第50話 戦う前に決着がついていたら

「ぜぇ……ぜぇ……」


 時間は夜の十時前。


 白雪はうちでご飯を食べて帰宅済。


 俺は体育祭に向けて、例の神社近くでコソ練をすることにした。とりあえず全速力で走りきれる体力をつけよう! 体力があればなんでもできる!


「走るのは苦手ではなかった……はず……!」


 と、思いながらも簡単に息が切れる。


 長年のインドア生活のせいで体は完全になまりきっていた。


 ずっと練習を頑張っていた運動部には勝てると思っていない……! でも、なんとか自分の存在を証明したい。自分のためではなく白雪のために!


「朝も早起きして走ろう」


 やることがいっぱいだ……!


 体育祭は終わったら期末テストがある。期末テストはこの前みたいな無様な姿を見せるわけにはいかない。


 期末テストが終わったら夏休みがある。夏休みはクラスのみんなでどこかに行くとか言っていたような……? 俺、誘われているかは知らないけど。


「……」


 結局、朝陽の言っていた映画見にいくことはできなかったな。ここまで揉めてしまうと、俺の中で見てもいないのにいわくつきの映画になってしまった。


「ん?」


 走っていたら、例の神社の入口から見慣れた人影が出てきた。


「朝陽?」


「げっ、遠藤じゃん」


「だから“げっ”はやめろ」


 朝陽が気まずそうに顔をそむける。かくいう俺も、見てはいけないものを見てしまった気分だ。


「そこでお祈りしてたの?」


「……そんなとこ」


「ふーん」


「聞いておいて、その興味なさそうな返事やめろ」

(やばっ、めちゃくちゃ油断した格好してる)


 朝陽は薄手の薄ピンクのTシャツ、ズボンは学校のジャージを履いている。確かに、家にいるみたいなめちゃくちゃラフな格好をしている。


「遠藤はなにしてるの?」


「ぐっ」


「もしかしてコソ練?」


「ぐぐっ!」


「ぷっ、早速、私に見つかってコソ練じゃなくなってるじゃん!」


 お互い罰の悪い所を見られてしまった。


 くぅううう、なんで俺はいつもこう上手くいかないんだ! こんなところ見られたらかなり必死になっているみたいじゃん!


「遠藤、変わったよね」


「そりゃあ……」


「できないことを一生懸命頑張るのってカッコいいと思うよ」


「え?」


「あっ」


 朝陽が、あからさまにまずったみたいな声を出した。


「ど、どうもです……」


「あは、あはは……遠藤と話しているとどうも調子が狂うなぁ」


 そんなことを言われると、白雪のあの心の声を思い出してしまう。否が応でも朝陽が異性だということを意識してしまう。


「……昨日は大きな声出してごめんね」


「そ、それはもういいよ! 俺も無神経だったから!」


「うん、無神経だった」


 バサリ。


 心臓を袈裟斬りにされた。


「も、もうちょっと手心を加えていただけると……」


「はぁ、白雪がいないと普通に話せるんだけどなぁ」


「白雪……?」


 朝陽が息を吐きながら、なにかを諦めたように口を開いた。


「私ってそこそこ可愛いじゃん?」


「それ自分で言う?」


「私って結構友達いるじゃん?」


「えっ、自慢話?」


「黙って聞け!」


「ごめんなさい」


 ツッコんでいたら怒られた。


「でも、白雪と同じクラスになったら全部変わっちゃった」


「どういうこと?」


「いつの間にか自分が脇役になっちゃったっていうか」


「……」


 まぁ、その感覚は正直分からなくもない。俺も似たような理由で、白雪を避けていた時期もあるわけだし……。


「だから私は白雪にずっと嫉妬しているんだと思う」


「嫉妬かぁ……その白雪は今、クラスでハブかれ気味に見えるけど」


「うん、それも羨ましいなって」


「なんで!?」


 ……何故か今回は朝陽の心の声が聞こえてこない。いつもはこういう話をするときは大体聞こえてきていたのに。


 一瞬、生温い風が頬を撫でた。


「自分で考えろ、バーカ」


「急に悪態ついてきやがった!」


「最近の遠藤はムカつくから教えてあげない」


「だ、だからもっと手心を……」


 よ、容赦なさすぎる……。俺は、白雪に告白した先輩と違って豆腐メンタルなのに!


「ねぇ、遠藤に一つ聞きたいことがあるんだけど」


「なんだよ、聞きたいことって」


「戦う前から決着がついていたら、どうしたらいいのかな?」


「……」


「戦えなかったほうは、どうやって自分の気持ちに折り合いつけるんだろうね」


「……朝陽はなんの話をしているの?」


「戦争の話」


「戦争!?」


 朝陽の問いは自分なりの答えすぐに出た。


 なのに俺は、思ったことをはっきりと口に出すことができなかった。




※※※




プルルル



 家に帰ると、すぐに携帯が鳴った。


「もしもーし」


『あっ、もう寝たかと思った』


 声の主は白雪だ。


 まぁ、俺の携帯はなんて、母さんか白雪くらいとしかやり取りしていないから当然といえば当然なんだけど……。


「そういう白雪こそ寝てなかったんだ。どうしたの?」


『浮気の波動を感じた』


「最近、勘が鋭すぎない!?」

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