第二章

第43話 ラブラブの二人

 ――六月の上旬。


 気温が上がって蒸し蒸しする季節になってきた。


 そろそろ扇風機だそうかな。


 寝汗で体がびっしょりになっている。起きてシャワー浴びてこないと……。


 朝活もそろそろ再会したいな。中間は散々な結果だったし……。


「よいしょ……っと、ん?」


 あれ? 起き上がろうとしたら体が動かない!


 もしかしてこれが有名な金縛りってやつか!?


「てーる君!」


「重いよぉ……」


「誰が重いですって!」


 リビングで寝ていたはずなのに、いつの間にか白雪がいる。白雪が俺に覆いかぶさっている。


「うぅ……朝からなにしてるんだよ……」


「幼馴染に朝起こされるのは定番かなぁと思いまして」


「今、そういうのいらない……」


 付き合ってから白雪のコンフォートゾーンは完全にぶっ壊れた! ベルリンの壁並にぶっ壊れた!


 隙あればべたべたしようとしてくるし、人目を憚らずくっつこうとしてくる。


 クラスの白雪姫の変貌は学校の一大ニュースとして今もなお燃え続けている。


「なによ、せっかく可愛い幼馴染が起こしにきてあげたのに」


 ふわっと白雪の良い匂いが鼻をくすぐる。


 細身だけど、間違いなく女の子特有の柔らかさがあって、くっつかれるたびにドキドキしてしまう。


「どうやってうちに入ったんだよ。まだ母さん寝ている時間だろ」


「おばさんから合鍵もらってるもん」


「そうでした」


 遠藤家は、白雪に対して完全開放状態。


 白雪がいつ泊りに来ていいようにと、洗面所には歯磨きが置いてあるし、お風呂には白雪専用のシャンプーまで置いてある始末だ。


「汗びっしょりだからあんまり近づかない方がいいよ」


「私、気にしないよ」


「俺が気にするのっ!」


 皆さん、これがクラスの白雪姫の実態ですよ!


 こんな姿を見たら、俺と付き合っているという事実は抜きにしても、百年の恋が冷める連中は沢山いると思う!


「私も一緒に寝ちゃおうかなぁ」


「俺は起きる」


「いいから寝てろ」


「怖い」


 もぞもぞと白雪が俺の毛布にもぐりこんできた。


 制服を着ているのにしわになるとかそんなのおかまいなしだ。


「ふぅ~」


「朝から元気いっぱいすぎない?」


「元気なのは良いことじゃん」


「返す言葉もございません」


 白雪のおばさんは少し前に予定通り海外に行ってしまった。


 たまに親戚の人とかも来ているらしいが、白雪は今、あの大きな家に一人暮らしをしている。


 ……ほとんどの時間を俺の家に入り浸っているわけだけど。


「あー、幸せ~。このまま学校に行きたくない」


「白雪、キャラ変わってない?」


「うるさい、黙れ」


「やっぱり白雪だった」


 頬ずりでもされるのかってくらい、白雪が体を密着させてくる。


 白雪の胸が俺のひじに当たってしまっている。


 ふよふよして柔らかい……。


 うぅ、朝から変な気分に――。


「はい! そこまで!」


 母さんが俺たちの毛布をはいだ!


「二人とも朝からなにやってるの!」


「か、母さん!」


 さすが母さんだぜ。


 そのしわくちゃな顔を見ると、邪な気持ちは一切合切吹き飛ぶもんな!


「白雪ちゃん! 私、あなたのお母さんからお願いされているんだからね!」


「すみませーん……」


 制服を整えながら白雪が立ち上がった。


 母さんには悪いけど絶対に反省していないと思う。


 この二人もいつの間にか本当の親子みたいなやり取りをするようになった。


「はぁ、こんな輝明てるあきのどこがいいんだか」


「確かに。こんなてる君のこと好きになるの私くらいですよね」


「うん、私もそう思う」



「本人がいる前で堂々とディスるのやめろ!」


 俺のこと好きになるって……! そ、そりゃあ、どこかにはいるかもしれないだろ! どこかには!


「ふんっだ。俺には白雪がいるからそれだけで十分だっつーの」


「んふふ~」


「な、なんだよ、ニヤニヤして」


「私もてる君がいれば十分だよっ!」


 お互いに思ったことをすぐに吐き出す。


 二人とも照れくさくなって、目をそらしてしまった。


「はぁ~、このバカップルはいつまで続くのやら」


 母さんがどこか諦め顔でキッチンに行ってしまった。




※※※




「おはよう、朝陽」


「おはよ、遠藤。今日もラブラブだね」


 教室に着くと、朝陽にそんなことを言われてしまった。


「そ、そう見える?」


「そうとしか見えない」


 チラッと白雪のほうをみると、すごい形相で俺のことを睨んでいる。


「はぁ、朝からそんなの見せられるこっちの身になってよ」


「そ、それはごめん」


「はぁ……」


 ため息をつきながら、朝陽が一限目の授業の準備を始めた。


 多分、自分で何度もため息をついているのが気づいていないと思う。


 白雪と付き合い始めてから、ほんの少し気になっていることがある。


 近藤朝陽の俺への接し方が変わってしまった。


 名前呼びもいつの間にかなくなってしまったし、前みたいに気軽にボディタッチされることもなくなった。携帯にメッセージが届くこともなくなってしまった。


「……」


 そういえば映画の約束だって……。



(ぐぬぬぬ、また二人で話している……)



 あ、あれ? 今、久しぶりに白雪の心の声が聞こえてきたような……。


 この前、バイバイしたはずでは!?



(はぁ、今日もめちゃくちゃ憂鬱なんですけど)



 ――え?


 今度は聞いたことのない誰かの声が聞こえてきた。



(私、遠藤のことどう思ってたんだろう……。なんでこんなにもやもやしてるんだろう……)



 この声はもしかして近藤朝陽……?

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