第36話 付き合いたての逃避行! 2

「店がない……」


 おかしい。


 いくら歩いて歩いても、お店が見つからない!


 海の匂いがするほうへ歩いていけば絶対になにかしらは見つかると思っていたのに!


「無人駅で降りたもんね」


「しまった! 早く、白雪にご飯を食べさせないと機嫌が悪くなってしまう!」


「今の! 私の! どこが機嫌悪く見えるのかしら!?」


 繋いでいた手を握りつぶされた。


 力が弱くてただ密着が強くなっただけなのは白雪の名誉のために言わないでおこう。


「お腹空いたなぁ」


「自分もお腹減ってるんじゃん」


「減っていないとは言っていない」


「減らず口」


 見知らぬ土地を二人、手を繋いで歩く。


 右手には道路と山、左手には白雪がいる。


 歩道が狭いので、白雪が半歩下がる形で俺についてきている。


「……さりげなく道路側歩いてくれるんだね」


「え? なにか言った?」


「ううん」


 風が強くて白雪の声がよく聞こえなかった。


 しかしこれから本当にどうしようか。


 母さんが心配するといけないので、朝あったことは簡単に携帯でメッセージを送っておいた。


 万が一、本当に警察でも呼ばれたら大変だ。


 うちは大丈夫だという安心感はあるけど、白雪のおばさんのすることにはとてつもなく不安になってしまう。


「あっ」


 白雪が急に大きな声を出した。


「どうしたの?」


「な、なんでもない……」

(な、なんでこういうのって唐突に現れるのかなぁ……)

 

 ああいうの?


 気になって周りを見渡すと、ひと際目立つ派手な外観の建物が目に入った。


 ピンク色の看板が、まだお昼なのにぴかぴか光っている。


「……」


「……」


「……」


「……」


 気まずっ。


 どこからどう見てもラブホテルだ。


 今、俺の中で、付き合いたてのカップルに見せてはいけないものランキングナンバーワンにランクインされた。



(きょ、今日泊まるところなかったら最悪ここでもあり……?)


(で、でもそれを言ったら私がてる君とエッチなことしたいみたいになっちゃう!)


(うぅうう……)



 だから丸聞こえなんだってば!


 それは俺も一瞬思っちゃったけどさ!


 背中に変な汗をかいてしまっている。


 繋いだ手はお互いの手汗でびっしょりになってしまっていた。


「さ、最悪、今日はあそこに泊る……?」


「う、うん……」


 白雪さんよ、そこは毒を吐いて欲しかった。


 頭が真っ白になっているのか、白雪の心の声は全然聞こえてこない。


「で、でも! 普通に泊まれる場所も探そうか!」


「うん……」


 白雪が俺の顔を一切見ようとしない。


 顔はずっと自分の足元を見ている。


「~~~っ!」


 会話の引き出しが圧倒的に少ない!


 こういうときになんて声をかけていいのか分からないよ!


てる君……」


「えっ!?」


「歩くの早いよぉ……」


「ご、ごめん!」


 いつの間には俺は早歩きになってしまっていたようだ。




※※※




 それからしばらく歩くと開けた場所にやってきた。


 プランクトンの死骸の匂いがより一層強くなる。


 海だ! 海が見えた!


 近くには年季の入ったお店が数件並んでいる。


 平日だからか誰も入っていないけど。


「白雪、あそこの定食屋さんっぽいところどう?」


「どこでもいいぃ……。お腹空いたぁ」


「空腹に負けて素直になってる」


 時間はもうお昼過ぎになっていた。


 いつもならとっくにお昼ご飯は食べている時間だ。


「よし、じゃあ行こうか」


「あっ、唐揚げ定食って書いてある」

(唐揚げ食べよう)


「ここまで来て嘘だろ!?」


 心の声にネタバレされた。


 確かに美味しそうだけどさ!


 でもここ海! 海ならもっと食べるやつがあるだろう!?


 そういえば白雪って子供の頃、回転寿司でラーメンとか食べていた気がする。


「……」


 さてここで新たな問題が発生した。


 手を離すタイミングが分からない!


 このまま入店したらただのバカップルだ。いやただのバカだ。


てる君、行くよ?」


「お、おう」


 白雪が前に出る形でどんどん進んでいく。


 白雪は今、手を繋いでいることを完全に忘れているようだ。


「すみませーん、二名いいですかー?」


「はーい」


 無事そのまま入店。


 店の奥からは若い女の人が現れた。


「あらあら」


「?」


 やっちまってる……やっちまってるよ白雪。


 女の人が俺たちを見てニヤニヤしているよ。


「仲良しさんなんですね。今日はお休みですか?」


「仲良し?」


「カップルさんですか?」


「きゃああああああああああ!」


 白雪の悲鳴が店内に木霊した。




※※※




「白雪のせいで思いっきり恥かいた」


「分かってたなら言ってよ!」

(意地悪、意地悪、意地悪! てる君は昔からこういうところあるの忘れてた!)


 食事を終え、俺たちは近くの海岸のベンチで休憩していた。


 お互いの隣には自動販売機で買ったペットボトルが置いてある。


 白雪、昨日から三食連続でから揚げ食ってないかなぁ。そろそろ飽きると思うんだけど。


「はぁ、こんな風に海をゆっくり見る機会なんてないから癒されるぅ~」


「私を無視するな」


 白雪が鞄から自分の携帯を取り出して、携帯をいじり始めた。


「連絡きてる?」


「うん、お母さんからきてる。後、クラスのみんなからメッセージが沢山」


「人気者はつらいですなぁ」


「そういうてる君は朝陽から来てるんじゃないでしょうね……!」


「きてません」


 そういえば朝陽から今日の朝活についての返信もなかった。


 友達の距離感なんてこんなものなのかもしれないけど、寂しい気持ちがちょっぴりもないかと言われれば嘘になる。


 友達って言ってくれたからには、朝陽には俺と白雪の関係はちゃんと報告したいな。



(しかし、てる君は一緒にいてくれているけどずっとこんなことしているわけには……)


(みんなに迷惑かけている。みんなに心配させている)


(お金のことだって……)


(家出なんてして、しかも勢いでこんなところまで来ちゃったけどもう限界なのかも)



 ……。


 白雪の心が半分折れかかっている。


 熱した頭も、海の風で随分冷えたようだ。


 歯がゆいなぁ……。


 頑張って明るく振舞っていたけど、白雪の心は今後の不安と俺への申し訳なさでいっぱいになっていた。


 どうしよう。こういうときはなんて白雪に声をかけよう。


 ……。


 ……。


「……白雪」


「ん?」


「白雪も思ったこと言っちゃおうか」


「え?」


 悔しいけど今の俺には力がない。


 白雪の家のことでできることがほとんどない。


「思ったことを言うってさ、行き当たりばったりになっちゃうけど悪いことばかりじゃないよ。少なくても今の自分の気持ちはスッキリすると思う!」


 の俺ではおばさんの心を動かすことができない……!


 だから……本当の本当に悔しいがこのことは白雪自身で解決するしかないんだと思う。


「だから白雪も自分の思っていることを思いっきり伝えてみたら!?」


「思ったことを言うかぁ……」


 白雪が遠い目で海を眺めている。


 少しだけ時間が経つと、白雪は緊張した様子で口を開いた。


「……分かった。私、思ったことを言うね」


「うん」


てる君! 私、あそこのホテルに泊ってみたいって思ってるよ!」


「主語に“おばさんに”が抜けてたわ」

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