第55話 指輪と二人の変化!

「えへへ~」


 夜、白雪がずっと自分の左手を見てへらへらしている。


 白雪はうちに帰ってきてからずっとこの調子だ。いつものソファーで横になってにやけた顔のままでいる。


「朝は喧嘩していたくせに、まさか指輪を買ってくるなんて……」


 母さんが、感心したような、呆れたような、そんな声を出した。


 白雪の左手薬指にはシルバーのリング。


 俺たちはあの後、アクセサリーショップでベアリングを購入した。高校生なのでペアで五千円くらいの安いやつだ。デザインも至ってシンプルなものだ。それでも白雪は喜んで、その指輪を付けている。


「よくそんなお金あったわね」


「もうカツカツです!」


 朝陽の喫茶店代、映画×2、指輪代。


 お金がなくなったので、指輪を買った後はそのまま帰宅することになった。


 女の子のと付き合うのってお金かかるんだなぁ……。


 今日のデート代は全部割り勘。白雪は気にも留めていなかったようだけど、男としてはちょっとカッコ悪い。


 母さんから借りているお金もある……本当にアルバイトでも始めないと。

 

 くそぅ、今になってお賽銭箱に小銭を全投入した過去が悔やまれる……!


「学校にもつけとこ~」


「恥ずかしくないの!?」


「全然」


 誰かになにかをして喜んでもらえるって、こんなに嬉しいもんなんだ。


 それが自分の大切な人なら、尚更俺も嬉しい。


「それにこれをつけていれば、テロリスト共は寄って来なくなるでしょ!」


「魔除けのアクセサリーみたいにしないでもらえる……?」


 告白してくる人をテロリスト呼ばわりは本当に可哀想……。


 でも、まぁ、確かに白雪の言う通り、指輪を付けている女性に告白をしようと思う人はいなくなるかも。


 それはそれで俺としては安心だ。


「っていうか、学校ってアクセサリー禁止じゃなかったけ?」


「そうだっけ? じゃあ行きと帰りだけつける」


「悪いやつだなぁ」


「うっさい」


 白雪が不良になってしまった。白雪が指輪をつけてるなんて知られたら、ショックを受ける人は多いだろうなぁ。


てる君もつけてね♪」


「えっ、指に違和感しかないんだけど」


「……」

(いいからつけろ)


 無言の圧、心の声付き、怖い……。


「分かりました……」


「分かればよろしい」


 慣れてないからか、指輪をつけるのって普通に恥ずかしいんだよなぁ……。まぁ、でも白雪が喜んでくれるならそれくらいは余裕で我慢できるか!


「これでこの前の先輩みたいな人は寄って来なくなるよね」


「白雪、いつもボロ雑巾みたいにしてるもんなぁ……」


「うるさいなぁ! 振るほうもメンタル削られるんだからね!」


 白雪が意外なこと言ってきた。


「メンタル削られる?」


「そうだよ! だって、自分に好意を持ってきてくれた人に応えられないんだから」


「むぅ」


てる君だって、どんな形であれ、自分のことを好きだって言ってくれたら嬉しいでしょう?」


「……」


 白雪も嬉しいって気持ちはあったんだ。いつもボロカスに振っているからそう素振りは微塵も見せなかったのに……彼氏としてちょっぴりショックかも……。


「あっ、ショック受けてる」


「う、うるさいなぁ!」


てる君も何気に顔に出るよねぇ」


 うっ、嫉妬しているのが顔に出てしまった。白雪なんて顔どころか、心の声にまで出るくせに!


「大丈夫だよ~、だって私はてる君のことがずっとずっと好きだったから!」


「……だからずっと断ってたの?」


「当たり前じゃん。私に未練を残さないように、粉々になるまで振ってた」


「えぐい」


「だって、変に期待持たせるほうが申し訳ないでしょう? 私なりの慈悲のつもりだったんだけど」


 白雪が毒を吐く理由ってちゃんとあったんだ。それに、それくらい俺のことを心に決めてくれてたんだ……。


「だからてる君、振るのも結構大変だからね……?」


「……なんで二度言ったの?」


「なんとなく……かな。てる君、なんだかんだで優しいから引きずりそうかなと思って」


「……」


「私、てる君の気持ちはもう沢山伝えてもらったから、今日みたいに心配しないからね。ヤキモチは焼いちゃうかもだけど」


「うん、ありがとう」


 白雪が薬指の指輪を握りしめながら、そんなことを言ってきた。


 白雪が変わろうとしている。


 白雪が“クラスの白雪姫”ではなく、俺だけの“鈴木白雪”になろうとしてくれている。


 前はこんな風に直接、俺に素直な気持ちを言ってくれることはなかった。


 ……友達と恋人、どっちを取るか。


 今日は俺が答える前に白雪に答えられてしまったが、今度からははっきり俺から言えるようにしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る