加えた。


 朝陽に教えてもらってしまった……。


 ――思ったことを言わないのも、優しさなんだって。


 朝陽がニコッと俺に微笑んだ。俺もなるべく笑顔でそれに答えた。


「あれ? まだ帰らない?」


 そうこうしていたら白雪が戻ってきた。


「あっ、あぁ、そろそろ帰ろうか!」


「そ、そうだね」


 朝陽がそのノートを自分のバッグに閉まった。


「りょ、亮一君はどうする?」


「俺は時間ぎりぎりまでやってくから先に帰ってていいよ」


「分かった」


 時間は夕方の六時過ぎ。


 俺たち三人は図書館を後にすることにした。




※※※




「そんじゃ、二人ともまた明日!」


「うん、またね」


 朝陽が白雪に挨拶をする。


「遠藤! 勝負のこと忘れんなよ!」


「分かってるって!」


 いつも通り俺たちは別れた。


 夕焼けの中、白雪と帰路につく。


「……」


「……」


「……」


「……ぐすっ」


「なにかあったの?」


「白雪の言う通りだった」


 告白されたのは俺のはずなのに胸が痛い。


 振ったのは俺のはずなのに、喉の奥がつんっと痛くなる。


 朝陽のつらそうな顔を思い出すと、目の奥が熱くなってしまう。


 好意を持ってくれた相手に応えてあげることできないって、こんなにつらいことだったんだ。


 嫌いじゃない人に告白されるのってこんなに嬉しいことだったんだ。


 思ったことを言わないって、こんなに大切なことだったんだ……。


 ずっと一人で過ごしていた俺にはそれが全然分かっていなかった。


「そっか、頑張ってくれたんだね」

(朝陽ついに言ったんだ……)


「しんどいなぁ、これ……」


「ありがとね、てる君」


 俺は道端なのに、白雪のことを抱きしめてしまった。


 誰かを選ぶということは誰かを選ばないということ。


 自分の選択に一片の悔いもないけれど、こればっかりは全員ハッピーエンドにはできないようだ。

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